七
藤乃は手始めに、母の名をネット検索で探しては見たが、事件を伝える記事は見つからなかった。
各社新聞のホームページから過去の記事も探したが、それらしき記事も見当たらない。
「私が調べられるのは、ここまでだわ」
浩三に直接聞くと言う手段だけは避けたかった。今のままでは、誤魔化されてしまう。
藤乃は、可能な限りの情報を集めたかった。
「何かお手伝いできる事はありますか?」
見かねた龍也が声をかけた。
「後、情報を持っていそうなのは和子さんだけなのよね。でも、私じゃきっと何も話してくれないと思う」
「そうですね。では、家政婦長にこき使われている私が、それとなく聞き出して見ましょう」
「良いの?」
「藤乃様のご命令とあらば」
「本当に?」
「ええ、ですからそんな難しい顔をしていないで、会食へは笑顔で出席して下さい」
「あぁ、会食、忘れてたわ」
高校に進学してからは、支援者の集まる会食には藤乃も出席をしていたが、出席者の好奇の目に晒されるだけで苦痛でしかなかった。
来客を迎え入れる準備は整った。後一時間もすれば、ひっきりなしに客がやって来る。家政婦長の山田和子はイライラしていた。
さっさと始まってしまえば良いのに。
準備が整った後手持ち無沙汰になるのが嫌いだった。どこか手抜かりはないかと気になってしまうのだ。それならばいっその事、始まってしまった方が気が楽だ。
綾川家の屋敷に住込みの家政婦長として勤めて三十年。後数年働けば定年を迎えるが、まだ行き先は決まっていなかった。
浩三の愛人ではないかと噂され、和子自身もまんざらではなかったが、浩三の手が付く事は一度もなかった。それでも、この屋敷に努め続けたのは、浩三を慕う若い議員達から和さん和さんと頼りにされるのが嬉しかったからだ。
きっと私が一番政界の裏側を知ってるわ。そうだ、ここを退職したら知ってる裏話を本に書いてみようかしら。騒ぎになって、私は一躍有名人かもね。
高価な洋服を着てテレビのインタビューに答える自分を想像すると、自然と笑いがこみ上げて来た。
そんな第二の人生も良いかもしれない。
「どうされたんです?」
いつの間にか、隣に龍也が立っていた。
「な、何よ」
龍也がこの屋敷にやって来て五年が過ぎた。来たばかりの頃は、ひょろひょろと頼りない子だと思っていた。しかし、ここ最近すっかり大人の男になった。そしてあの子にそっくりだ。どうして誰も気付かないのかしら。
「珍しく笑っておられたので」
好青年の無邪気な笑顔を見せつけられた和子は、思わず胸が高鳴ってしまった。
「そんな、私の事なんて観察していないで、手抜かりがないかもう一度確認して来てちょうだい」
「はい」
会場へと向かう龍也の後ろ姿に抱き着きたい衝動に駆られた。
会食の間、浩三と姻戚関係を持ちたい野心家の若い議員が藤乃に接触をして来るが、ただ適当に相手しておけと言う浩三の命令を藤乃は守っていた。
会食初日が終わった後、龍也は、後片付けと翌日の準備をしている和子が一人になるタイミングを狙った。
「あら、手伝ってくれるの?」
「はい」
和子は龍也と二人きりになり、心が浮ついている事を自覚していた。
「気がきくわね」
最初は和子の身の上話、そして最近の政治の動向、聞かれもしないのに和子は話し始めた。
「若い頃は、こちらに出入りする他の政治家さんや秘書さんに言い寄られた事だってあったのよ。今じゃ、こんなおばさんだけど」
自嘲気味に笑う和子を、真剣な目で龍也は見つめた。
「そんな事ないですよ。家政婦長は仕事もできるし、それに今だって十分お綺麗です!」
「やだ、からかわないで」
嬉しそうに和子が笑った。
「このお屋敷に来て、ずっと不思議だったんですけど藤乃様のご両親ってどんな方だったんですか?」
「そうね、あなたは知っておいた方が良いわね」
これまで、綾川家の秘密を誰にも漏らした事のない和子だったが、龍也にはありとあらゆる秘密を暴露してしまった。
秘密の共有。
驚いたり感心したりする龍也の様子に、和子は得意げには話してしまった。
藤乃は、疲れている筈なのに、頭が冴えて眠れないでいた。
自分の知らない母の事を、身近な人間が知っていてる。
しかも大事な事なのに、誰も教えてくれなかった。
どうして……。
部屋の扉が静かに開いた。
扉の開け方だけで、龍也と分かった。
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