四
「お茶をご用意いたします」
龍也は何事もなかった様に、お茶の準備を始めた。
が、内心は動揺していた。
何故アレを藤乃が見ていたのか。藤乃は何も知らないはずだ。それとも本当は何か知っているのだろうか。
動揺しているのは、藤乃も同じだった。
間違いなく龍也からは動画が見えた筈だ。あんな物を見て、はしたないと思われただろうか。
いや、もしかしたら龍也からは見えていなかったかもしれない。だとすれば、何もこんなに動揺する事はない。
「ねぇ、さっきの動画、どう思う?」
先手必勝。見ていなければ、見ていないと言うだろうし、見ていない事にするかもしれない。もし、見ていたとすれば、いや恐らく見ているだろうから、こちら側に巻き込んで仕舞えば良いのだ。
藤乃は自ら切り出した。
「どうと申しますと」
龍也は、面食らった。
まさか藤乃の方から切り出すとは思わず、どうやって話を持って行くかを考えていたのに。何と答えればいいのか。
それに、どうもこうも、あの動画は……
「アレね、お祖父様の部屋にあったの」
「左様でございますか。浩三様のお部屋にあった物が、藤乃様のパソコンに入っていると言うのは、どういう事でございますか?」
「ちょっとコピーしただけよ」
いつの間にそんな事を。
藤乃の行動力に心底驚いた。
「人の物を勝手にコピーするのは、褒められた事ではありませんね」
「そうね」
龍也が差し出したティーカップを受け取りながら、藤乃は肩をすくめた。
この五年間、藤乃は広い屋敷の中で息を潜め、浩三の顔色を伺いながら生きていたはずだ。少なくとも龍也にはそう見えていた。
「私ね、来月のお休みに、ミミから旅行に誘われているの。どうしても行きたいから、お祖父様の弱みを握りたくて……」
なるほど。
龍也の知る限り藤乃の年相応の望みが叶えられた事は一度としてなかった。その望みだって、滅多にないことだった。
自ら望みを叶える為に、普通の子であれば、友達と旅行へ行きたいとストレートに訴え出るところを、駆け引きをしようと言うのか。流石政治家一族の血。
そしてこれまで屋敷の中で息をひそめていたその血を目覚めさせたきっかけは、あの山村美々子との旅行か。
なるほど、ね。
「でもね、コレをどう利用したら、旅行に行かせてもらえるのかが分からなくて」
確かにアレならば上手くすると可能性のない話ではない。
「手伝ってくれる?」
「もちろん藤乃様がお望みなら」
龍也の返事に、藤乃は嬉しそうにお茶受けのクッキーに手を伸ばした。
「最初に、これがどの様なものなのか確認しなければいけませんね。本当に弱味になるの物なのか、も」
夜、他の者が寝静まるのを待って、藤乃と龍也は作戦会議を始めた。
「え、コレの続きを見るの?」
仕事を終えプライべートな時間の龍也は、部屋着のスウェット姿。
藤乃も、パジャマ代わりのTシャツとショートパンツ姿だ。
長い髪は、無造作にシニヨンにしてある。
龍也はソファに座るとノートパソコンを操作し始めた。
藤乃は、少し距離を取って隣に座った。
日中の執事姿とは違う龍也に、藤乃は男を感じていた。距離を取った筈なのに、龍也の体温が伝わって来る。今になって自分の無防備な服装を後悔した。
パソコンを操作する龍也を直視出来ず、パソコンの画面から視線を動かせずにいた。しかし、今度はパソコンの画面にあの動画が映し出され、益々視線を何処にするべきか困ってしまった。
龍也もそんな藤乃の様子がかわいらしく思え、思わず抱きしめてしまいそうになる衝動を抑えていた。
動画が、撮影者視点に切り替わった所で、藤乃は思わず停止させてしまった。
「藤乃様?」
「やっぱり一人で見て頂戴……」
思わずソファから立ち上がろうとする藤乃の細い腕を、龍也が捕まえた。
「ダメですよ。中をしっかり確認しなければ、駆け引きや交渉には使えませんよ」
腕を掴まれバランスを崩した藤乃が龍也のすぐ隣に着地した。
龍也が、動画を再生させた。
藤乃は、一瞬写り込んだ男の本能その物が脳裏から離れなくなってしまった。
あんなのが入っ来たら痛そう……。
パソコンから聞こえてくる男の鼻息が荒くなり始めると、藤乃の頬が紅潮し始めた事に龍也は気付いた。少し息も上がっているようだ。
藤乃は動画を見て興奮し始めている。
年頃の少女に、こんなものを見せればどうなるか予想は出来ていた。
いや、それを期待して藤乃にこれを見せつけているのだ。
二人の視線がぶつかった。
龍也が思わず藤乃を抱き寄せると、藤乃も龍也に身を任せてきた。
こんなに簡単とは……。
唇を重ねた。
もし藤乃が、この動画が何かを知っていれば、こんな風にはならない筈だ。
本当に何も知らないんだな。
ならば、これ以上は見せられない。
龍也は動画を停止させた。
どうしょう……。
興奮と興味から龍也になされるがままになっていたが、急に冷静さが襲ってきた。
龍也の手が、藤乃の胸の膨らみにそっと振れた。
「いや……」
思わず龍也を突き放してしまった。
「申し訳ありません……」
「違うの、そうじゃないの!」
ソファから離れようとする龍也に藤乃は慌てた。
「その、心の準備が……」
藤乃の恥ずかしそうな様子に、龍也は優しく抱きしめ、耳元で囁いた。
「お慕い申し上げております。藤乃様」
藤乃は恥ずかしそうに龍也の胸に顔を埋めた。
「ありがとう、私もよ」
藤乃は満ち足りた気持ちに酔いしれていた。
これが初恋かと言われれば自分でもよく分からないけれど、多分初恋なんだろうと思った。
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