使用人達も寝静まった深夜。

 藤乃はノートパソコンを抱え、聞こえて来るあの声の元を探すべく、浩三の部屋に忍び込んだ。

 お目当ての物を見つけるのに、それほど時間はかからなかった。

 用心深い浩三の部屋にはインターネットの環境はない。ネットを通じて良からぬ事を何かされると信じ込んでいるのだ。

 しかし、部屋には鍵もかけず、パソコンにパスワードも設定されていない。高齢者のセキュリティとは、こんなものなのだろうか。オンライの動画でないとすれば、パソコン本体もしくは何かメディアに保存された物を見ていると言う事だ。

 浩三一人で操作することを考えると、DVDならここにある古いパソコンにセットするだけで見る事が出来る。

 スマートフォンのライトを頼りに用心深く部屋の様子を観察した藤乃は、本棚に並ぶ小難しそうな本の間に差し込まれたDVDケースを見つけた。

 藤乃はそれを本棚から抜き出すと、浩三の大きな机の足元に潜り込んだ。こうすれば、ノートパソコンの光が外に漏れる危険はない。

 ノートパソコンにDVDをセットすると、動画が自動再生された。

 藤乃は、再生された事だけを確認し、動画をはっきりとは見る事なくハードディスクに動画をコピーをした。



 美々子は、五月のまとまった休みに家族や親戚と温泉に行く事になっていた。

「歳の近い親戚が一人も来ないの。絶対退屈な旅行になるに決まってる。ねぇ、藤乃も一緒に行かない? パパから友達を誘って良いお許しは貰ってるの!」

 友達、その言葉に藤乃の胸はときめいた。

 そして、美々子と行く旅行は、きっと楽しいに違いない。



 私はお祖父様と駆け引きをして、ミミと温泉旅行に行くの。

 藤乃は、勝ち誇った気分でノートパソコンを抱え部屋に戻った。



「やっぱり電車通学は最悪よ!」

 翌朝、美々子が顔を真っ赤にして怒り狂いながら教室に入って来た。

「どうしたの?」

 あまりの美々子の剣幕に、他のクラスメイトまで集まって来た。

 心配して美々子の元に集まるクラスメイトの輪の中に、藤乃も自然と入れた。

「ミミ、どうかしたの?」

「やっぱり藤乃が羨ましい」

「何があったの?」

「実はね……」

 全員が、美々子の言葉を待った。

「隣に立ってた高校生の男が、スマホでいやらしい動画を見てたの」

「えぇ!!」

 少女達が嫌悪の悲鳴を上げる中、藤乃はコピーした動画を思い出していた。

「しかも、私に見せつける様な感じで見てるの。ほんと最悪!」

「どこの学校か制服で分かるんでしょ? 学校に通報してやれば良いのよ!」

 気の強い少女が、そう入って机を強く叩いた。

「嫌よ、私だってバレちゃうじゃない」

「それもそうね……」

「新聞のいやらしい記事を見せつけて来るオヤヂとか居るよね」

「触られた事ある!」

 少女達が自慢し合うかの様に被害を口々に話す中、藤乃はそっとそこから離れた。

 幼稚園の頃から自家用車で送迎されて来た藤乃には、分からない話だった。

 電車に乗った事も、学校行事での移動だけだった。


 いやらしい動画……。

 藤乃の中で、あの動画への興味が急に湧き始めていた。

 お祖父様の言う様に結婚したら、そのいやらしい事を本当に私もするのよね。

 私だけじゃない、このクラスのみんなも……。それに、お母様も、誰かとそのいやらしい事をしたから、私が産まれたのよね。

 藤乃の記憶にうっすらとある母冬子は、いつも青白い顔をし屋敷の中をフラフラと彷徨っていた。藤乃に優しく微笑みかけ抱きしめたかと思えば、藤乃をそばに置く事すら嫌がる時もあった。

 母の記憶を呼び起こすと、必ず鼻の奥に薔薇の香りが蘇る。

 きっとお母様の好きな花だったのね。

 ミミのお母様って、どんな方なのかしら。ミミがこんな酷い目に遭っているのをご存知なのかしら。

 そんな事を考えていると、無意識に美々子を見ていたようだ。

「藤乃ぉ、今日は藤乃の車に乗せて帰って!」

 美々子は他のクラスメイトをかき分けて、藤乃に抱きついた。

「もちろん」

 美々子の温もりは、いつも藤乃を安心させた。



 美々子を自宅まで送り、屋敷まで戻って来た藤乃はノートパソコンを開いた。

 フォルダーにはコピーした動画が入っている。

 後ろめたい気持ちもあったが、好奇心の方が勝っていた。

 ミミが見せつけられた映像って、これと同じようなものなのかしら。

 ほんの少しだけ……。

 藤乃は動画を再生した。



 日の当たらない地下室か倉庫なのだろうか、真っ暗な画面から小さな声が聞こえてきた。

『助けて……誰か助けて……』

 パチンとスイッチを入れる音と共に画面は明るくなり、目隠しをされ両手を後ろ手に縛られた紙の長い細身の若い女が、ベッドに横たわる姿が映し出された。

 なに、これ。

 藤乃は息を飲んだ。

『助けて! 助けて!』

 人の気配に気付いたのか、声が大きくなり、起き上がると縛られていない足をベッドの上を探るよう動かし始めた。

 カメラはベッドサイドからゆっくりと女の身体を舐めまわすよう動き、そのまま女を見下ろす位置で止まった。

『いや、いや、やめてっ! 触らないで!』

 目隠しをされ状況の飲み込めない女は、近付く人の気配に身体を固くしている。

 突然画面が切り替わった。

 全裸で目隠しをされ両手を縛られた状態のまま、ベッドに力なく横たわる女が映し出された。

 死んでるの……?

 藤乃は息をするのも忘れて、画面にくぎ付けになった。

 胸元が微かに上下していることから、息をしているのが確認できた。どうやら眠っているようだった。

 カメラが女に近付き始めた。ただ、その動きがさっきの映像とは何かが違う。

 被写体を捉えると言うよりは、撮影者の動きに合わせて画面が動いている。撮影者の頭にカメラを固定し、撮影者の見ている物がそのまま映し出されるように撮っているのだ。

 撮影者は女の足元に回り込み、ベッドの上に乗った。

 やはり女は眠っているのか、何の反応もしない。

 画面に男性の腕が映り込むと、女の胸を触り始めた。次第に激しくなる男の呼吸音が聞こえている。

 画面が女の肌に接近し、何かを舐めてるような音が響く。

 身体を舐めてるの?

 藤乃は、気持ち悪い、と思った。

 暫くそんな様子が続いたが、画面が突然女の足元に移動し、映り込む撮影者の腕が女の足を持ち膝をたてた。

 それでも女は無抵抗だ。

 一瞬、下を向いたため本能がむき出しになった男のものが映り込んだ。

 え? 今のは何!? ああいうのって、見えないように処理されているものじゃないの? 

「藤乃様?」

 声をかけられて初めて背後に龍也が立っている事に気付いた。

 ノートパソコンの画面には、藤乃の後ろに立つ龍也が映り込んでいた。

 慌てて動画を停止した。

「あ、えっと……、いつからそこに居たの?」

 きっと今、私の顔は真っ赤だわ。

 藤乃は震える手でノートパソコンを閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る