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木村春彦が人の体重に挑み、FLY-Gのパワーアップや有効利用の研究開発に取り組んだのに対し、健一はファッション性やスポーツ性を追求し、商品の大衆化に努めた。
北海道大学在学中は、スカイスーツの商品化のテストを兼ねてフライクラブをつくった。部員にもお揃いのスカイスーツを提供した。健一はそこで空をフィールドにした新しいボール競技「空球」を考案したり、自転車のタイヤにFLY-Gを入れただけのスカイバイクの原型といえるものを製作している。また、スカイスーツの商品化後に備えて、飛び方や扱い方についてのポイントやテクニック、注意事項などを電子ノートに克明に書き残している。それは後にフライ・インストラクターたちのバイブルになるものだ。
健一がこのように十代から二十代の初めにかけて遊びながら開発したものが、今日のフライング社の財産となっている。数字的に見ても、現在の売上の三十数パーセントは占めているだろう。
大学卒業と同時に正式にフライング社に入ると、健一はトビーに携わっているチームから離れ、後輩の学生たちとともに遊び道具の商品化を急いだ。スカイスーツは健一が初めて松本幸介に見せたときよりもぐんとスリムになり、ダイバースーツの形が改善され、最終的には頭まですっぽり覆うスケート選手のコスチュームのようになった。頭のフードの部分までFLY-Gを充填できるからだ。
健一が高校のときに初めてつくったスカイスーツは五十五キログラムタイプで、大学時代にフライクラブで使っていたスカイスーツは六十五キログラムタイプだった。それらは安全性はもちろんスーツの素材や見掛けのファッション性を考慮していない健一個人の発明品であり、実際の商品化を考えると五十キログラムタイプが限界だった。
松本幸介は五十キログラムタイプと五十五キログラムタイプの同時完成を望んだが、健一は否定的な意見を社長に述べた。
「五十五キログラムタイプですと、スーツが一回り半も大きくなってしまいます」
「でも、五十キログラムタイプから五キロパワーアップさせただけで、空を飛べる人が何万人も増えるのですよ。五十キログラムタイプだけなら、若い人でも着用できるのは女性やガリガリにやせた男性ぐらいなものでしょう」
「確かに使用者は増えるかもしれません。しかし、私は飛ぶという行為をもっと自然に、もっと美しいものにしたいのです。スカイスーツの見てくれによって飛ぶという行為の魅力まで失う人が出ないとも限りません。スカイスーツはトビーシリーズのように子供を相手にするのではないのです」
「君の考えは理解できます。私も飛べるなら美しく飛びたいと思っていますから。でも、それ以上に多くの人に空を飛んでもらいたいのです。五十五キログラムタイプをスリムにはできないのですか」
「いろいろと試してみましたが、今現在のFLY-Gのパワーでは不可能です」
「どのくらいで、できそうですか?」
「あと、四、五年先になると思います」
「そんなに掛かるのですか」
「はい」
「そうですか。今の段階では、五十五キログラムタイプは無理ですか」
松本幸介は心惜しそうに呟き、同時完成を渋々断念した。 同時完成は、 社長としての最後の願いであったのだが、その願いは叶わなかった。
五十キログラムタイプが完成したのは、二 〇二四年の九月で、それはスカイスーツ50と名づけられた。
スカイスーツは二 〇二五年のスポーツ・レジャー用品部門のテスター審査に合格し、二〇二六年の三月に発売された。このスカイスーツの登場により、若い世代にもようやく空を飛べる時代がやって来た。発売前からフライング社やPVに予約が殺到し、爆発的なヒット商品になった。
松本幸介は自分が太っていることに関して特に気にしたことはなかった。レストランに入るとチョコレートパフェやプリンアラモードといった甘いものを食べたし、ビールも飲んだ。昔はその巨体を武器に、凄味をきかせていたこともある。スカイスーツで飛んでみたい気持ちは誰よりも強かったが、スカイスーツのために減量作戦をとるようなことはしなかった。しかし、あと数キログラムでスカイスーツ50に手が届くものたちは、こぞってダイエットに挑戦しだした。
十五歳から二十三歳までの若者の平均体重は五十キログラムに向かって減少し、健康食品の販売会社やスポーツクラブの運営会社など、ダイエット関連の会社の株が上昇した。この傾向はそれから八年間も続いた。
スカイスーツ55が発売されたのは、八年後の二〇三四年である。FLY-Gのパワーアップが思うように進まず、スリム化に手間取り、当初の計画よりも発売が延びたのだ。その間、ニュー素材の採用、スカイシューズの動力部の改良、フードなしの登場などがあり、スカイスーツ50はほぼ二年おきにモデルチェンジをしていった。
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