第32話 拒絶の音
その後、チューバの音量は対して変わらないまま合奏は進められた。そして課題曲の合奏が終わった後、それぞれ課題曲の合奏の復習時間に入る。チューバ以外のパートはさっそくパート練習をしたり少し個人で復習してそれからパートで合わせるというパートもあった。
ゆめみん先輩は合奏が終わるとすぐにチューバを持ち上げて楽器ケースなどが置いてある部屋に移動した。一人で練習をするために………
「チューバパートはいつから合わせるの?よかったらトロンボーンの後打ちの練習に付き合って欲しいんだけど」
チューバが四分音符を吹いた後八分音符分ずれてトロンボーンが音符を刻む箇所がある。そこを合わせたいと涼葉先輩に言われた。
「ごめんなさい。ゆめみん先輩、練習に行っちゃってこの後どうするかわからなくて…」
「え、ちゃんと二人で合わせた方がいいよ。りょうちゃん、ゆめみんに言ってこや」
いーくんさんにそう言われて僕はゆめみん先輩が一人で練習している部屋に向かった。そしてその部屋の扉を開ける前に僕の手は止まった。
悔しかった。頑張って練習していた。それなのに、スタートラインにすら立てていなかったことが悔しかった。
今まで私は及川さんみたいな上手い人の影に隠れて来ただけだった。高校の時も大学に入ってからも上手い人の影に隠れていただけだ。私は何も残せていない。私がいたということを証明する音を残せてすらいなかった。そう考えると本当に悔しかった。
「頑張らないと……」
私はそう自分に言い聞かせてチューバに息を吹き込んだ。及川さんが引退してチューバパートが私とりょうちゃんだけになる。考えたことすらなかった。いや、考えたくなかった。だって、今の私とりょうちゃんじゃ合奏を支えることが出来ないとわかっていたから。
ゆめみん先輩が練習している部屋の中から聞こえてきた音、いつもなら安らぎを与えてくれた優しい音が力強くで出したような強引な音に変わっていた。その音は自分が憧れる音とは程遠くとてもゆめみん先輩が吹いているとは思えなかった。
僕は黙って振り返り練習に戻った。練習しないと、という焦りもあったが一番の理由はゆめみん先輩がこんな音を出すのを聴いていたくなかったからだ。
僕が金管楽器が練習していた部屋に戻ると再び涼葉先輩といーくんさんに一緒にやらないかと誘われた。僕は何があったかを説明し、今はゆめみん先輩をそっとしておいてあげたいと言うが涼葉先輩といーくんさんに甘やかしすぎだと怒られた。
ちなみに二人とも何故僕がチューバを始めたか、僕がゆめみん先輩のことを好きだ。ということを知っている。僕がゆめみん先輩のことを好きだということは二年生と一年生はほぼ全員知っているのだが(本人も含めて…)なんか、僕のゆめみん先輩への態度を見ていたら丸分かりだったらしい……
僕は再びゆめみん先輩が練習している部屋に向かった。今回はいーくんさんに無理矢理連れてこさせられた。いーくんさんがゆめみん先輩が練習している部屋の扉を勢いよく開けて中に入って行く。僕はいーくんさんに続いてコソコソと部屋に入った、
「ゆめみん、チューバパートはパート練習しないの?」
いーくんさんがゆめみん先輩に尋ねるとゆめみん先輩はチューバを吹くのをやめていーくんさんの方を見る。そして一瞬チラッと僕の方を見ていーくんさんに視線を戻して返事をした。
「しない」
「なんで?」
「パート練習は強制じゃないでしょう。したくないからしない」
ゆめみん先輩はあっさりとそう答えた。これが私の本心だからさっさと出て行けと言うかのように…何故、パート練習をしたくないのか、今は自分のことで手一杯だからか、それとも僕のことが嫌いだからしたくないのか、僕にはどうしても後者のように思えてしまった。
「りょうちゃん、悪いけど先に涼葉のところに戻っててくれない?それでできたら涼葉とゆうこちゃんと合わせてて欲しい」
「わかりました」
僕はいーくんさんにそう返事をして部屋を出る。部屋を出た瞬間、先程、ゆめみん先輩が言っていたことについて深く考えてしまい泣きそうになった。僕はゆめみん先輩は僕のことが嫌いだから一緒に練習したくないのだと考えてしまっていたから。
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