第31話 責任




昼食の時間が終わり歯を磨いた後はそれぞれで音出しを始めた。パートで一緒に音出しをしているパートもあったがチューバパートは当然のように個人で音出しを始めた。


そして音出しが終わった後の基礎合奏、いつものように呼吸法をした後チューニングを行い音階のロングトーンそしてデイリートレーニングの合奏などを行なった後、課題曲の合奏が始まった。


何回も何回も同じ箇所の合奏を行い時にパートで、時に個人で吹き少しずつ全体をよくしていく。一回の合奏で個人のレベルが上がるわけではない。だが、個人ではなく全体で見れば確実にレベルが上がっている。それが合奏だ。そしてその合奏を支えている楽器がチューバだ。そして当然、支えが弱ければ全体も弱くなる。支えを失った音たちは意思疎通ができなくなったかのようにあちこちから飛び回りやがて崩壊する。崩壊した合奏を及川さんは途中で止めた。誰が悪いか、当然責められるのは全体を支えきれなかったチューバだろう。


「チューバ、音が小さいもっとしっかり息を吸ってしっかり楽器に息を入れて、あと、りょうちゃん、音にもっと響きを与えて、遠くへ音を飛ばすようにしっかりイメージすること、りょうちゃんとゆめみんがちゃんと全体を支えてくれないと困るからね」


音が小さい。楽器を吹いてる人間ならば一番言われたくないセリフがこれだろう。どれだけ綺麗な音でも、どれだけ響く音でも聞こえなければ意味はない。全体に押しつぶされて聴いている者の耳に届かなければただの飾りと変わらない。


音が小さい、ゆめみん先輩の唯一の弱点、ゆめみん先輩の唯一の欠点、弱点や欠点などでは済まされない。音は聞こえなければ意味がない。音が小さいというのは弱点や欠点などではなく存在の否定なのだ。スタートラインにすら立てていないのだ。ゆめみん先輩の完璧な音はまるで夢の中だけで奏でられるような音なのだ。全体に押しつぶされ客席では聴くことが出来ない夢の音、それがゆめみん先輩の音だった。


「及川がいなくなったらチューバは二人だけになるんだよ。及川がいなくなった時のためにもしっかりと大きな音を出せるようにしよう」


及川さんは僕とゆめみん先輩の方を向いてそう言った。僕とゆめみん先輩は黙って頷いた。頷いて顔を上げた後、ゆめみん先輩の方をチラッと見たらゆめみん先輩は複雑な表情をしていた。







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