第27話 1人の練習




基礎練習を終えた頃、ちょうどゆめみん先輩も基礎練習が終わったみたいでお茶を飲み始めた。お茶を飲み終えた後、ゆめみん先輩は僕の方へやって来た。


「りょうちゃん、今日はそれぞれ個人練習でいいかな?」

「あ、はい。わかりました」


本当はパート練習をしたかった。というより本来ならパートで練習をすべき場面なのだろう。だが、僕はゆめみん先輩の言葉に頷くことしか出来なかった。


「わからないことがあったら聞いていいからね。じゃあ、頑張って」


ゆめみん先輩は僕にそう言い自分の練習に戻っていった。


「あれ、りょうちゃん何でゆめみんと練習してないの?ていうかゆめみんは?」


休憩のため別室から戻って来た及川さんが僕に尋ねる。


「えっと、ゆめみん先輩に今日は個人でやろうって言われたので個人でやってます。ゆめみん先輩はたぶん楽器を置いてある部屋で一人で練習してます」

「そっか、パートで練習してて欲しかったけどな……来年チューバパート大丈夫かな……」


及川さんは本当に心配そうな表情で僕に言う。僕はそれを引きつった笑みを浮かべながら聞くことしか出来なかった。


「今、自由曲やってた?」

「はい。自由曲を練習してました……」


ぶっちゃけ自由曲の練習はしたくなかった。自由曲は二千八年に作られた曲でとてもロマンチックな雰囲気の曲だ。最初は優しい雰囲気で曲が始まり曲の途中でダイナミックな演奏に変わる変化が特徴的だ。僕はこの曲は結構気に入っている。では、何故練習したくないのか…それは僕の譜面台に置かれている楽譜を見れば一目瞭然だろう。


楽譜の半分以上に大きなバツが記されている。初心者で難しいから、そういった理由で僕の楽譜はところどころ消えていた。課題曲のマーチはほとんどの場所を吹かせてもらえるが自由曲はカットがかなり多かった。


及川さんにここは吹かなくていいと言われた時、自分は初心者なんだから当然だよね。と思った。


いや、当然と自分に思いこませようとしていただけだ。自分に実力がないことを初心者だから仕方ないと考えようとしていた。そんな自分が嫌だった。全部吹きたい。それが自分の願いなのだから。


だが、そんな我儘は言えなかった。みんなコンクールで結果を出すために頑張っている。及川さんだってカットさせたくてさせたわけではないはずだ。曲を良くするために仕方なく。そうしたのだろう。及川さんは僕にカットする場所を告げた直後、僕に吹いて欲しいと言った場所を指差しながら「ここはチューバが必要だから、ここで全力を出して欲しい。

あと、こっちの場所の伸ばしはりょうちゃんが吹かないと私とゆめみんは直前のところまでで疲れて大きな音出せないからりょうちゃんにちゃんと伸ばして欲しい。期待してるから頼むよ」と言ってくれた。だから、嫌だからと言って練習しない訳にはいかない。


「そっか、どこかわからないところとかある?」

「えっと、ここのテンポのとり方がわからないです」


及川さんに譜面台を向けてわからない場所を指差しながら尋ねた。あとでゆめみん先輩に聞こうと思っていた箇所だったがせっかく及川さんが聞いてくれたのだから好意に甘えることにする。


「ここはね。ティンパニと同じ動きだから合奏だとわかりやすいと思う。動きはこんな感じね」


及川さんはメトロノームに合わせて手を叩いて教えてくれた。及川さんの見本が終わると今度は僕がメトロノームに合わせて手を叩く。何回か失敗した後、成功して及川さんは大袈裟に成功したことを褒めてくれた。そして今度はそれを楽器で吹く。リズムは取れているが音は上手くならなかった。


「うーん。リズムはちゃんととれてるからあとは練習あるのみだね。じゃあ、そろそろ戻るからわからないところがあったらすぐに私かゆめみん先輩に聞くんだよ」

「わかりました。ありがとうございます」


僕は及川さんに礼を言い部屋から出て行く及川さんを見送った。及川さんが部屋の扉を開けた時、近くの部屋で練習しているゆめみん先輩の音が聞こえて来た。とても綺麗な音だった。ああいう風に吹けるようになりたい…そう思いながら僕は練習に戻った。





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