第20話 楽器決め。




「あ、ゆめみん先輩お疲れ様です」


ゆめみん先輩がまゆ先輩と一緒にホールに入って来たのを見た僕は恐る恐るゆめみん先輩に挨拶をする。


ゆめみん先輩は笑顔でお疲れ様と返事をしてくれた。


「あの、及川さんにゆめみん先輩と一緒に練習するように言われたのですが一緒に練習していただけますか?」


挨拶を終えてしばらくの間が空いたあとに発せられた僕の言葉を聞いたゆめみん先輩はすごく機嫌の悪そうな顔をした。それは嫌いな相手だから一緒に練習したくないというような感じではなく、自己嫌悪というようなものだった。


「うん。いいよ。一緒に練習しようか。楽器出してくるから少し待っててね」


一瞬だけ見せた顔をかき消したゆめみん先輩は笑顔で僕に返事をしてくれた。ゆめみん先輩は荷物を机に置いて楽器を取りに向かう。


その後、楽器を持って来たゆめみん先輩としばらく一緒に練習したのだった。



時刻は午後五時、すでに練習は始まっている時間だ。だが、そんなことは関係なく話し合いは続く。どうしても、どうしてもフルートを諦めたくなかった。それをはっきりと及川さんに相談したら及川さんはすぐに人を集めてこのような話し合いの場を作ってくれた。


「さほちゃんがフルートをやりたいってことはわかってるけど前も言ったみたいに無理なの…」


咲先輩は私に向かってはっきりと無理だと伝えてくれる。でも、私は諦めたくない。我儘なのはわかっている。でも、それでも、諦めたくないものは諦めたくないのだ。


「もし、フルートが吹けないなら私は合奏研を辞めます。吹奏楽でフルートを吹きたかったけど、他のサークルでフルートを吹きます」


私ははっきりと宣言した。脅しと取られるだろうが、私は私の考えをはっきりと示しただけで脅すつもりはなかった。だが、私の発言でもともと悪かった空気が更に悪くなったのがわかった。


「そう。なら悪いけどそうしてもらえるかな?部として辞めるって言えば自由なことをできるって思われたくないし、出来れば私はさほちゃんと一緒に吹奏楽をやりたいと思っているけど」


咲先輩は即答した。迷うことなく私にそう告げたのだった。それを聞いて同じ室内にいた人たちは完全に凍りついた。一年生だけでなく。上級生も、だ。おそらく、これ以上合奏研でフルートを吹きたいというのは時間の無駄だと私は思った。


「あの、すみません。僕、フルートじゃなくてホルンやってもいいですけど…この楽団ホルンは一人しかいないみたいですし、ホルンやってみたいとも思ってましたし、それにせっかく同じ楽団に入ったのにもう人がいなくなるのは嫌ですし」


そう先輩たちに言ったのはフルートの経験者だっただいち君だった。それを聞いて咲先輩や綾先輩たちは複雑な表情をした。


しばらくの間、室内は静寂で満たされた。誰も、言葉を発することが出来なかったのだ。今まで揉めてきたことの根本を破壊したのだ。何も言えなくなるのは当然のことのように思えた。


「うん。だいちがそれでいいって言うならいいんじゃないかな」


返答に困っていた先輩たちの中で真っ先に言葉を発したのは指揮の及川さんだった。及川さんはだいち君に本当にそれでいいのか尋ねるとだいち君は黙って頷いた。


「及川君…」


あーちゃん先輩が何か言いたそうにしたが及川さんはそれを止めた。


「実際ホルンがあいつしかいないのは問題だったしパーカスも人数は足りてる。それに、この提案を呑んだ場合損する人はいないだろ?」


及川さんの言葉に反論する人はいなかった。


「じゃあ、さほちゃんはフルートパートで決まり、だいちはホルンパートに行ってもらう。二年生の先輩が練習してるはずだから今からそいつのところに行くこと、フルートパートは少しここに残って一旦解散」


及川さんの指示に従いあーちゃん先輩とだいち君が控え室から出て行く。控え室には及川さんとフルートパートの四人だけが残った。






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