第19話 苦手意識




「ねえ、ゆめちゃんは後輩とどんな感じ?」


授業が終わりホールに向かって歩いている途中、同じ授業を一緒に受けていたまゆちゃんにそう聞かれた。後輩のりょうちゃんは正直言って苦手だ。りょうちゃんがいい子なのはわかっている。でも、本能的にりょうちゃんを拒絶してしまうのだ。


「うーん。普通だよ。りょうちゃんいい子で言うことちゃんと聞いてくれるし覚えが早いから教え甲斐あるし」


りょうちゃんの覚えが早い。これは事実だった。私がチューバを始めた時と比べればりょうちゃんは状態のペースが尋常じゃないくらいに早い。(私が遅かっただけかもしれないが…)


「そういうまゆちゃんはどうなの?」


これ以上りょうちゃんのことを聞かれて私が苦手意識を持っていることを悟られたくなかった私はまゆちゃんのことについて尋ねて話題を変えた。


まゆちゃんが所属しているサックスパートにはバリトンサックスとしてふくくんが入って来た。だが、まゆちゃんは去年吹奏楽を始めたためテナーサックスしか吹いたことがないので後輩のふくくんにちゃんと教えることができるのか、と悩んでいた。


「今のところだうた先輩が教えてくれてるから大丈夫。だいち先輩が技術的なことは教えるって言ってくれてるから私は譜読みの仕方とかを教えてあげるくらいだし」


譜読みとはその名の通り譜を読むことだ。楽譜をもらって眺めて音源を聴き楽譜を歌えるようにすることが譜読みである。やり方は人それぞれとしかいいようがない。


「でも今日だいち先輩来れないから私が教えないといけないんだよね…どうしよう…私、上手く教えれる自信ないよ…」


まゆちゃんは引きつった笑みを浮かべて言う。サックスを始めてまだ一年しか経っていないまゆちゃんに種類の違うサックスの初心者の面倒を見ろというのは結構な無理難題だろう。私なら絶対に嫌だ。でも、先輩という立場になった今、弱音を吐くのは許されないと私は思う。


少なくとも後輩の前では…


「お互い頑張ろうね…」


私はまゆちゃんにそう言ってあげることしかできなかった。何か、いい言葉はないかと探しみるがいい言葉は見つからなかったのだ。


「うん」

私の言葉にまゆちゃんは短く答えてホールの扉を開けた。この中に一歩足を踏み入れたら私とまゆちゃんは先輩として後輩を導いてあげなければならない。ぶっちゃけかなり辛い。私が教えたせいで後輩…りょうちゃんに変な癖がついたらどうしよう……もし、上手く育たなかったらどうしようと考えていると辛かった。


まゆちゃんも同じことを考えているだろう。私もまゆちゃんも後輩には上手になって欲しいと思っている。りょうちゃんもふくくんもせっかく大学で新しいことに挑戦しているのだから新しく挑戦したことを自分の特技にして欲しい。私はそう思う。だからりょうちゃんが上手になれるように精一杯の努力はしようと思う。たとえそれが嫌いな相手でも私の考えは変わらない。だって私は先輩なのだから……


でも、きっと上手くいかないんだろうな…私自身、人と関わるのが苦手だしりょうちゃんもあまり話すタイプの人じゃない。私から何回かりょうちゃんを練習に誘わなければならない場面が何回かあった。でも私はりょうちゃんが練習一緒にしてくださいと言うまで何もできなかった。そんな自分が本当に嫌いだった。だから、今日こそはちゃんと私から練習に誘おう。


以前、及川さんに私とりょうちゃんがなんとなく似てると言われたことがあった。私はそれが本当に嫌だった。及川さんが述べた私とりょうちゃんの似ているところが私が嫌いと思っている自分だったから。もしかしたらりゅうちゃんに対して苦手意識を持ったのはこれが原因かもしれない………






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