第14話 恋をした日




召田先生の話が終わった後、今日の練習は終わりとなった。本来の時間よりかなり遅くなってしまったため慌てて片付けを終えてホールを後にした。


駅の改札口を定期券を使って潜りホームへの階段を登る。階段を登るとまだ少しだけ涙の跡が残るゆめみん先輩がいた。


「あ、りょうちゃんお疲れ様」

「お疲れ様です」


ゆめみん先輩と挨拶した後、僕は悩んだ。このままゆめみん先輩の側にいるかホームの奥へと逃げるか、だ。悩んだ結果僕はゆめみん先輩から少し離れた場所に立って電車を待つ。


「りょうちゃん、今日大丈夫だった?」


少し時間が空いた後ゆめみん先輩は僕に尋ねた。たぶん今日一番辛い思いをしたのはゆめみん先輩だろう。それなのに僕の心配をしてくれたのが僕にはすごく嬉しかった。


「はい、ちょっと怖かったですけど大丈夫ですよ」

「ならよかった。あんなことそうそうない…っていうかたぶんもう二度とないから安心してね。今日のことは気にしないでまた練習頑張ろうね」

「はい。よろしくお願いします」


僕がそう返事をするとちょうど電車が来たので僕とゆめみん先輩は電車に乗る。夜遅かったからか驚くほどに人が少なかった。電車内には二人掛けの椅子が並んでおりその一つにゆめみん先輩が座り僕はそのすぐ側で立つ。


「座らないの?隣空いてるからよかったら座って」

「あ、じゃあ失礼します」


僕はリュックを膝の上に置いてゆめみん先輩の隣に座った。


「ゆめみん先輩っていつからチューバを吹いてたんですか?」

「え、高校からだよ」

「何でチューバを吹こうって思ったんですか?」

「低音の音が好きだったの、だからバリサクをやりたかったんだけど人数の関係でチューバになってね。最初は少し残念だったけどね、今はチューバでよかったって思ってるよ」

「チューバ好きなんですね…」

「うん。大好き!」


ゆめみん先輩は笑顔で僕にそう答えた。ゆめみん先輩の笑顔からは本当にチューバが好きっていう気持ちが伝わってきた。そんなゆめみん先輩の笑顔を見て僕は何故かすごくドキドキした。


「りょうちゃんは何でチューバにしようって思ったの?」

「え、それは……」


ゆめみん先輩の音に憧れたから。答えは簡単だった。でも、それを今のゆめみん先輩に言っていいのかよくわからなかった。


「内緒です。今はまだ…」

「えー、じゃあ、いつか教えてね」

「はい。いつか必ず」

「あ、もう最寄駅だから降りるね。今日はお疲れ様、また練習でね」

「はい。よろしくお願いします。お疲れ様でした」


ゆめみん先輩は笑顔で手を振りながら電車から降りていく。僕は笑顔でゆめみん先輩を見送った。


ゆめみん先輩がいなくなってから僕の周りは急に静かになった。先程までの楽しい空間が嘘のように消えていく。だが、冷え切っていく空間とは対照的に僕の心は熱くなっていた。何故だろう。ものすごくドキドキする。いつからだろう…たぶん、初めてあの人の音を聞いた時からだろう。僕はあの人を目標にしようと思っていた。だが、今この瞬間気づいてしまった。あの人は目標であると同時に一緒にいたい人なのだと…


この感情はきっと………恋と呼ばれるものだ。何故かと聞かれると答えることはできない。おそらく、人が、生物が呼吸をするように当たり前の自然現象のようにゆめみん先輩のことを好きになっていた。自然現象に理由なんて存在しない、いや、考えることが面倒になるほど複雑で無数の理由があるのだろう。僕の好きという感情もそれと同じようなものなのだろう。


今まで経験したことのない感情を抱きながら僕は電車に揺らされた。






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