第5話 フルートの女の子




僕がチューバパートの仮の一員となった日の帰りのミーティング時のことだった。


「えっと、明日は練習後に新歓があるので是非みなさん参加してくださいね。あと、明日入団届けを渡します。入団届けの希望パートを参考に正式なパート決定を行いますのでよろしくお願いします」

「まあ、りょうちゃんはチューバで確定だから安心していいよ」


ミーティング後に及川さんがボソッと僕に伝えた。正直言って安心した。こんなにも、チューバをやりたい。って思っているのにできないのは嫌だから…今日も一年生が先に解散となり上級生よりも先にホールを後にした。



「あの、合奏研の人ですよね?チューバやってる」


駅で帰りの電車を待っていた時一人の女の子が僕に話しかけてきた。確か初日の基礎合奏の時フルートパートにいた子だよな…ちょっと長めの黒髪ですごく大人しそうで清楚な感じの子だった。


「うん。そうだよ」

「あ、やっぱり。私、釘宮さほ、フルート希望なんだ。よろしくねりょうちゃん」

「えっと、なんでりょうちゃんって知ってるの?」

「綾先輩が言ってたから…りょうちゃんフルートじゃなくてチューバ行っちゃった〜って…」

「あ、なるほど…」


そういえば綾先輩フルートパートだったな。あんなにフルートパートゴリ押しされたのに、なんか申し訳ないや。


「電車同じみたいだし途中までご一緒してもいいですか?」

「うん。いいよ」


僕はさほちゃんと一緒に電車に乗って並んで座る。内気な性格の僕は女子と喋ったことはあまりなく高校では男クラだったため女子に対する耐性が全くない。女子が隣に座っているという現状、ぶっちゃけかなり緊張する。


「チューバはりょうちゃんしか志望してる人がいないからいいよね…羨ましいよ…」

「フルートは志望者が何人かいるの?」

「うん。私を合わせて三人…今フルートには三年生が二人いて合奏研が今集まってる一年生を合わせて四十人くらいみたい、そのうち十人くらいが四年生で今就活とかで忙しいからコンクールには出ない、だからコンクールを考えるとフルートは一人、多くても二人、じゃないとバランスが崩壊しちゃうかもしれないから…」

「なるほどね…確かに厳しいね…希望してる楽器ができないかもしれないなんて…」

「うん。しかも一人はフルート経験者、完全に分が悪いよ…」

「さほちゃんは吹奏楽初心者なの?」

「中高とパーカスやってたよ…だけどずっとフルートに憧れてたから…」

「そっか…フルート吹けるといいね…」

「うん」


全員が自分の希望楽器になれるといい…僕はそう思ったがそうはいかないだろう。今の二年生や三年生の中にもさほちゃんと同じような思いをした人がいるはずだし…それに先輩たちだって意地悪でパート分けをしているわけじゃない。よりよい演奏をするためにバランスを考えているのだろう。だから、誰も先輩たちを責めようとは思わない。


だけど…もし、願いが叶うなら全員が希望する楽器を演奏できるようといいなと僕は思ってしまった。


「ごめんね。こんな話をして暗くしちゃって…」

「ううん。大丈夫だよ。吹けるといいね。フルート…」


うっすらと涙を浮かべて僕に言うさほちゃんに、僕はそう応えることしかできなかった。


「うん。本当に……あ、私もう降りないと…じゃあ、また明日ね」

「うん。お疲れ様」


フルートを吹きたい…ずっと憧れていたフルートを…そう強く思うからこそさほちゃんの瞳からは涙が溢れたのだろう。僕には祈ることしかできない、さほちゃんのフルートに対する強い思いが届くようにと……








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