第18話 夜明け
――とあるバー。
「他に、もっと手段はあるでしょうに」
「いや、これが一番効果的ですよ」
老人は、バーテンダーの言葉に、ワイングラスをゆらゆらと回しながらこたえた。狭くて薄暗いバーの客は、老人ひとりだけだ。
「いじめで、一番怖いことはなにか、わかりますか」
老人は、ワインをひとくち飲むと、バーテンダーに視線を投げた。
「かなり、酔ってますね」
「そんなことより、考えてみてください」
老人は、グラスに残っていたワインをぐいっと干した。
「いじめられる側の自殺、でしょうか」
バーテンダーは、老人が干した空のワイングラスに、ワインを注ぎながらこたえた。
「本質が見えてませんね、あなたは」
「はて」
「いじめられる側と、いじめる側、双方の思想がゆがむことですよ。自殺とかは、その先のはなし。ある者は、人はそう簡単には傷つくものでないとタカをくくり、自分の言動がもつ毒を、無遠慮にまき散らすようになる」
「それは、いじめっ子ですね」
ご名答、と老人は再びワイングラスを傾けながら、立てた小指をバーテンダーに向けた。あっという間に、ワイングラスは空になる。
「そしてある者は、攻撃的な人たちを過剰に警戒し、憎むようになる。やがて、些細なことでもその裏に嫌なものを読み取るようになり、人間不信に陥る。最後には、信頼できない人物はすべて悪だと思い込み、一方的に排除しようとする」
「それは、いじめられっ子ですか」
干したワイングラスをカウンターに置いた老人は、大きく頷く。
「そしてある者は――」
「二つじゃないんですね」
「なにか、わかりますか」
口を挟んだバーテンダーに、老人は投げかけた。バーテンダーは、腕を組み、考え込むふりをしたが、すぐに肩をすくめた。
「考えてませんね、あなた」
「言いがかりです」
「まあいいでしょう」
老人は、カウンターに置いてあるワインボトルを手に取って、今度は自分でグラスに注いだ。うねる弧線を見つめながら、老人は続ける。
「ある者は、周囲の環境にあわせるために、自分というものを決めつけるようになる。本当は嫌なことでも、嫌とは言わなくなる。『自分はそういうものだから』、これが癖になり、他人にも適応を強要するようになります」
「それは、どのポジションにいる子でしょうか」
「どこにでもいます」
「はあ」
老人は、ワインを注ぎ終えると、ボトルを置いた。そして、なみなみになったグラスを手に取ろうとする。しかし、バーテンダーは、その手をばしっと掴んだ。老人は驚いた表情で、バーテンダーの顔を見上げた。
「なんでしょう」
「飲み過ぎです」
「いいじゃないですか」
「あなたが酔い潰れてたら、あの子は、戻ってこられないんでしょう。もうじき夜が明けますよ。そろそろじゃないんですか」
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