第17話 陸の思いやり

 その夜、啓太はなかなか眠ることができなかった。いくら考えまいとしても、脳内のいたるところから、まるで分泌される液のように、牧野のことが湧いて出てくる。ベッドに入ってしばらくすると、啓太はすぐに落ち着かなくなって、上体を起こすことを繰り返していた。

 カーテン越しの夜明かりが、ベッドの上を、青白く照らしている。

 啓太はなにとなしに、カーテンを引いて、外の景色をながめた。三階から見下ろす街灯は、いやに背が低くて、暗く見える。マンションの前をはしる道路に沿って、街灯は等間隔に、ひっそりとたたずんでいる。一台の軽自動車がしずかに道路を過ぎていった。しばらくして、もう一台来たが、それは信号で止まった。黄色が赤になり、その代わりに赤が青になる。横断歩道を、むこうからこちらに渡ってくる人がいる。


 ――あれは。


 啓太は、布団から飛び出すと、パジャマ姿のまま、寝静まった家族を起こさないように、そっと家を出た。

 外は、暖かくもなく、寒くもなかった。立ち止まっているだけでは、肌になにも感じるものがない。空気という存在が、まったく無くなってしまったような感触。うつろな空間に、ただ鈴虫のとおい声だけがさざなんでいた。しかし、歩くと風があたり、それによって外気を認識できた。


「なに、してるの」


 昼間よりわびしく感じられるエントランスの明かりの下で、啓太は小さく言った。


「捜索活動」

「外出は、禁止でしょ」

「知るかそんなん」


 陸はそういって、啓太のよこを通り過ぎようとした。


「待って」

 啓太は、陸の腕をつかんだ。「なんで、俺の名前を、出さなかったの」


 陸は立ちどまり、わずかな沈黙が流れた。エントランスの自動ドアが、音をたてて閉まった。


「お前、内申点響くだろ。生徒会だし」


 陸のひとことに、啓太ははっとした。つかんでいた手から、すっと力が抜けていく。


「おれ、そもそも内申捨ててるから。それに、牧野をイジってたの、ほとんどサッカー部で、お前は、最後だけじゃん」


 そうこぼした陸の横顔を、啓太はまじまじと見た。言葉が出なかった。視界が、ゆがんだ。


「じゃあ、また月曜日な」


 陸はそう言い残すと、ふたたび歩き出した。広いエントランスに、小さな足音がコツコツと響いた。

 啓太はしばらく、その場を動くことができなかった。



 自室に戻った啓太は、ベッドの上に腰をおろし、室内の虚空を、うわの空になって眺めていた。


 ――俺は、そんな人間なのか。


 ショックだった。自分が、友人の失踪よりも内申点を気にするだろうと推測されていたのが、ショックだった。よりによって、幼馴染みの陸に。


 遠くで、カラスが鳴いた。それを合図とするように、スズメやセミの残党も声をあげはじめる。一台のバイクが、エンジン音を響かせながら道路を過ぎていった。ぴたりと静止してしまった室内を横目に、外の世界が、ゆっくりと動き出す。

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