第三章

第16話 偶然からはじまる嘘

 翌日の金曜日の朝。登校した啓太が二年C組のまえを過ぎようとすると、後ろから誰かに腕をつかまれた。

 驚いてみると、C組のサッカー部である五十嵐いがらし翔太しょうたが、ものすごい形相で啓太を睨んでいた。五十嵐は、おとといの靴隠しの現場にいたサッカー部の一人だ。


「なんだよ」


 五十嵐のつり上げられた目に、啓太は身構えた。


「ちょっと来い」


 五十嵐はそういうと、啓太を乱暴にトイレ前の踊り場にひっぱっていった。

 人が周りにいないことを確認すると、五十嵐は、啓太の胸ぐらを掴みあげた。


「おまえ、昨日言い出さなかったのか」

「言い出すって、何をだよ」


 返した啓太に、五十嵐は怒りのあまり、頬をふるわせた。


「牧野が行方不明になったこと、担任から聞かされただろ」


 驚いた啓太は、目を見開き、首をすばやく横にふった。

 きのう、牧野の行方不明がクラス全体に伝えられたとき、啓太は生徒会室にいた。ゆえに、啓太は、牧野の不登校を心配こそすれ、ただの風邪である疑いも捨てていなかったのだ。


「聞かされてない」

「嘘つけ!」


 五十嵐の怒鳴り声が、まだ人の少ない、がらんとした校舎に響く。


「サッカー部は停部くらったんだぞ。なんでお前だけ逃げようとしてんだよ。陸に口止めまでさせてよ」

 口止め?陸?何の話だ――。


 ますます状況がつかめなくなった啓太は、胸ぐらを掴む五十嵐をおし倒した。


「何言ってんのかわかんねーよ。あたま、おかしくなったんじゃないかお前」


 倒れて尻もちをついた五十嵐に、啓太はそう吐き捨てると、その場から走り去った。



 そのあと、全校に、部活動の時間短縮と、生徒の放課後および休日の外出禁止が告げられた。不審者出没がその口実とされていたが、それは、牧野が何者かに誘拐された可能性を考えてのことだろう。

 五十嵐の言っていたことが、真実であったことを悟った啓太は、靴隠しの件について申し出ようとした。しかし、踏み切ることはできなかった。石崎が姿を現さなかったからだ。おそらく、警察に話をきかれているか、両親の対応に追われているのだろう。

 石崎は、きのう啓太が教室に居合わせなかったことを知っているはずだ。しかし、他の先生は知らない。となれば、いま啓太が他の先生に申し出ようものなら、啓太は嘘をついて逃げようとした卑怯者だと思われかねない。そのことを考えると、啓太はどうしても声をあげることができなかったのだ。

 啓太はその日の授業が終わると、すばやく学校をあとにした。誰とも話さず、誰とも目を合わせずに・・・・・・。

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