第14話 消えたカウンセラー
老人はあいかわらずおだやかな口調で続ける。
「そうだね。けれど、彼の思想は、彼自身をいつか絞め殺してしまうかもしれないんだよ」
突然老人の口から発せられた「絞め殺す」、という強い言葉に、前田は身構えた。
「彼の思想は、つまり自分の生き方を制限することだ。それも、他人が理不尽にもうけた檻の中にね。その先に待つのは、息の詰まるような閉塞的な人生だ。もし、彼がその思想を持ちながら奴隷制のある世界に生まれていたら、きっと彼はすさまじい差別主義者になって多くの人に恨まれていたか、自分が奴隷であることに苦しみながらも、抵抗することなくその生を全うしていただろうね」
――俺の考えは、やっぱり正しいじゃないか。
「奴隷制」という自分の用いた言葉を、老人が発したのをきいて、前田は自分の持つ正論にいきおいを得た。
――そんな危険な思想を持ったやつは、消えてしまった方が世のためだ。
頭に血をのぼらせた前田は、胸中でめいっぱいの憎悪をはき出した。
「そうか、本当にそう思っているのか」
「へ?」
「たとえ差別的な思想を持った人間でも、それを話し合いではなく、強制的に排除しようとすれば、君も立派な差別主義者だな」
驚いて老人の目を見返すと、それはもうさきほどまでの穏やかなそれではなかった。老人は、ぎらついた鋭い目を前田に向けている。
また声に出ていたのか――。
「君たちには、特別な指導が必要らしい――」
老人が言ったタイミングで、突然の強風が公園を襲った。公園の砂利が舞い上がり、前田たちを直撃する。前田は砂利が目に入るとおもわず目をつむり、そのまま風が止むまで目を手で覆い守った。
やがて風がやみ、前田が目をあけると、そこに老人の姿はなかった。
前田の全身に、ぞくぞくとした悪寒が走り、鳥肌がたつ。
――これは。
前田はあわてて公園から出て、家に帰った。自室にスクールバッグを放り投げると、そこにあるゴミ箱をあさった。丸められたプリント類を広げてみては、それを床に捨てた。やがて、
あった――。
前田が手にしていたのは、くしゃくしゃに皺が刻まれた、先週配られた学校だよりだった。
前田はいそいで全体に目を通し、「カウウセラー紹介」の欄を見つけると、そこの名前を見て凍り付いた。
――うそだろ。
プリントを持つ前田の手は、小刻みに震えはじめた。カウンセラーの欄にあったのは、女性と思われる名前だけだったのだ。
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