第11話 キャラってなんだよ
すぐに二人は牧野に追いつき、前田を真ん中に、三人は並ぶ形となった。
「明日は、ドッジじゃなくてサッカーやろうぜ」
何事もなかったように、大倉が牧野に提案する。わざとらしい活力をふくんだその声には、この張りつめた空気をなんとかしたいという、大倉の意思が表れていた。
「いいね」
「A組と試合やるか」
「Aのサッカー部に言っとくよ」
前田をはさんだ短い会話がおわると、再び沈黙がおとずれた。それぞれが同じ歩幅で、前を向いて進んでいる。たまに大倉が、側溝の金属のふたを踏みあげ、カランカランと高い音が響いた。
「あのさ、前田」
昇降口に入ったところで、沈黙をやぶったのは、意外にも牧野だった。
「自分のキャラ、理解した方がいいと思うよ」
牧野は、外靴を脱ぎ、中に入っていた砂を落としながら言った。靴から出てきた砂が、昇降口のコンクリートの上にはらはらとちらばる。
「俺もサッカー部ではイジられる方だけど、それを笑いに変える方が、絶対いいって」
牧野は、外靴をしまうと、かわりにうわばきを引っぱり出した。うわばきを自分のまえに放り投げ、そこに足をすっといれる。
前田は、外靴を脱ごうとかかとにひとさし指をかけたところで、牧野の言葉をきいて、静止してしまった。
「授業、遅れるぞ」
一足先にうわばきを履いていた大倉が、牧野たちを振り返った。
「やべ」
牧野はつま先をトントンと床に打ち付けると、駆け足で教室に向かった。大倉もそれにつづいた。
前田は、少しの間その場で凍りついていた。
――キャラってなんだよ。
胸中でそう呟いた途端、必死にせき止めていたものが、喉の奥からぶわっとこみ上げてきて、鼻の先がツーンと痛んだ。前田は、必死で唇を噛みしめたが、大波にのみこまれたように、もうどうすることもできなかった。
誰もいなくなった昇降口でひとり泣き崩れていると、やがて五時間目はじめチャイムが鳴った。
――急がなければ。
前田は、涙をぬぐい立ち上がると、靴を履き替えた。涙で視界がゆがんでいて、うわばきを履こうとしたときにバランスが少し崩れた。廊下を進むと、他クラスのあいているドアから、視線を感じた。そりゃそうだ。鐘が鳴ってから、廊下を歩いているというだけでも目立つのに、鼻をすする音までしたら、誰もがそちらに気をとられてしまう。
B組の後ろのドアは、わずかにひらいていたが、人が通れるスペースはなかった。前田はなるべく静かにドアを滑らせたが、どうしてもガラガラと音が鳴ってしまう。その音に気がついて、前を向いていた全員の視線が前田にむいたのを感じた。前田は、目をジャージの袖で隠したまま、まっすぐに自席に戻った。既に板書をはじめていた先生が手を止めて何かを言いかけたが、前田の様子を見てやめたのがわかった。先生は、また板書を再開し、大きな声で授業をはじめた。前田は机に突っ伏したまま、そのあと二時間、ずっと動かなかった。
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