第10話 キレんなよ

 前田に当たったボールは、いきおいよく跳ね返って、小さくバウンドしながら遠くへ転がってゆく。


「はい、前田、


 牧野は笑いながらそう言うと、前田の胴をつかむ腕をゆるめた。


「おい」

 離れようとした牧野の腕を、すかさず前田はがっしり捕まえた。「ふざけんなよ!」


 前田は振り返り、甲高く震えた声でそう叫ぶと、そのまま牧野に飛びかかった。興奮で身体が熱くなり、目は血走っている。


「おい、前田やめろって」


 大倉が前田を牧野から引き離そうとするが、前田はとまらない。一方で、牧野は笑いながら、襲いかかる前田の手を掴んで、攻撃を防いでいる。


「おい、てめえら何してんだ!もう昼休み終わってんだよ!」


 しばらく続いた取っ組み合いをとめたのは、突然聞こえてきた男性の怒鳴り声だった。

 その声の迫力に、さすがに前田は我に返り、顔を上げた。

 声の主は、がたいのいい男性教員だった。三年生の担当で、名前はわからないが、腕を組み、眉をつり上げたものすごい形相でこちらを睨みつけている。


「あーあ、怒られちゃった」


 牧野は、その先生を一目見ると、ひるんだ前田を押しのけて立ち上がった。


「キレんなよ。そんぐらいで、ばっかじゃねーの」


 憎まれ口をたたきながら、牧野はジャージについた砂を払う。


 ――俺は、わるくない。


 前田は下唇を噛みしめた。


「あれ、ボールは」


 傍らにいた大倉に、牧野が訊いた。大倉によれば、ボールは先に走っていった一人が戻ってきて、教室に持ち帰ったという。


「あいつ優しいな、さすが」


 牧野はそう言うと、再び前田に視線を転じる。


「お礼、言っとけよ」


 そう口にした牧野の冷ややかな視線は、軽蔑そのものだった。


 ――こいつ。


 牧野の言葉に、前田は、腹から怒りがわいてくるのを感じた。また飛びかかりそうになる自分を、必死に抑えこむ。


「前田、ごめんって。行こうぜ」


 牧野が先に歩き出して、前田が拳を強くにぎりながら立ちすくんでいると、大倉はそう言って前田の背中を押した。

 前田は、なにも喋らず、しかし抵抗もせず、大倉に従って、しずしずと進みはじめた。

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