第9話 謎のスクールカウンセラー
見ると、そこにはふくよかな老人が立っていた。頭はふさふさの白髪で、口の上に白い髭をたくわえている。
その老人は、上品な茶系のブラウンスーツに身を包み、端正に折りたたまれた白いハンカチを、前田に差し出していた。
目尻には、何本ものしわが刻まれていて、にこやかな表情を浮かべている。公園のうす暗さの中で、そのおじいさんの表情から、暖かい光が広がっているように思えた。
――余計なお世話だ。
「いえ、大丈夫です」
前田は、再び袖で目を隠すようにして、立ち上がった。声が震えていて、妙に早口な自分に気がつく。
「まあ待ちなさい」
前田がその場を離れようとすると、老人は前田の左腕をぐっとつかんだ。その力に、前田は老人の前に引き戻される。
「君、三中の子だろう」
前田が、老人の手を振り払おうとする前に、老人は言った。「君は知らないかもしれないけど、私は三中のスクールカウンセラーでね」
老人の言葉を聞いて、前田は腕に込めていた力を抜いた。面識はないが、学校の先生に反抗するのは憚られたからだ。
「でも、大丈夫です」
前田は言い直し、老人を突破しようとした。しかし、老人は前田の腕を放そうとはしない。
短い沈黙を挟んで、老人がゆっくりと口を開いた。
「牧野くんか」
老人の一言に、前田は、ぴくりと反応した。
「生徒たちを観察するのが私の仕事でね。彼に、何か言われたのかい」
前田は口をつぐむ。
「もちろん、彼を叱ったりなんかしないよ。ただ、何があったのかおしえてくれないかい・・・・・・」
☆
昼休み。前田は、いつもクラスの男子で行われているドッジボールに参加していた。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると、校庭に散らばっていた生徒たちは、昇降口に向かって動き始めた。
「よっしゃあ」
周囲の生徒が、校庭から去ろうとしている中、最後にボールを持っていた牧野は、近くにいた
始まった。B組男子の恒例行事である、ボールの当てあい。最後に当たった人が、ボールを教室に持ち帰らなければならない。
牧野がボールを当てると、当てられた大倉を残して、他の生徒はきゃっきゃと声を上げながら、走り出した。この最後の遊びで、クラスメイトのテンションはいつも最高潮に達するのだ。
前田もすかさず走り出したが、振り向くと、足の速い大倉は、既にボールを拾い上げ、前田の後ろに迫ってきていた。
まずい――。
足を速めようと思った途端、前から誰かに胴をがっしりつかまれた。牧野だ。
「おい、なんだよ」
「かわり身の術!」
前田が抵抗すると、牧野はいたずらな笑みを浮かべながら、進もうとする前田をおしとどめた。
――まただ。
振り返ると、既に追いついていた大倉は、にんまりと口角を上げながら、ボールを持った手を振り上げていた。
「いまだ!やれ!」
バン!
牧野が叫ぶと同時に、大倉は前田の左脚に、思い切りのいい一発をくらわせた。
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