第8話 団地裏の公園で

 前田は、自分の住んでいる団地の裏側にある公園のベンチに、一人腰掛けていた。

 日当たりが悪いこの公園は、いつも湿った空気に包まれている。その空気に、前田は今にも溶けてしまいそうであった。

 帰りのホームルーム。担任である石崎は、姿を現さなかった。職員室に石崎を呼びに行った学級委員がクラスに告げたのは、ホームルームカットの連絡。2年B組の生徒は、ざわめきながらも、ぞろぞろと放課後の世界へと散っていった。

 前田は、バトミントン部だったが、体育館の都合から、毎週木曜日は定休日となっていた。

 人通りの少ない閑散とした通学路を、神経をすり減らした前田はうわの空で歩いた。どこからか犬の鳴き声が聞こえ、近隣の小学生のはしゃぐ声がそれに続く。部活が終わる夕刻には、中学校の生徒でごった返す道のりも、この時間は、いやにすっきりしていて、うつろだ。

 気がつくと、前田は自分の部屋がある棟の前を通り過ぎ、団地の裏側の公園に足を踏み入れていた。

 前田は、あたりを見回した。

 団地の陰になって日の当たらないこの公園は、いつも薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせている。見通しの悪さもあってか、この地域の親たちは、子供たちをこの公園では遊ばせたがらない。

 前田は、公園の隅にあるベンチを見定めると、それに向かって歩き始めた。

 静寂のせいか、砂利を踏む音が、大きな音となって耳にはいってくる。

 前田は、ベンチにゆっくりと腰掛けた。ベンチの冷たさが、この公園の淋しさを物語っているようだった。


 昨日、この公園で出会った老人。彼の言動は、悪ふざけではなかったのだ。現実的に考えて、彼は裏社会の人間だったのだろう。

 これから先、自分には何が待ち受けているのだろうか。警察に捕まり、投獄されるか。それとも、裏の人間によって抹殺されるか。


 どう考えても、前田の頭には、残酷な結末しか浮かんで来なかった。

 どうしようもないこの現実。世界はいつも通りに回っているのに、自分だけが袋小路にされて、身動きがとれず、絶望していく。まるで、自分だけが違う世界に飛ばされてしまったような感覚を覚えるほどだ。



 昨日、前田は団地裏の公園のベンチに座って、あふれ出てくる涙を、ジャージの袖で必死に拭っていた。しつこい涙だった。どんなに拭っても、次々とあふれ出てくる。

「ハンカチ、いるかい」

 気配もなく突然隣に現れた男性の声に、前田は思わず顔を上げた。

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