第4話 靴隠し


「靴、隠そうぜ」


 上履きを脱ぎ、それを下駄箱にほいと放り込むと、啓太は口走っていた。

 悪意があったわけではない。純粋に、そうすれば面白くなると思ったのだ。


 牧野だって、外靴がなくなっていたら、すぐに陸たちが犯人だとわかるはずだ。そうしたら、牧野は笑いながら追いかけてくるに違いない。それを見てみんなで大爆笑。それから牧野に靴をかえし、そこからはいつも通りいっしょに帰る。


 啓太の頭のなかで、有名なドッキリバラエティの映像が再生された。面白いツッコミをいれながら靴をさがす牧野の映像を、スタジオにいる自分たちが笑いながら見ている。


「やば、いいね」


 啓太の提案に、隣で外靴のヒモを結んでいた陸は、白い歯をにやりと見せて笑った。


「よっしゃ」


 啓太は、陸の反応にいきおいを得て、自分の外靴といっしょに、その隣にある牧野の外靴をとり出した。



 それから先、あまり記憶が残っていない。

 牧野の靴を持って、陸たちと一緒にそそくさと昇降口を出たまではいい。しかし、そのすぐあとには、牧野が憤然とした顔つきで、自分から外靴をひったくっていく光景だけが頭に残っていた。


 ふざけんなよ。


 昨日以来、この一言が、啓太の耳にこびりついて離れない。



 校門を出て、最初の曲がり角のところで、啓太たちは牧野の様子をうかがっていた。

 いつもの帰り道に通る角なので、校門から出た牧野も、真っ先にこっちに向かってきた。

 最初は、靴下姿で近づいてくる牧野を見ながら、みんなでくすくす笑っていたが、牧野の表情が見えてきた辺りで、啓太は妙な緊張を覚えた。

 啓太の予想に反して、牧野は鋭い目つきで、啓太たちを睨みつけていたのだ。

 啓太はどうしてよいかわからず、中途半端な笑みを浮かべながら、角から姿を現した。


「牧野、くつ、これ」


 にやけている啓太の顔を一目見ると、牧野はチッと聞こえよがしの舌打ちをして、啓太の手から靴をひったくった。


「ふざけんなよ」


 牧野は、眉間に皺を寄せ、ひったくった靴を履きながら啓太を睨みつけた。


「キレんなって、牧野」


 牧野の予想外な反応にあっけにとられた啓太の横から、陸が口を出して、牧野の肩を軽く叩いた。


「ほんとウザい」


 牧野は小さな声でそうこぼすと、陸の手を振り払った。


「俺、今日あっちから帰る」


 牧野は靴を履いてそう言い残すと、憤然とした態度のまま、来た道を戻っていった。


「牧野ごめんって」


 おどろきで固まってしまった啓太の隣から、陸は牧野の背中にそう叫んだ。

 しかし、牧野は振り返ることも、足を緩めることもなく、そのまままっすぐ離れて行ってしまった。


「あ、今日水曜日じゃん」


 牧野が去ってから、その場にいた一人が、思い出したようにそう言った。


「あ、ピアノ・・・・・・」


 牧野が怒った理由に気がついた陸は、わざとらしく舌を出した。

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