第3話 カギジャンケン


 昼休みには、生徒会の仕事があった。周囲の生徒が、廊下や校庭でさわいでいるなか、啓太は、人通りの少ない一階の廊下をひとり歩いていた。その廊下の一番奥に、生徒会室はある。

 カギをさし、生徒会室にいちばんに入った啓太は、長机に沿って並べられたパイプ椅子を一つひっぱり出して、腰を下ろした。古びたパイプ椅子は、キィッと音を立てながら、頼りなく傾いた。

 生徒会室は、物が多くて、息が詰まる。教室の半分が、現在は使われていない机や椅子のつみ場になっていて、圧迫感がある。壁に沿って置かれた古臭いねずみ色の本棚には、歴代の卒業アルバムが無造作に並べられていた。なかには「昭和」と背にあるものもあって、暇なときには、役員でそれをめくっておもしろがる。

 そんな生徒会室のもつ独特な閉塞感は、啓太の思考をより陰鬱な方向へとひきずっていく。それと同時に、生徒会役員という立場が、啓太の不安をさらにかき乱していた。


 ――昨日のことくらい、なかったことにできそうなのに。



 昨日、生徒会では掲示物作成の仕事があって、啓太は部活にでられなかった。

 啓太の所属している卓球部は、卓球台を片付ける関係から、完全下校よりも早めに解散してしまう。だから、そういう日には卓球部の連中といっしょに帰ることができない。

 啓太は完全下校をつげる放送を聞きながら、生徒会室のカギを職員室に返し、下駄箱に向かっていた。


「啓太くんじゃーん」


 昇降口の直前、からかい混じりの声とともに、啓太はいきなり背中をガツンと叩かれた。

 犯人は、サッカー部の永尾ながおりくだ。


「痛いって」


 啓太は、振り返りざまに陸の手をはらう。

 陸の後ろには、他のサッカー部が数人ついてきていた。みんなこんがり日焼けして、みるからに健康そうだ。

 生徒会の活動でおそくなったときには、いつも完全下校ギリギリのサッカー部と帰ることになる。これが、意外と楽しい。陸とはマンションが同じで、最後まで退屈することはない。


「あれ、牧野は?」


 後ろの顔ぶれを見て、啓太は陸にたずねた。

 すると、陸はししし、といたずらっぽい笑みを浮かべた。


「部室のカギ返しに行った」

「またかよ」


 カギジャンケン。実際は、牧野をいじる遊び。牧野以外であらかじめ手を打ち合わせておいて、ジャンケンを始める。牧野がうまく勝ってしまった場合には、後出しだの、きょうは誕生日で免除だの、わけのわからない口実をくりだして、牧野がカギを返しに行くように仕向ける。陸によれば、先輩から代々受け継がれてきた遊びらしい。

 啓太も陸から、カギジャンケンの説明を受けたときは、その状況を想像して、思わず吹き出してしまった。

 牧野がいると、場は面白くなる。都合のいいイジられ役といったところで、牧野のリアクションや切り返しも絶妙だ。

 陸には若干下手にでる啓太も、牧野になら気軽に絡むことができた。

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