第2話 不明



 一時間目から三時間目まで、啓太はまったく授業に集中できなかった。

 ただの風邪かもしれない、と自分になんども言い聞かせたが、言い聞かせたそばから、「いじめ」「登校拒否」の言葉が浮かんで来て、啓太の集中力をあちこちへと散らしてしまう。


 四時間目の国語は、このクラスの担任でもある石崎だ。牧野について、何か話があるかもしれない。


 啓太はじわじわと定刻に近づく時計の長針に、身構えていた。


「ほら座れー」


 チャイムとほぼ同時に、石崎はゆうちょうに前の引き戸からクラスに入ってきた。授業道具が入った白くて平たいバスケットを教卓の上にぼんと置き、代わりに教卓に置かれていた出席簿を手にとる。

 友人の席で喋っていた生徒たちはそそくさと自席に戻った。少し遅れて、他のクラスに借りに行っていたのか、ひとりの女子が教科書をかかえて廊下から飛び込んできた。

 石崎はその女子が席に着くのを目で確認すると、出席簿を開いて、顎でボールペンをノックした。それから、一番窓側の列から順番に、ボールペンのさきで空席を確認していく。

 啓太の体に、つよい緊張が走った。わずかに心拍数が上がっていくのがわかる。

 石崎は口のなかで生徒の名前をぶつぶつ言いながら、テンポよく確認を進めていく。

 そしてあっという間に、窓側から三番目の列にたどり着いた。その列の後ろから二番目は、空席。牧野の席だ。


 ――お願いだから、ただの風邪であってくれ。


 啓太は目をとじ、胸のなかで強く祈った。


「あれ?」


 差し迫った啓太の心境とは裏腹に、素っ頓狂なうわずった声を、石崎はあげた。

 啓太はその声に目をまるくして、石崎の表情をまじまじと見つめた。


「あそこの空席、牧野か?」


 石崎が、最前列に座っている学級委員に首をまわしてたずねた。学級委員は、振り返って石崎が指さしている空席を確認すると、はい、と小さく頷く。


「え、連絡来てないけどな・・・・・・。あいつ皆勤賞なのに」


 石崎はボールペンで頭を掻きながら、独り言のように言った。それから、出席簿に何かを書き込むと、教室全体に視線をなげた。


「誰か、聞いてるか。牧野のこと」


 啓太も周りをこっそり見回したが、反応はない。


 すぐに石崎は諦め、「まああとで家に連絡するわ」とこぼして、次列の確認をはじめた。


 石崎の反応に、啓太は胸をなで下ろした。

 しかし、これは危機が遠のいただけで、牧野のことが解決したわけではない。「ただの風邪」と言われても、実は仮病で、実態は登校拒否だという可能性さえある。

 そう考えると、啓太は一度なで下ろした胸をふたたび緊張させた。それと同時に、この拭いきれない不安の原因である昨日の出来事を、そこにいた自分の言動を、激しく憎んだ。

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