第2話 好奇心は旺盛

「ねぇ、あんたお腹は空くの?」


 あれから一度寝て、起きたら部屋の端に佇むアランに驚いた。確かに部屋に入った時に寝てるから適当に過ごしてればとは言ったが…それが部屋の端にただ立ってることなわけ?

 痛む気がする頭を押さえながら夕ご飯の時間のため冒頭の質問を投げかけた。アランはどこを見ているかも分からない目で、いえ…と小さく答えた。


「声小さいんだけど、聞かせる気ある?」

「…すみません」

「だから聞こえないって言ってるんだけど」


 聞こえていないわけではない。しかし聞き取るのにはギリギリな声量だ。起きてすぐにイラつかせるとかよく連れてこられたわね。魔法で近くの羽ペンを奴の顔スレスレに飛ばす。アランはその間、目を一瞬瞑っただけだった。


「あんたさぁ…前の主人が恋しいのか知らないけど、今はアタシに従ってんのよ。その態度はどうなの」

「すみません」

「言葉だけの謝罪なんていらないって言ってんの。謝るくらいなら腹から声出せ!」

「っ!」


 アランの目の前に飛び、そいつの腹をスパーンと叩く。一瞬で目の前にきたアタシに驚く暇もなく叩かれたアランは、何が起こったのか分からないという表情をしている。…こいつ、痛覚ってあるのかな。血は出るのかな。そもそも体の構造ってどうなってんのかしら。…開いて見るのも楽しいかも。

 楽しくなってきて、フフッと笑うとアランは先ほどより大きい声ですみませんと言った。


「別にもういいわ…ねぇ、それより…あんたの前の主人はアタシにどれだけの権利をくれたのかしら?殺さなければ何してもいいのかな?…あぁ、それとも死ぬって概念すらないのかしら?」

「ど、どういう…」

「フフッ…でも体を開いたらある程度のことは分かるわよね」

「ひっ…!」


 へぇ、恐怖という感情は持つのね。

 傀儡くぐつに感情を持たすことは力が必要だ。最初は何の意思もなく言われたことに従うだけの人形だったはず。そこから“命”を吹き込むんだからそれなりの魔力や知恵が必要になる。

 羽ペンに字を書かせる時に何の感情もなくアタシの思い通りの文字を書くか、それとも感情を持つ羽ペンが思う通りに文字を書き出すか…。他の魔族や人族のように意思を持つと自分に反抗する可能性が出るし、感情を持たせるには“命”を吹き込み、そこからどのように成長させるか根気がいる作業なため基本的に傀儡を作ったとして感情を持たせることはあまりないのだけど…。魔人族はクセの強いものが多いからなぁ。


「そ、それは…我が主ミーシャ様に聞いて頂ければ…!」

「でもそのミーシャ様とやらがいつくるかなんて分からないじゃない。アタシ、気が長い方ではないの」


 元よりアランは端に立っていた。そしてその前にアタシが立った。つまりアタシがわざわざそうする必要もなく追いやられてる状況は作り上げられている。

 あぁ、何からしてやろうかな。それに自室じゃなくて地下かどっかでやるべきだよね。解剖するための機器はあるはずだし。でも感情があるなら騒ぎそうだけど…麻酔とか効くのかな…まぁ最悪消音魔法かければいいか…。

 この後のことを考えながら魔法でアランの手足を縛る。抵抗できずにアランは怯えた瞳をこちらに向ける。こんな弱い奴がアタシの騎士?馬鹿にしてるのかしら。


「じゃあ行きましょうか」

「っ、」


 ぎゅるるるる…。


 地下に転移しようとアランに手を伸ばしたところで、お腹が鳴った。もちろんアタシのだ。あぁ、そういえば夕飯時だった…高揚して忘れてた。

 一気に冷めきったアタシはアランの拘束を解く。お腹が空いたためさっさと食べに向かおうと考え、食堂に転移した。食堂はすでに厨房からのいいにおいで充満しており、食欲を膨らませる。もうお腹が空いているのに拷問のようだ。またお腹を鳴らしていると、メイドの1人が近づく。


「こんばんは、ラファお嬢様」

「こんばんは。まだ誰も来てないの?お腹空いたんだけど」

「もう少しお待ちください」


 定位置に座り、言われた通りに他を待つ。母様と父様はいつも通りの時間に来るとしてあと3分…姉様はどうかしら。カイルがどんな奴か知らないけどアランのように生意気だとしたら躾けなくてはならない。姉様は優しいから放っておくだろうけど、高貴なる姉様にぞんざいな態度をとるなんて許せない。“命”を吹き込まれているのならなおさら。感情があるということはある程度自身の意思で動いている場合が多い。前の主人を尊敬し愛しているのならここに連れられ他の魔族に従えと言われることに少なからず反抗心が芽生えるのは不思議なことではない。どんな態度をとるかはまだ分からない。素直に前の主人の命令に従えばいいものを。どうせすぐに帰されるのだから。

 イライラしてきたところでマーヤがいつもの無表情で近づいて来た。


「お嬢様、アランはどうしたのです」

「置いてきたわ。あいつ弱すぎ」

「…監視役でもあるアランを置いていくのは不利になりますよ」

「別に構わないわよ。それに、着いてこれない方が悪いんじゃない」

「怒られても知りませんよ」

「アタシも知らないわ」


 マーヤがジト目でため息をついたところで食堂の扉が開き、ルシラ姉様がにこやかに入ってきた。そしていつも通りにあらあら♡と少し間延びした緩やかな声で言う。


「早いのね、ラファちゃん」

「えぇ、お腹が空いてしまって」

「あらあらあら…姉様クッキー持ってるの!はい、あーん♡」

「あーん」

「うふふ!ラファちゃん可愛い♡」


 お腹が空いたと言うとルシラ姉様が小さな袋を取り出した。そして中からクッキーを取り出すとアタシの口の前に持ってきたので素直に口を開ける。サクサクと軽い食感のクッキーは多分姉様が焼いたものだ。美味しい…。もう一枚ねだると、姉様は嬉しそうに笑ってまたアタシの口にクッキーを運んでくれた。


「すみません、ラファ様…その、アランは…」

「部屋に置いてきたけど問題が?」

「あっ…いえ…」


 アタシと姉様の幸せな時間に割って入ったのはカイルだった。下手に出て少しびくついている。さっきの初対面の時はもっと堂々としていた印象だったのだけれど…強がっていたのだろうか。あーあ、あいつのことこんなに聞かれるんだったら一緒に連れてくるべきだったわ…うざったいな。どこまでアタシをイラつかせれば済むのだろう。

 はぁ…とため息を吐いた時、食堂の扉が開き、父様と母様が腕を組みながら入ってきた。いつも通りの光景だが、ひとつ違うものがある。


「ラファ、ダメじゃない。騎士を置いてきぼりにして…1人で慣れないこの王宮で迷っていたのよ?」

「すみません。もう王宮のことは知り尽くしているかと思っていたしこんなにのろいと思っていなかったもので」

「ラファ!またそのようなことを言って!」

「はいはい、ごめんなさい」

「もう!この子は!」


 叱りつける母様に心ない謝罪をしてからお腹が空いていることを示すと、父様が母様を宥めて席に座らせる。説教は食事の後にまわされることとなった。食事の準備がされる中傀儡の2人は少し離れたところで立ち、こちらを見つめている。2人が口を開くことはないがたまにアイコンタクトをしているところを見るとお互いに何があったかな報告はしているようだ。簡単なテレパシーなら少しの魔力があればできる。

 出てきた料理に舌鼓を打ちながらそれらを確認してから家族の団らんに集中することにした。


「お母様は知っていたの?私たち姉妹が対決させられること…」

「何か考え込んでいるとは思っていたけど…そうすることにしたのは私も今朝知ったのよ。だから私はこの人を止められませんよ」

「こんなに仲の良い姉妹に何させるんだか…」


 女たちからジトッとした目で見られた父様は気まずそうに目を逸らしながらなんともまぁわざとらしい咳払いをした。そして全く関係のない政治の話を振ってくる。最近は休戦中だった国が不穏な動きをしてるとか、今王都ではこんなものが流行っているだとか。装飾品に関して母様と姉様が興味を持たれたので父様は逃げ切れたとばかりに安堵の息を吐いた。いつもの賑やかな食卓になったことは嬉しいけれど、気になることはある。


「父様、ミーシャとやらはいつ到着するのかしら」

「…あぁ、あの2人の親だな。魔人会議が明後日にあるため、それが終わり次第向かってくるそうだ」

「魔人会議ってあれよねぇ?会議って名前だけでお茶会みたいなもののやつ」

「まぁ近年はその方が多いが…お互いの研究について語り合う場であったり相談する場であったりという風になっているから魔人族としては重要な場なのだ。無下にはできんからな」

「ふぅん」

「私もいつか参加してみたいわぁ」


 楽しそうよねと笑う姉様にそうねとにっこり笑って返す。こうして他の種族のことも理解しようとする姿勢もあるし、魔王に向いてると思うのに……。どうして父様はアタシにも権利を与えたのか。こんなにも上に立つのが似合わないのに。


「だからせめてそれまでにはあの2人を壊すことはないようにしなさい」


 …しかも釘刺された。

 アタシがあいつを解剖しようと考えるだろうということを理解してるのに本当にどうしてアタシにもチャンスをよこしたのよ、父様。

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