AS2 剛剣と師匠 ダンゼンの剣舞
昼下がりの剛剣道場。
「おい、ダンゼン」
「なんっすか?」
ギオンヌに呼ばれてダンゼンが稽古の手を止める。
「おい、これに行くぞっ」
ギオンヌは手紙をダンゼンに渡す。
手紙は上質な紙でできており、手に取ったダンゼンは肌触りを確かめる。
「・・・」
ギオンヌはニヤニヤしながら、ダンゼンが読み終わるのを待つ。
しかし、いくら待ってもダンゼンは目線を上げず、なかなか終わらない。
「読めたか?」
「読めない」
しびれを切らしたギオンヌが尋ねると、ダンゼンが一言、恥ずかしがることもなく答える。
「あらら・・・っ。どこが、読めないんだ?にじんでいるとこも、難しい表現もほとんどなかったはずだぞ?」
「全部」
「はあああっ!!?」
ギオンヌが大声を出すので、他の門下生も二人を見る・・・が、いつものことなので、しばらくすると各々稽古を続ける。
「だからよぉ、おいらはいつも言ってんだろうが、勉強はしっかりやれって。せめて、文字が読めねえと、ただの兵隊として最前線で何度も戦わされて、簡単に死ぬぞお前」
「死なない。俺は強い」
全く曇りのない瞳。
ダンゼンのまっすぐな瞳を濁った眼を見て、ギオンヌの目には亡き兄とダンゼンを重なって映り、嫌な顔をする。
「まぁ・・・いい。お前も少しは社会の礼儀を学んで来い。貴族のぼっちゃんの剣のレッスンに手伝えだとさ。名前は・・・ボトム・デ・タングスだとよ。お前と同い年ぐらいだ。頼めるな?」
「そいつは強いのか?」
「んにゃ、弱い。そして、どうせ剣技についてもちょっとしたスリルを味わいたいくらいにしか考えてない。覚える気なんてどうせねえ。だから、接待をしながら教えるんだ。貴族様は面倒くさい奴らが多いからな、適当に気持ちいいように剣を振るわせながら、楽しませるのがお前の役割だ」
「嫌だ」
「行け。ちゃーんと働いて、俺の手となってちゃーんと俺を楽させろ。お前の物は全部俺のもんだ」
「・・・」
「なんだ、その目は」
睨むダンゼン。
殺意はギオンヌに届いているのはもちろん、道場中を埋めた。
「ギオンヌ、金を稼ぐのは楽しいか?」
「叔父を呼び捨てにすんじゃねーよ、ダンゼン。学が知れるぞ?まぁ、金があれば酒も買えるし、女も、人気も買える。そこら辺のねーちゃんも貴族様もみんな幸せ、そしておいらもちょー幸せ」
「あんたの夢は何なんだ?剛剣の師範なのにそんなんばっかりなら・・・」
「そりゃ、もちろん最強の剣士だ」
ダンゼンは少しびっくりする。
「そして、おいらはすでに最強。このまま最強のまま気楽な人生を送りながら死ねたらいいねぇ」
「ふんっ、結局くだらない人生じゃないか」
「おっ、それは意見の相違だな、ダンゼン。おいらはお前の親父みたいに戦で犬死する方が嫌だねぇ」
シュッ
「・・・剣を降ろせや、ダンゼン。負け犬の息子は狂犬かぁ?」
「父上を侮辱するな・・・ギオンヌ」
「女はいいぞ・・・ギオンヌ。辛いことを忘れさせて癒してくれる」
「話を逸らすな」
「ふん、まぁいいさ剣は逸らせてもらうがな」
そういって、ギオンヌは首元の剣を払う。
「お前は死ぬんじゃねぞ、ダンゼン」
「死ぬわけないだろ、こんなに強いんだから。不意打ちを喰らったって返り討ちだ」
「兄いの幻影を追うな、ダンゼン。兄い自身、剣に魅了されて恐れていた。兄いは言っていた。剣を使っているつもりが、剣に使われている感覚になってきていると。妖刀かと思っておいらは剣を見たが、そうでもねぇ。兄い自身が剣に使われることを求めちまったんだ。お前はそうなるんじゃねぇぞ、ダンゼン」
「ふっ、何を言うと思えばくだらない。父上が剣を恐れることがあるか。父上は勇ましく戦って、大きな戦果を残して死んだんだ。嫉妬してんじゃねーよ」
「兄いはその剣で何を手に入れた?そして、何を失ったか考えてみろ。それがわかるようになったら、おいらは隠居してお前に師範の座を譲る。それが兄いとの約束だ」
「なに!?」
父親がどうして、自分でなくて異例の弟に師範を譲ったのかわからなかったが、そこに何か理由があったような言い方をするギオンヌに、ダンゼンは食い気味に反応する。
「あと、これは兄いとの約束ではないけど、俺をちゃんと養って・・・」
ギオンヌはダンゼンを見たが、ダンゼンはぶつぶつ呟きながら、ギオンヌの質問の答えを探していた。
「ふっ」
ギオンヌはそれを見て笑った。
その実直で真面目なところが自分の大好きな兄に重なったからだ。
◇◇
ボトム家の中庭。
「いやはや、この度はお招きいただき、誠に・・・えぇ、ありがとうございます」
ギオンヌはペコペコしながらボトム公爵に挨拶をする。
そんな、ギオンヌを憐れんだ目でダンゼン。
(いつも、俺たちには偉そうなのに、貴族にはへこへこして、だっさ)
「ふぉっふぉっふぉ、いやいやギオンヌ殿、今日は息子ともども楽しみにしておりましたゆえ。今日はしっかりと頼みますぞ」
「しかして・・・これはどういうことでしょうか、ボトム公爵?稽古と聞いていたのですが・・・」
ボトム家の中庭には他の家の貴族や王族たちが集まってまるで見学席かのように設けられたテーブルとイスで優雅にお茶を飲んでいる。
「いやぁ、うちのタングスが我流で剣技を覚えたからぜひ、同い年くらいの誰かと戦ってみたいと何度もしつこく言うものですからな。じゃあ誰がいいんだと尋ねると、最強の天才ダンゼン殿と剣を交えたいと言い出して聞かない。ただ、親馬鹿かもしれませんが、なかなかどうしてタングスにも剣の才能があるようで、であれば、我家のパーティーの余興に剣を交えてさせようと思った次第です。ふぉっふぉっふぉ」
「いや、それでは話が・・・」
「なーに、安心してくれたまえ、ちゃーんと、ダンゼン殿が活躍できる剣舞の場も設けておる・・・が、剣闘の際にはわかってくれますなっ?ギオンヌ殿」
ギオンヌは嫌な汗が流れた。
「・・・と言いますと?」
「いやだなぁ、ギオンヌ殿、ご冗談を言って。わかっているのにわざわざ私にいわせようとするなんて、質が悪い人だ」
「いえいえ、おいらは本当にわからないんでさ~」
ポンッとボトム公爵はギオンヌの肩に手を置き、耳元で囁く。
「うちのタングスは大事な一人息子なんだ。怪我なんてさせないでくれたまえよ?そして・・・まぁ、いい試合をしてもらいたいと思うのは親馬鹿かな。そして、最後には綺麗な一撃でダンゼン殿をうちのタングスが倒すと、私も観客も・・・そして、君たちも嬉しいことになるだろうね。そうそう、ちゃーんと、王に剛剣を取り入れるようにさっ、ねっ」
ポンッポン
「じゃあ、期待しているよ、ギオンヌ殿」
ボトム公爵は肩を叩いて、別の貴族のところへ向かう。
嫌な予感が当たって放心状態だったギオンヌは気持ちと情報の整理に時間がかかり、ボトム公爵がいなくなってから時間を少しかかって、はっとして動き出す。
「えっ、あっちょっと、待ってくださいボトム公」
しかし、声をかけた時には時すでに遅しで、別の貴族との話が盛り上がっていた。
さすがに、平民であるギオンヌがその社交の場のマナーを乱すわけがいかず、話終わるのを待っていたが、次から次へと主催のボトム公爵のところに足を運んで話が弾んでおり、話す機会が全然なかった。
◇◇
「馬鹿か。断る」
「すまん、この通りだ」
深々とギオンヌがダンゼンに頭を下げる。
「わざと負けるなんて剣の流儀に反する」
ダンゼンはわざと負けるようにギオンヌに言われて、がっかりした。
ギオンヌはかなり適当な人間だったが、剣に関してだけは師範として、真摯に向き合っていると思ったからだ。
ダンゼンはギオンヌを師匠とは一切見れなくなり、ただの哀れな卑しい人間にしか見えなかった。
対して、ギオンヌも剣の流儀に重きを置いていたが、大人として社会の流儀も守らなければならなかった。ボトム公爵が嘘の手紙を出してきたとはいえ、あの内容で剛剣の道場を開いているものとして依頼を拒むことはできなかったし、ここに来て、ボトム公爵が皆に剣闘をする予定だと話してある中、いくら剣の天才であるダンゼンとはいえ、貴族に華を持たせないわけにはいかない。
ギオンヌは決して、選択肢を誤っていたわけではないが、貴族の言葉を借りれば、平民に生まれた選択肢が間違っていただけである。
「社会で生きていくには、剣先を尖らせて生きていくだけではダメなんだ」
「父上はいつも尖らせて生きていた。俺もそうする。それが、剣士としての誉れだ。とりあえず、剣舞を踊ってくるじゃあなっ」
「ダンゼン・・・っ」
ギオンヌは両手の拳をぎゅっと握り、拳からは血が流れていた。
◇◇
「せいやああああああああっ」
中庭に響き渡る青年の力強く一遍の濁りもない澄んだ声が響き渡る。
見ている者たちがみな、固唾を飲んで見守っていた貴族たちだったが、最後のダンゼンの一声で、張りつめた糸が切れた。
「ブラボオオオオオオッ」
喝采が起こる。
「すごいや・・・」
第三王子ルークも目を輝かせて一生懸命拍手をする。
「いやいや素晴らしい。ダンゼン殿。皆さんもう一度ダンゼン殿に大きな拍手をっ」
ボトム公爵がしゃしゃり出て拍手を求める。
まるで、ボトム公爵が拍手を浴びるように。
ダンゼンにとって剣舞は完璧にできて当然。
人の拍手なんて別に求めていなかったダンゼンは、その喝采も達成感に添えるわずかな手向けぐらいにしか思っていなかったが、それでも今日は心が温かくなっていた。
しかし、そんなダンゼンもボトム公爵が作りだした偽りの拍手には興ざめでしかなかった。
その場からはけて、庭の隅の方に行くと、幼きルーク王子がよちよち寄ってきた。
「ダンゼンさん、すごいですねっ!」
「おっ・・・」
ルーク王子の目はキラキラ輝いてダンゼンは一瞬たじろぐが、嬉しそうに微笑む。
「ありがとよ、坊主」
ダンゼンが頭を撫でてやると、ルークはびっくりした顔をする。
「おっ、悪いな。嫌だったか?」
「ううん、うれしかったのっ、もっとしてっ」
「駄目だ、男の子はそんなに甘えるもんじゃないぜ?」
「そっか・・・」
寂しそうに俯くルークを見て、ダンゼンは微笑む。
「その代わり、今度剣を教えてやるよ。甘えてきた女を守れるようになるのが男ってもんだ・・・ってまぁ、本当か嘘かは知らないが、うちの師匠はよくそう言っている」
「ほんとうに?やった。おしえて、おしえて。ダンゼンさんみたいにぼくもいつかまもれるおとこになるっ」
「はははっ、まぁ今は俺も守りたい女はいないけど・・・、父上も母上を見つけたように俺も素敵な女ってやつを手に入れるつもりだがな」
「へぇ~、へぇ~」
ルークはその言葉の意味をよく分かっていない様子だったのが、ダンゼンには面白く、心が温かくなるのを感じた。
「お前さんの名前は?」
「ルークっ」
「よろしくな、ルーク」
ダンゼンが右手を差し出すと、小さなぷにぷにの手をしたルークはその手をゆっくり握った。
「ルーク様、お時間ですよ」
侍女らしき女性がルークを呼びに来る。
「おっ、帰っちまうのか」
「うん、ごめんね・・・ダンゼンさん、このあとようじがあるんだって」
「いや、いいんだ。またなっ」
「うん、またなっ」
ルークはダンゼンの真似をして、侍女は困った顔しつつも微笑んでいた。ダンゼンも小さな子に言葉遣いを真似されて悪い気はしていなかった。
「ダンゼンっ、ダメじゃないか。さっきのはルーク王子だぞ!?頭なんか撫でてっ!!反逆罪で死刑になってもおかしくないぞ!!」
ギオンヌがダンゼンの頭にチョップして注意する。
「ほーん、あいつ王子だったのか」
ダンゼンはギオンヌのチョップを無視してルークが王子だった事実を噛みしめる。
「おいおい、弟子よ。今日は俺が今後楽になるために来たのに、はぁ・・・」
「ふっ、機嫌がいいから乗ってやろう」
「本当か!?」
「あぁ、剣士に二言はない」
「でも、いいのか?無敗の記録が・・・」
そう、ダンゼンは父からの英才教育により、一度も負けたことがない。
そして、ダンゼンは無敗のまま父に勝つことを夢見ていたが、それも父が亡くなり叶わなくなっていた。
「木刀なんて父上に何度も負けている。真剣勝負でないならこれはただの練習・・・いや、戯れでしかない。なら、たまには師匠であるあんたに華を持たせるのもわるくない」
「あああっ、わかった、わかった。じゃあ、頼んだ」
「うむ」
どうぜ、木刀での戯れ。
ダンゼンは真剣を置いて、準備を始めた。
しかし、この後未熟だったダンゼンは大きな過ちを犯してしまうことを、ダンゼン自身もギオンヌもこの時はまだ知らず、未来は明るい顔をしていた。
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