AS1 剛剣と師匠 ダンゼンの憂鬱

 王宮内。


「ダンゼン様、どこに行かれるのですか?」


 新人兵と中年兵の二人組の兵士のうち、中年兵がダンゼンに声をかけると、ダンゼンは笑顔で振り返る。


「師匠のところへ行ってくる」


「わかりました、行ってらっしゃいませっ」


 中年兵が深々と頭を下げるのに合わせて、新人兵も時間差で頭を下げる。

 ダンゼンは手を上げて、その声に返事をして、そのまま馬に乗り出かけてしまう。

 二人はダンゼンが見送るまで頭を下げて見送った。


「先輩っ」


「なんだ?」


 しばらくして、新人が高い声で元気に中年兵に声をかける。


「ダンゼン様に師匠がいらっしゃるんですねっ!?」


「あぁ、もちろんだ。この国の剛剣と柔剣と言えば長い歴史があるのだから当然だろう?」


「あっ、はいっ。でも、ダンゼン様に剣を教えるってことはその方も物凄いんだろうなぁ~。僕も教わりたいっす」


 中年兵はため息をつく。


「お前は本当に無知だな・・・っ。それともジェネレーションギャップってやつなのか?」


「どういうことっすか?」


 中年兵は頭を掻きながら、ダンゼンが向かった方向を見つめる。


「ダンゼン様の師匠。ギオンヌ様は・・・その・・・なんだ。過去最弱の剛剣使いで、教え方もくそもない。「よし」と「だめ」しか言わない」


「へっ?」


「ダンゼン様もよくあんな人の元であんなに強くなれたのか・・・。もし、ダンゼン様の師匠がもっと優秀な方なら・・・柔剣なんかには負けなかっただろうに」


 中年兵は振り返る。

 ダンゼンはルーク王子に負けたと帰ってきてから、以前のような気迫が無かった。


 無敗の天才と言われたダンゼンについた初めての黒星。

 ダンゼン自身自分に覇気がないのも自覚していた。

 だからこそ、『師匠』を訪ねるため、王都と離れた町へと向かった。


 ◇◇


 酒場。


 カランカランッ


 男が扉を開けると扉についていたベルが鳴る。

 店内にいた人々がその身なりの整った大男、ダンゼンに視線を集める。

 一つのテーブルを除いて―――


「はいっ、ギオンちゃん。あーーーんっ」


「あーーーんっ」


 そのテーブルだけは全くダンゼンに興味を持たない。

 桃色の空間。


 真ん中の一人の男を美女たちを囲い、紫色のグラマラスな綺麗な女性にフルーツを口まで運んで貰っている。

 男はちやほやされているにも関わらず、周りのセクシーかつ煌びやかな女性とは対照的にみすぼらしい格好をしていた。


「うーん、ミンミンちゃん。おいひーよっ。しししっ。はい、ご褒美」


 下品に笑う男の歯は少し空いており、手袋タイプの人形のような凹凸のない丸々した二つの手がお金をはさんで、ミンミンという女性の胸元に伸びていく。


「おっとっとっ」


「いやんっ」

 その手がその大きなミンミンの胸を触る。


「いやぁ~、悪いね。いかんせん、これが、これのもんで。ししししっ」


 その男は肘から先がなかった。

 丸まったその肘の部分をくるくる回す。


「ぜったい、うそっ。ギオンちゃんの器用さは知っているんだから・・・っ」


「おうそうだい。まだ、おいらのテクニックそろそろお披露目しようかい?」


「もー、まだ日が高いからだーめ」


 笑い声がそのテーブルに響く。

 真ん中の囲われた男が一番いい笑顔で笑う。

 

 女たちも入り口に目を向けないのはその男が太客であり、たんまり持った金をもったその男の機嫌を損ねうるような行為、例えば店に客が入ったからといってそちらを見ると言う行為は絶対にしないように心がけていた。


 イケメンであるダンゼンに2人の女が寄り添おうとするが、ダンゼンは無視してその太客のところへ歩いて行く。


 寄り添う二人の女も太客の機嫌を損ねたり、はたまたその太客を殺しに来たヒットカマンかもしれないので、ダンゼンを止めようと声をかけ続ける。


 しかし、ダンゼンが効く耳を持たないし、そっと袖をつかんで止めようとしても、ダンゼンを止めることはできない。


 露骨に止めれば角が立ち、店の雰囲気も悪くなり、その身なりから大層お金を持っていそうなダンゼンを無下にもできなかった。


 二人のうちの一人の女が裏方の男たちに目線で助けを呼ぶが、男たちも目を逸らす。


 男たちも荒事を片付けるためそれなりに体格がいい男たちだが、数人がかりでもダンゼンには勝てないと察したのだろう。


 そんな姿を見て、女は「役立たずが」と侮蔑した目で男たちを見た。


「久しぶりだな、師匠」


 結局誰もダンゼンを止めることができず、その太客のところまで行かせてしまう。

 賑やかだったテーブルの声が鎮まる。


「なになに、ギオンちゃんの知り合い・・・?」


 ミンミンはダンゼンに好意を持ったのか、ギオンヌの腕を揺らしながら色っぽい目でギオンヌに尋ねる。

 

 ギオンヌはミンミンがそんな風にはしゃぐのちらっと見て、睨みながらダンゼンと目を合わせる。


「・・・何しに来た、ダンゼン。酒場には来るなと言ってあっただろうが」


「決闘で負けた」


「なにっ!!?」


 ギオンヌは立ち上がって驚く・・・が、すぐに冷静になる。


「ミンミン、今日はこれで終いだ。おいらはけーるっ」


「えぇ、もう行っちゃうのん。いいじゃない、今日はサービスするし、そこの人も・・・紹介してよん」


 ミンミンは胸をギオンヌの腕にすり付けて媚びる。


「かぁ~っ、ミンミンてめ~おいらから乗り換える気だなっ!?」


「そんなこと・・・」


 ミンミンはダンゼンの足元からすーっと上へ見ていく。

 ダンゼンの整った身なりを確認して、目がダンゼンと合うと、ぽっとほほを赤らめて、目を逸らす。


「・・・ね」


「ダンゼン!!」


 その態度を見てギオンヌはダンゼンを呼ぶ。


「なんですか、師匠」


「ここは、お前が払えっ。話しは聞いてやる。外へ出ろ」


「いやいや、俺は飲んでもいないし、払う訳がないだろう」


「てやんでい、師弟で弟子は勉強代を師匠に払うってもんだ。頼んだぞ」


 ギオンヌはそのまま店を出ていくので、ダンゼンは呆れる。


 ムニュッ


「おっと」

 二つの柔らかい半球体がダンゼンの腕にそっと触れる。


「私、ミンミン。今度来た時はサービスするねっ」


 ダンゼンは諦めたような顔をして笑った。


 ◇◇


「んで、どこのどいつに負けて、のこのこおいらのところに戻ってきたんだ」


 町はずれの荒野に場所を変えた二人。

 ギオンヌは小石を蹴ってダンゼンの靴にぶつける。


「まさか・・・柔剣の娘じゃないだろうな・・・」


 ダンゼンはソフィアを思い出して、嫌な顔をする。

 そんな何も言えずに黙ったダンゼンを面白そうに見るギオンヌ。


「おっ、図星か。シシシッ。お前も女だからって現をぬかしやがったのか?」


「うつつは・・・抜かしていた。けれど、負けたのは彼女じゃない」


「んだと?柔剣はあの事件で弟子は一人もいなくなったんじゃなかったけぇ?」


「一人、ソルドレイド王国、第三王子ルーク様がいた」


 ぴくっとギオンヌが反応する。

 

「がっかりだ・・・てめぇには・・・稽古をサボってたんか?」


「いいや、鍛錬は毎日」


「疲れは?」


「万全だった」


 ダンゼンは目を閉じ、ルークとの決闘を思い返す。それを見て、ギオンヌは黙ったままダンゼンの顔を見ていた。


「どうすればいいのか、どうしたいのかわからない」


「ガキかてめーは。お前は俺に送金するために稼げばいい。そういう約束だろうが」


 二人は睨むように見つめ合った。


 ◇◇

 10余年。

 ルークが王家で派閥争いに巻き込まれる少し前の話。


 剛剣道場内。


 ダンゼンは15歳。国の双剣と謳われた偉大なる剛剣の使い手の父親を亡くした。

 すでに、武の才があったダンゼンではあったが、叔父であるギオンヌが剛剣の後継者に選ばれた。


「ていやああああっ」


「ぐへっ」


 ダンゼンの有り余る一撃でギオンヌが持っていた剣を吹き飛ばしてしまう。

 この時はしっかりと両手があったギオンヌは5個も歳の離れたダンゼンに剣を弾かれたことにびっくりし、疑うように痺れた手のひらを見つめている。


「うおおおおおっ、さすがダンゼンだ」


 周りで見ていた門下生は興奮して叫び出す。


「チェックメイトだ。叔父上」


「かっ、かっこつけてんじゃねぇ、バーカ」


 師範であるギオンヌは周りの目を気にしながら、甥にあたるダンゼンを注意する。

 首元にあった木刀を掴み、払い除ける。


「俺に指図してーんなら、強くなって来いよ」


 この頃のダンゼンはかなり好戦的だった。

 成人に成り立てとはいえ、まだまだダンゼンを子ども扱いして、偉そうに接してくる大人はたくさんいたが、自分よりも弱い相手に敬意を払う意味がわからなかった。


 そして、亡き父の後、自分が最強と信じて疑わなかったダンゼンは誰に対しても不遜だった。


 身体も恵まれたダンゼンは、15歳で線が細かったものの、身長も普通の大人程度の高さあり、力も負けていないダンゼンにとやかく言う大人もそのサイズに比例して減ってきていた。


「おい、ダンゼン。午後は水くみだ」


「ゴドル手伝っ・・・」


「一人で、だ」


 ギオンヌの命令にダンゼンは門下生の一人と一緒にやろうとするが、ギオンヌはそれを遮る。

 ダンゼンはそんなギオンヌを睨みつける。

 お前は何様なんだ、と。


「師匠の命令だ・・・嫌なら」


「・・・わかった」


 ダンゼンは憤怒を心に秘めたつもりだったが、その怒りは背中を見ればわかるくらいオーラを放っていた。ダンゼンは一人外のバケツを二つ拾い、川の方へと走っていった。

 

 ダンゼンならば、一人で生きていけることもできるし、なんならギオンヌを殺すことだって、師範の座を奪うことだってできた。


 しかし、それをしないのは、亡き父とのつながりである思い出の道場に残りたいからであり、それを利用してギオンヌは脅してくる。


 決して、口には出さないダンゼンだったが、父の遺言書が見つかり、そこに次の師範はギオンヌにすると書かれていた時は、悲しみのあまり身体が蒸発してしまうのではないかと思ったくらいだ。

 

 そんな二人のやり取りを見て、門下生たちが喋り出す。


「あれっ、絶対八つ当たりだよな」


「なっ、なんであんな奴が剛剣の師範なんだよ・・・」


 ギロッ


「ひっ」


 ギオンヌが睨んできたので、門下生たちは喋るのをすぐに止めた。

 しかし、その様子を見て、ギオンヌは何か考え事をし、そして、何かを思いついた。


「よしっ、全員集合だ。今日はこの最強の剣、ギオンヌ様の最強たるゆえんを教えてやらあ」


 門下生はお互いに目を合わせてどうしようか探り合う。


「おい、早くしないと教えないぞ~、いいのかぁ~?」


 門下生たちはギオンヌの前に整列する。

 中にはギオンヌの言動に呆れた顔をする門下生までおり、師弟というにはお粗末な信頼関係を表すように列が乱れていた。


「よし、全員よく聞けえ~、まず、この世で誰が一番強いと思う?」


「ダンゼンっ」


 元気な男の子の声がする。


「不正解だ」


「えーーーっ」


 外れたことを知って元気な男の子はがっかりする。


「じゃあ、元師匠っ」


「ダンゼンのお父さんっ」


「国王様っ」


「王子様っ」


 同一人物に対して、言い方を変えてをする門下生。

 特に子供たちが正解を奪い合おうとする。


「ダンゼンの親父は死んでるだろうが・・・。正解はこのおいらだ」


「ええええええっ」


 疑いの叫びが道場中を埋め尽くす。


「うっせーなっ。・・・ったく、これだからガキどもは。よく聞け、おいらは生きている。そして、ダンゼンたちよりも誰よりも戦も決闘も数えきれないくらいした。でも、生きている。「戦いで生き残る」これが最強の証だ。戦いで死んでった奴らは所詮最強ではないし、戦わない奴らも最強は名乗れない。つまり、このおいらが最強ってことさ」


 門下生たちは納得しないまでも、否定はしなかった。

 それは、ギオンヌが面倒くさい性格で、粘着質なのを知っているからだ。


「ダンゼンを真似しようとするな、おいらを真似しろ・・・わかったな?おいらが師匠だ」

 ギオンヌは門下生たちを見渡す。

 しかし、門下生は微妙な顔し続けてる。


「返事はっ!!?」


「はい・・・っ」


 ギオンヌの大きな声に耳がキーンとなる中、門下生たちは小声で答える。


「もう一度言う。勇者は生きているから勇者だ。戦いで死んだならそいつは勇者ではなく、馬鹿な蛮人でしかない」


「はいっ」


「ダンゼンを真似すんじゃねえぞ、わかったか?」


「・・・・・・はいっ」


「大きな声でっ!!」


「はいっ!!!」


「よし、解散!!!」


 ギオンヌの大声に門下生たちは解散してそれぞれの鍛錬を始める。


「なぁ・・・あれっ、絶対嫉妬だよなっ」


「うん・・・僕もそう思う」


 ギオンヌの遠くの方に陣取った4人組の門下生たちが小声でしゃべる。


「絶対、ダンゼンが師範になった方が良かったよな」


「あぁ、絶対そうだ」


「そうかな?」


 一人の門下生が疑問を抱いて、思わず声に出す。


「はっ?馬鹿かてめーは。ダンゼンは剣捌きも抜群、まぁ、傲慢なところはあるが、教え方だってわかりやすいじゃねえか」


「そうだ、そうだ。ギオンヌなんて剣の持ち方すらちゃんと教えてくれなかったぞ」


「うちの父ちゃんも言ってた。逃げ腰のギオンヌだって。体制が不利になるともうそこにはギオンヌはいないんだってさ」


「へー」


「おいっ!!そこっ!!!ちゃんとやれっ!!!!」


「はいっ!!!!」


 剛剣を学ぶべき場所で4人の門下生はバラバラに剣を振るう。

 まるで剣技をまったく学んでいないかの如く。

 

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