AS3 剛剣と師匠 ダンゼンの過ち

「おりゃっ」


 雑な一撃をボトム家のタングスがダンゼンに向けて放つ。

 

(ぬるいっ)


 タングスの攻撃は予備動作も大きく、その力んで振りかぶっている姿をダンゼンが見れば、余裕で躱せるのだが、ダンゼンはあえて、その一撃を木刀で受ける。


 カンッ


 軽い一撃にダンゼンの木刀は全くびくともしない。

 タングスのたるんだ体型から放たれる一撃は体重を乗せたとしても軽く、最初から力んだ一振りは、力が分散されていた。


「うおっと」


 その上、フォロースルーも大きく、無防備なタングス。

 ダンゼンはその無防備な姿に一撃を加えてもよかったが、タンゼンは冷めた顔でタングスを見下ろす。


(思った以上に・・・つまらん)


 ちらっと、ギオンヌをタンゼンは見る。


(これにどうやって負けろと言うのだ?ギオンヌ)


 まだ、剣を合わせてわずかしか経っていないのに、すでに肩で息をし始めているタングス。甘やかされて育ったタングスにダンゼンは両目を瞑っても勝てると思った。


「やっぱり・・・剣士って素敵」

 

 貴族の女性の一部が好青年のダンゼンを見て、こそこそ話しだす。

 その言葉を耳にしたギオンヌは自分のことのように喜ぶ。

 恋の遊び相手として剣士や騎士は終わることも多いが、貴族の女性が騎士を飼うこともいくつかある時代。


 しかし、わずかながらおとぎ話のように、退屈な日常から刺激のある騎士に本気の恋心を抱き結ばれる貴族の女性も少なからずはいた。


 彼女らの目はダンゼンのことをパトロンとしてダンゼンを飼おうか見定める上から目線から、次第に本気の恋へと変貌させていった。


「ぐぬぬぬっ」


 ボトム公爵がそんな貴族たちの雰囲気を読み取り、悔しがる。


(くっそ、空気を読め。平民がっ)


 高い金を払って、自らの家の富や才能を誇示するのが目的のパーティー。ボトム公爵にすれば、接待を受けて当然の状況に対して、息子が辛酸をなめさせられているこの状況は不愉快極まりなかった。


「ごほっん、あーーーーっ、ごっほん」


 ギオンヌにわかるようにわざとらしい咳払いをするボトム公爵。

 ギオンヌもそれに気づいてダンゼンに目で合図を送る。


(やっぱり、やめたくなったが・・・)


 ダンゼンはギオンヌの目線に気づき、こんな相手に負けるのは嫌だと思いながらも、ギオンヌに言った手前、渋々負けることを選択する。


 カンッ


「ウワアアアアア、シマッターーーーッ」


 ダンゼンはわざとらしいカタコトの大声を出し、タングスの一撃を木刀で受けてから時間差で放り投げる。

 

 ギオンヌはその下手糞な演技にため息をついたが、無我夢中のタングスにとってそんなことをどうでも良かった。

 また、大きな予備動作で木刀を振りかぶって、ダンゼンの頭を狙う。


(これが・・・俺のやりたかったことか?ギオンヌがやりたかったことか?)


「ひゃっ」


 痛々しい音が鳴った後、今度は女性の浮ついた声ではなく、悲鳴が観客から生まれる。


 ダンゼンの頭から流血し、おでこに血が流れていく。

 タングスは手ごたえのある一発に、興奮と快感を覚える。


「はぁ、はぁ、はぁっ。どうだ・・・ひっ」


 タングスの見上げた先には流血しながら見下ろすダンゼンがいた。


 ―――お前の力はそんなもんか?


「うあわああああっ」


 タングスは木刀を振り回しながらダンゼンにぶつけまくる。

 それは恐怖以外の何ものでなかった。


 それでも動じないダンゼンだったが、ギオンヌは心配した。


(なぜ、俺はここに立っているんだろだ)

 

 ダンゼンはただただ剣を振り回わすタングスが哀れで、ダンゼンは、人が剣を振る意味を考えた。剣が自分たちにもたらすものを考えた。


「やっぱり、やーめた」


 タングスの振り下ろされた一撃を掴む。


「えっ」


 タングスは驚くが、ダンゼンにとって、タングスの剣技に満たないただの棒振りを捕まえることなんて造作もなかった。


 ダンゼンはその木刀を掴み、引き抜き奪い取り、タングスの脇腹に軽く振りつける。。


「うげええええっ」


 剛剣の天才と言われたダンゼンの一振りは紛れもない剣技であり、軽く振ったつもりでも、全身の筋肉は連動し、スナップを利かせたその一振りに力となって凝縮され、タングスはいとも簡単に吹っ飛ぶ。


「うん、やっぱり真っすぐ生きよう。そうしよう」


「おいいいいいっ」


 ボトム公爵はびっくりして、息子のタングスのところへ駆け寄る。

 ギオンヌは呆れた顔をしながら、それでいて苦笑いした。


「おいっ、ギオンヌ」


「はっ、はいっ」


 ボトム公爵の言葉に笑顔をしまい込み、真顔で答えるギオンヌ。


「わかってるんだろうなっ!!?そいつは死刑だああああっ!?」


「えっ」


 血だらけのダンゼンは素っ頓狂な声を出した。

 世界が止まったような気がした。

 周りを見渡すと、貴族たちは恐怖と怒りで凍り付き、険悪な重苦しい空気になっていた。


 さきほどダンゼンに好意を持っていた女性たちですら、何をやっているんだと侮蔑もしくは、恐怖を孕んだ目をしている。

 

「まっ、待ってくださいや、ボトム公爵」

 

 急いでボトム公爵に駆け寄るギオンヌ。

 場を和ませようと笑顔でボトム公爵の隣に立つ。

 

「よく見てくださいよ、ダンゼンのあの不細工な顔。笑っちゃうでしょ。いや~、タングス様の攻撃の素晴らしさ、じつにみごとっ。たまたまうちの愚弟のラッキーパンチが当たっただけでそこまでは・・・」


「ならぬ。貴族に剣を向ける平民などあってはならぬ。そうだよな、みんな」


「そうだ、そうだっ」


「許しがたい・・・ですな」


 貴族たちからダンゼンを非難する言葉が湧く。

 その敵意という津波になすすべなく、ダンゼンは呆然として立ち尽くしていた。


「では・・・警官に引き渡・・・っ」


「いいえ、それはおかしいです」


 一人、貴族の中でその流れに歯向かう男がいた。

 フレーンリヒ公爵の長男、フレーンリヒ・ド・ラッセル、18歳だった。

 10年後にかっこよくなる顔もどこかまだ幼さがあり、可愛さも兼ね備えた美形な顔立ちだったが、目には大人にも誰にも負けぬ信念と志の高さが秘められていた。 


「みなさん、これは剣闘です。剣闘においては常時の法律と異なります」


「しかし、貴族の剣を奪い、無防備なところを吹き飛ばすまでの攻撃をするのは紳士に反するではないか。その上平民だ。あってはならないことだ」


「それは・・・そうですね。しかし、その前のタングス氏の行為を忘れてはなりません。木刀を持っていない無防備な相手に何度も木刀を振り回し、流血しても止めない。これは紳士と言えるのでしょうか」


 立ち上がって文句を言った貴族は次の言葉が出ない。


「法律に則って判断するのであれば、平民のダンゼン氏は禁固10年、貴族のタングス氏は禁固1から2年というところでしょうか。いかがです?ボトム公爵」


「ぐぬぬぬぬっ」


 悔しそうにするボトム公爵。

 恥をかいて、息子が痛手を負って、いいところがひとつもない。


「・・・わかった。両成敗ということでなかったことにしよう」


「さすが、名家のボトム公爵。助かります」


 しかし、こういったことの頭の回転は物凄い早いがゆえに、ボトム家を盛り立ててきたボトム公爵は損切も早く、折れることを決断した。


「あと、ちゃんと依頼料は払ってあげてくださいね。反故にするようなことがあれば・・・わかりますよね?」


「あぁ!!!」


 ラッセルの言葉に不機嫌に答えるボトム公爵。

 ボトム公爵は思った。

 フリードリヒ家はやはり、抜け目がないと。


「ありがとうございます・・・えーっと」


「ラッセルです。フリードリヒ・ド・ラッセル。以後お見知りおきを」


「ラッセル様、ありがとうございますっ」


 ギオンヌは深々とラッセルに頭を下げる。

 すると、貴族たちの雰囲気も変わっていった。

 それもまた、ボトム公爵は面白くなかった。


「そうだっ、ボトム公爵・・・あの話は・・・っ?」


 ギオンヌがボトム公爵に尋ねると、ボトム公爵はギオンヌを睨む。


「そんなもの、無しに決まっているだろう」


「そっ、そんな・・・っ」


「どうされたんですか、ギオンヌ氏?」


「ボトム公爵は約束してくれたんだ。この仕事を受けたら、王様にダンゼンを聖騎士に推薦してくれると・・・っ」


 聖騎士。

 王直属の騎士でエリート兵。

 なろうと思ってなれるものではなく、有力貴族の推薦や王族からの指名、数々の勲章などがあることで選ばれる存在。


 ギオンヌとボトム公爵は聖騎士としてダンゼンを送り込み、剛剣を取り入れることを王に進言することを約束していた。


「そうですか・・・しかし・・・」


 ラッセルはギオンヌに同情する顔をして眉をしかめる。


「お役に立てなくてすいません、そこまでは僕にはどうにもできません・・・」


 ラッセルの言葉にギオンヌは絶望する。


「どうか、どうか・・・ダンゼンにチャンスをっ。こいつは、おいらと違って、世界最強の剣士になる器があるんだっ!!それにこいつは上に立つに相応しい器なんだ。一兵卒として前線で簡単に死なせていいような奴じゃないっ。」


「ええい、離さんかっ」


 ギオンヌがボトム公爵の足にしがみついて懇願するが、ボトムは振り落とそうとする。


(なに必死になってんだよ・・・やめろよ・・・ギオンヌっ。お前はそんな奴じゃないだろ・・・いつも、適当で、ろくに指導もしないで・・・偉そうなのがお前じゃないか・・・。なんで、そこまで・・・っ)


 ダンゼンは色々なことがあり過ぎて、状況に頭がついていかず、それを見ていることしかできなかった。そして、未熟な自分が何かを言ったり、してしまえばさらに状況が悪くなるかもしれないと恐れ、動けなかった。


「・・・くっ。そうだ・・・条件を出そう」


 不敵な笑みでボトム公爵は笑った。


「本当ですかっ!!?・・・ありがとうございます、ありがとうございます・・・っ」


 ギオンヌはしがみつくのをやめて、何度も頭を下げる。


「うちの息子を傷つけた罪は重い。それはわかるな、ギオンヌよ・・・?」


「・・・はいっ、おっしゃるとおりで」


 ボトム公爵は悪意のある顔で笑った。


「では、ダンゼンの右腕をお前が切れ」


「は・・・いっ?」


 ギオンヌは困惑して、ボトム公爵を見る。


「弟子の不始末は師匠が取るものだろう?ギオンヌ殿」


「いや・・・でも・・・それは・・・っ」


「なーに、ダンゼン殿なら片腕でも活躍できるだろう。ちゃーんと、王様には伝える。ダンゼン殿は王族、貴族の分をわきまえた立派な騎士であり、その失った腕は国への忠誠の証だと。それで、手落ちは手落ちで、それで落とし前としようじゃないか」


 ギオンヌは再度絶望したように下を向く。


「おっしゃる通りで・・・」


 ギオンヌはダンゼンを見る。

 悲しい顔で。


「いっ、嫌だ。俺は嫌だぞ、ギオンヌっ」


 ダンゼンは我に返り、ギオンヌが一歩近づくごとに後ろへ後ずさりするが、ギオンヌがすぐに追いつく。


「ダンゼンすまんなっ」


 ギオンヌは腕を一刀両断した。

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