第12話 決闘と師匠 ~全力の剣先~

「ねぇ、二人ともやめなさいよ」

「安心してください。俺も大人ですから」

 師匠は決闘の準備を始める僕らを心配そうな顔で止めようとするが、ダンゼンは対称的に師匠を安心させようとしているのか、笑っていて余裕すら感じる。


「大人なら、ちゃんと約束を守ってよね、ダンゼン」

 ダンゼンに噛みついた僕を師匠が睨むが、僕はもういい弟子を卒業したんだ。


 普段一生懸命、王子として、未熟な未成年なりにも必死にしっかりした人を振る舞っても、少しおちゃらければ、「大人っぽくてもやっぱり子どもなのね」と冷やかされるのに、大人のダンゼンが少しおちゃらければ、親しみやすい大人なんて思われるのはずるい。

 

「じゃあ、確認だよ。ダンゼン。僕が勝ったら、師匠を諦めてね」

「はっはっはっ。いいでしょう、ルーク様。そして、俺が勝ったら俺を応援してくれるんですよね?」

「うん、フレーンリヒ公爵よりも、ダンゼンを応援するよ、僕は」

 ダンゼンにメリットがほぼない不平等な約束。

 けれども、ダンゼンはその条件を飲んだ。

 それは、ダンゼンの絶対的な自信からだろう。


「ちょっと、真剣を使うつもり!?」

「えぇ、もちろん」

 剣舞の時だって、いつだって真剣じゃないか。

 僕もダンゼンも兜以外の鎧や籠手、スネ当てなどを装備する。


「じゃあ・・・始めようか」

「そうですな、ルーク様」

 僕もダンゼンも剣を構える。


「ソフィアは下がっていてくれ」

 僕には許されない、呼び捨て。

 それも許せない。


「せいやああああっ」

 師匠が数歩下がるのを合図に僕はダンゼンに切りかかる。

 余計な力をいれずに、流れるように首を狙う。


 シュッ


 しかし、ダンゼンはそれを下がって躱す。


「はあああああああっ」

 大きく振り下ろされる剣。

 その剣はまるで、出る杭を打つかの如く、上段から僕を叩きつけてくる。


「くっ」

 師匠に教わった柔の剣技でもすべてはいなしきれない。


「ふんっ、せいっ、やああっ、どおおりやあああああっ」

「あああっ」

 右横切り、左横切り上げ、付きの三連撃に僕は後ろに吹き飛ばされる。

 僕は柔剣を返していくが、思い切り弾かれて逆にカウンターを浴びそうになる。


 どちらかと言えば、柔剣の方がカウンターの種類も豊富で長けているはずなのだが、著しい、筋力差、体力差にものを言わせて、ダンゼンが攻守に渡り主導権を渡してくれない。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ、くっ」

 身体が重たい。剣を構えようとするが、手は痺れ、腕だってもう力が入らなない。


(ここまでか、ここまでなのか)

 圧倒的力を誇る、剛の騎士ダンゼン。

 僕は彼を兄のように慕っていたが、今は噂に聞くように目の前には悪鬼がいるように感じた。


「もうやめて、ルーク・・・。このまま続けてたらあなたが積み上げてきた技術の結晶が失われてしまう・・・っ。ここで負けたっていいじゃないっ。いずれ成長すれば貴方なら・・・勝てる時はくるわ」

 剣技に関しては僕以上に僕のことをわかっている師匠が言うのだからそうなのかもしれない。


 このまま防げていても、腕や指が後遺症でずーっとしびれが残ったり、疲労骨折をしてしまうかもしれない。


 それにどんどん鈍くなる動きで、下手に一撃を喰らったらそれこそ、死ぬか、二度と剣を扱えなくなるかもしれない。けれど・・・


「成長すればってなんだよ!!」

 僕は師匠の言葉に我慢できずに叫ぶ。


 どんなに成長しても、僕は師匠の弟子にしかなれない。

 どんなに成長しても、僕は師匠の年上になれない。

 どんなに成長しても、僕は・・・師匠の恋の対象になれない。


「はああああああっ!!」

 もう、僕の身体、特に腕や握力は長く持たない。

 この怒りを剣に乗せて、玉砕覚悟で突っ込むしかない。


「はああっ!」

 こんな世の中嫌いだ。


「はぁあっ!」

 父上も、母上も、兄上も、姉上もみんな嫌いだ。


「はあああああっ!!」

 こんな幼い自分が嫌だ、年上の師匠が大嫌いだ。


「駄目よっ。柔の剣は感情を乗せてはっ!」

 師匠の声が耳に入ると同時に、好機と思った悪鬼が笑って構えていた。


「馬鹿だな・・・俺って」

 玉砕覚悟で突っ込むなら、ダンゼンにじゃなくて、師匠に突っ込むんだったな。


「ごるあああああああっ」

 ダンゼンの横切りは鎧を簡単に砕いて、僕を吹き飛ばす。


「うわああああああっ」

「ルークッ!!!」

 師匠の悲鳴のような叫びも聞こえた。


(へへっ、一番不埒な精神なのはこの僕か)

 やっぱり、どんな時でも僕の頭の中は、師匠しかない。


 剣捌きが上手くなって師匠に見てほしい。

 虹を見つけたら、師匠と一緒に見たい。

 師匠のもちもちのほっぺが落ちるような料理をたくさん作りたい。


 気を抜く隙もない真剣勝負にも僕の心も頭も師匠で満たされている。

 勝ったらもしかしたら、僕にキスをして・・・そして僕に恋してくれるかもしれない。


 そんなことは可能性はないかもしれないが、もしかしたら師匠が僕を大人として認めるくらいはしてくれるかもしれない。


 そして、それがきっかけに年下でもオッケーに・・・なるはずがない。


「・・・きなんですよ・・・」

  想いは口にしなければ伝わらない。


「うぐっ」

 僕は脇腹の痛みを理解するが、やばい、肋骨が折れていそうだ。


「ルーク・・・っ」

 師匠は両手で口を抑えて、今にも泣きそうな顔をしている。

 僕はズキンズキンと痛む脇腹の痛みに耐えながら立ち上がる。


「師匠が、ソフィアが、好きなんですっ!!!男として誰にも渡したくないんです!!!」

 これは、誰にも負けない。

 

(この剣に足りないもの・・・それは、力じゃない・・・)

「ふっ、ルーク様、良い顔つきだ」

「お前には負けるよ、ダンゼン」

 僕は剣を構える。


「見逃すなよ、ダンゼン」

「えぇ、良いでしょう」

 ダンゼンも構える。

(師匠・・・奇跡を起こすのは何か知ってますか)

 僕は剣に今までの全ての想いを込める。


 怒り、悲しみ、嫉妬、憎悪、苦悩、いらだち、苦しみ、不愉快―――。


「ふっはははははっ」

「?」

 僕は面白くなって笑ってしまう。ダンゼンはそんな僕を不思議そうに見ている。


(どんなに負の感情をこの剣に込めようとしたって、師匠との思い出を思い出せば、一瞬で吹き飛ぶのか・・・。僕って・・・本当に単純だ)


 じゃあ、その単純な気持ちを込めよう。


「おらあああああっ」

 ダンゼンが距離を詰め、思いっきり剣を振りかぶって来ていた。


「えっ」

 師匠は驚いて、青ざめたような声を出していが、僕は防御態勢を取るのではなく、その一撃を無視した。


(今ならいけるっ)

 長年ずーっともやもやしていた気持ちに整理がつき、この迷いのない想いは先に進む。余力も余分な行程も、そして余分な感情もない状態、最高の心技体で織りなす、僕の一撃。


 僕の剣は誰にも負けません。

 ・・・だって、僕が貴女を誰よりも愛している証明ですから―――


 トンッ


「くあああああっ」

 ダンゼンが自分の力を制御するため声を上げながら、剣を僕に切り付けるのではなく、僕に当てないように剣を投げつけた。

 

(やっぱり、ダンゼン。僕は君を嫌いになれない。恋敵として一番嫌な敵だけど・・・貴方は剣士として、男として追いかけたくなる背中でした)

 僕は目を閉じ、剣を引く。

 すると、ダンゼンの額からはツーっと血が流れた。

 ダンゼンは自分の剣よりも、僕の当てた致命傷になりうる寸止めの剣が額に先に当たったことを悟り、後手で僕を切り付けないように剣と、そして、勝利を放棄した。


「さすが、ダンゼン、僕が一番大好きな・・・男だ」

 僕は倒れる。


 憧れだった。


 僕にない行動力。

 逆境を跳ね返す精神、そして達成する力。

 そして、いつも真っすぐで屈託のない笑顔と性格。


 兄上や姉上から僕と付き合うなと言われていたかもしれない。

 けれど、ダンゼンは僕にも当たり前のように付き合って話をしてくれた。


(でも、ごめん。最初は君なら・・・とも思ったけど・・・やっぱり師匠は渡したくないんだ)


「ルーク・・・っ」

 師匠が泣いてこちらへ走ってくる。

 

「大丈夫っ、ルーク、ルークッ!!」

 揺らさないでほしい、肋骨が痛いのだから。


「師匠すいません・・・僕は師匠の言うことを・・・もう聞けません」

「えっ」

 師匠はびっくりした顔をして、目の涙はぴたりと止まる。


「師匠・・・僕は・・・年下でもあなたが大好きです」

 僕の言葉に師匠は目を見開いて一瞬震えたが、すぐに震えは止まり、悲しそうに笑った。


「えぇ・・・ありがとう」

 僕はゆっくりと目を閉じた。


 今までさんざん迷って苦しかった。

 空しさはある。

 けれど、開放感で僕は満たされた。


 僕は師匠にようやくフラれることができた。

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