第11話 モテキと師匠 ~騎士の誓い~
僕がどんなに慰めても元気にならなかった師匠。
けれど、年上の男性であるフレーンリヒ公爵の言葉と態度でゆっくり立ち直れた師匠。
もしも、僕が子供じゃなくて大人で、師匠より年上で恋愛対象だったら・・・僕の言葉は師匠に届いたのだろうか。
師匠たちがお見合いをしてから数日後、フレーンリヒ公爵から師匠に手紙が届いた。
手紙の内容はわからないけど、その手紙が届いてから師匠は覚悟を決めた顔をよくするようになった。
師匠も僕と同じように何かを変えなければならないと思っているのだろうか。
しかし、師匠は自分の部屋でもらった手紙の返事を書こうとするけれど、手紙の筆は全然進んでいない様子だ。
僕はそれを部屋の外で覗いては、その手紙は永遠に完成しなくてもいいと思った。
だって、その手紙が完成したら僕も覚悟をしなければならないのだろう。
師匠とのお別れを。
師匠がいない人生なんて考えられない。
「あれっ、でも・・・本当に・・・僕ってどうすればいいんだろう」
目からは涙が出て、僕は廊下で一人蹲る。
理由はわからない。
失恋なのか。
そもそも、僕は師匠がいなくなったら一人の人間としてどうやって生きていけばいいのかすらわからない。
僕は師匠と離れたら、味方のいない王家に帰らなければならない。王宮での立ち振る舞いなど、王宮にいた時の5歳までの時と今では求められるものは全く違うはずだ。
僕は自分の気持ちを落ち着けて整理するために胸に右手を添える。
僕は今、自分の恋心すら疑いたくなってきている。
(もしかしたら・・・本当に僕は師匠のことを母親のように見ているだけ・・・かもしれない)
そうであれば、この偽物の恋心に終わりをつけて、弟子らしく師匠の幸せを願って背中を押してあげたい・・・。
◇◇
僕は師匠を応援しようと決めた
・・・はずだったが、7月になり、あの男が帰ってきたことで、再び僕の心をかき乱される。
「なんですって!?俺というものがありながらお見合い、しかも相手を決めようとするなんて・・・」
ダンゼンが椅子から立ち上がり、凄い剣幕で大声を出す。
せっかくの祝賀会用に作ったスープがこぼれる。
そう、ダンゼンが南征から帰ってきたのだ。
南征を成功に収めたダンゼンは位を上げて、心も体もまた一段と大きくなっている気がした。
「えぇ、そうよ」
師匠がさらっと答えようとするが、ダンゼンは師匠の隣に行き、跪いて師匠の両手を握る。
「だめだ。だめだ、だめだ。俺と結婚しよう。ソフィア」
真剣な眼差しでダンゼンが師匠を見つめる。
「えっ・・・」
「なっ!?」
ダンゼンが師匠に告白し、師匠は頬を赤らめながら困惑している。僕もあまりの直球の言葉に思わず声が出てしまった。
「なっ、何を言っているんだ、ダンゼン。お見合いでいい人が見つかったという私の話を聞いていないのか?」
「あぁ、聞いていたが。問題あるか?」
「大ありよ!!」
師匠は平然を装おうとしていたが、ダンゼンの言葉を聞いて大きい声を出す。
「・・・師匠の言う通りだよ、ダンゼン。フレーンリヒ公爵はハンサムで、話も上手で、裕福で、師匠のことを好意的に想ってくださる紳士なんだよ?」
「それがどうした?」
僕の方を見てきっぱりというダンゼンには鈍感というよりは、強い意志を感じた。
ダンゼンは改めて、師匠を見つめる。
「俺は、ソフィアが大好きだ。だから、俺は君と結婚をしたい。君を必ずその男よりも幸せにして見せる」
必ず、なんて嘘だ。
国王の父上に必ず命令を達成すると啖呵を切って、約束を果たせなかった大人たちの言葉と同じだ。
ダンゼンは自分自信を鼓舞するためかもしれないが、どう考えたってダンゼンよりもフレーンリヒ公爵の方が幸せにできるはずだ。
僕は師匠がどんな反応をしているか、師匠の顔を見るけれど、師匠は真剣な目をして、黙ってダンゼンを見つめている。
「ソフィア、俺は君と剣の話をして本当に楽しかった。新たな考え方を君から教えてもらえて、俺も持っている知識を君に話した。その空想のような剣技を体現する楽しさを感じたのは俺だけだったはずがない。今回の戦だって、君と新たに生み出した剣技のおかげでこうして帰ってこれたと感謝している。俺と結婚すればお互いに剣を高め合えるし、何より・・・楽しいぞ?それに俺が誰よりも楽しい。幸せにするから結婚しよう」
ダンゼンは師匠との思い出はを思い返しながら、楽しそうで生き生きとした顔で話をしていた。
「どうしたのよ・・・貴方はもっと紳士的だったじゃない、ダンゼン。そんな急に言われても・・・私だって」
「俺も急でびっくりしたぞ?お見合いなんて」
「それにして、もっ」
師匠はダンゼンの手を振りほどく。
「俺は・・・今回の戦で死にかけた」
「えっ」
ダンゼンの言葉に僕らはびっくりする。
「部下が身を挺して俺を守ってくれたから、今、俺はここにいる。あいつにも家族がいた。けれど、俺を守ってくれたんだ・・・。俺は初めて死ぬのが怖いと思った。次の戦だっていつ命令があるかわからない。今この時を無駄にする時間は俺にはない。このまま愛するソフィアに想いを伝えずに俺は死ねない」
真剣な目でソフィアを見るダンゼン。
「なぁ、ソフィア。君はフレーンリヒ公爵のことが好きなのか?」
「それは・・・」
師匠がためらっている。僕は師匠は覚悟を決めていたと思っていたので少し驚いた。
「俺にもチャンスが欲しい。俺は誰よりも君のことを愛している自信がある」
見つめ合う二人。
誰よりも愛しているのは間違いなくこの僕だと言いたかったが、僕には言う資格は・・・ない。
「わかったわ・・・少し、そうね・・・少し私も考えたかったところだから」
師匠は苦笑いをしながら、ちらっと僕を見たが、僕は目を逸らしてしまった。
「本当か!?必ず、君のハートを鷲掴みにしてみせるよ」
「ふふふっ、じゃあ・・・まぁ・・・はい。楽しみにしてるわ」
二人は握手を交わす。
ダンゼンは感情むき出しの物凄い笑顔で、師匠は少し困りつつも嬉しそうな顔をしていた。
僕には資格がない。
(大人じゃないから・・・)
本当にそうだろうか。
僕はダンゼンが羨ましくて、悔しかった。
ダンゼンもかっこよく女には困らないと聞いてはいるが、それでもフレーンリヒ公爵の魅力は圧倒的だった。
もしかしたら、フレーンリヒ公爵に実際に会っていないからダンゼンもこんなにも自信があるのかもしれない。
ダンゼンがフレーンリヒ公爵に勝てるのは腕っぷしと剣への知識、そして気さくさぐらいだろう。
ダンゼンとフレーンリヒ公爵の両方の選択肢があるとすれば、多くの女性がフレーンリヒ公爵を選ぶに違いない。
でも、そんな劣勢であってもダンゼンは師匠に好きと伝えた。
僕はダンゼンの恋愛の戦績は全く知らないが、これが剣士であり、王国最高の騎士であり、劣勢の戦を勝利に塗り替えてきた男なんだろうと思った。
負けるとわかっていて、舞台に上がる。
兄上や姉上から逃げてきた僕には決して選ばない選択肢だ。
けれど、僕にとって唯一無二の存在である師匠が誰かと結ばれようとしているのに、僕は・・・黙ってみているのでよいのだろうか。
そう、僕は何もできていない。
何もしていない。
僕は・・・。
◇◇
それから、ダンゼンは毎日のように来た。
アピールはする。
けれど、好きとか、愛していると言葉で伝えるのではなかった。
一緒に剣を振ったり、話をしたり、狩をしてきたり・・・。師匠はフレーンリヒ公爵に手紙を書くことを忘れ、解放されてほっとしているのか楽しそうだ。
(そこは・・・、僕のポジションじゃないのか?)
師匠はお見合いを重ね、最初は全然ダメだったけれど、ようやく師匠をいいと言ってくれるフレーンリヒ公爵に出会い、今度は話がとんとん拍子に話が進み過ぎて不安になっていた師匠。
ダンゼンがいなければ、僕が慰めてそして・・・。
「ルークッ、剣が乱れてるぞ」
家の庭で三人で剣を振るっていると、師匠に怒られた。
「はい・・・」
「なんだ、そのやる気のなさは・・・」
「・・・」
僕の態度に師匠が呆れる。
けれど、少しは僕の不満も察して欲しい。
客だから世話をして当然と言われても、さすがに毎日毎日訪れてくるダンゼンの料理を作って、食べ終わった皿を片付けて、汗を拭いたタオルを洗って・・・、僕は師匠の弟子だが、召使いではない。不満が出ない方がおかしい。
いや、違う。
好きな女性を口説く時間を僕が作っているという状況が悔しいんだ。
(僕は何を見せられているんだ)
「どうされたんですか、ルーク様。健全な肉体を作るには健全な精神が必要ですぞ?」
ダンゼンが優しい声で声をかけてくれる。
(お前にだけは言われたくない)
ダンゼンは悪い奴ではないが、師匠のことしか目に入っていないのか、僕の琴線に触れるようなことを平気で言ってくる。
「不埒な精神にはどんな肉体になるのだろうね、ダンゼン」
僕の言葉にダンゼンが反応する。
「勝負しよう、ダンゼン。師匠をかけて」
僕はいい子を止めた。
そして、いい弟子であることも止めた。
舞台に上がるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます