第13話 表裏と師匠 ~成年の試練~

 新年。

 それは、過去を清算し、前を向く季節―――


「これより、成人の儀を、執り行う―――」

 僕は黒装束で貴族や王族に囲まれて一人、儀式の間を歩いて行く。

 黒きは染まらぬ色。

 王族である僕はこれから誰にも染まらず自分の決断で歩む道を決めていかねばならない。

 司祭様より、王家の家紋が入った剣を賜る。


「ここに、ルーク・ド・ソルドレイドの成人の儀が成就したことを宣言する」

 司祭様が右手を上げて叫ぶと、周りから拍手が湧く。


 ◇◇


「ふう」

 僕は成人の儀を終えて、少年時代に決別をしに行くため、主のいない森の家に着いた。

 

「はあああっ」

 先ほど賜った聖剣を振る。

 少し重いが、そのうち手になじむだろう。


 この剣が人の命を奪っていく。

 そのうち味わうであろう重みに比べれば、この剣はまだまだ軽い。


 15歳になって一人前。

 僕は成人の儀を済ませ、僕も結婚できるようになった。

 しかしながら、ぽっかり大きく開いた心の大きな穴は埋まる気がしない。


『おっ、順調だな。ルーク』


 師匠の声が聞こえた気がして、僕は振り返るが、そこには誰もいない。

 誰よりも美しい金色の髪、誰よりも美しい声、誰よりも美しい心。


 そして、僕が唯一愛した女性―――


(あっ、やばい。せっかく一人前になったのに涙が出そうになる、くそっ)

 僕は空を見上げる。


「おっ、順調だな。ルーク」


 声の方を見ると、ダンゼンがいた。


「はぁ・・・っ」

「おい、『はぁ・・・っ』はないだろう」

 僕の真似をするダンゼン。


「また、来たの?」

「はっはっはっ」

 そう、師匠をかけた戦いの後ちょくちょくこうやって僕の目の前に現れては、剣を交えにやってくる。


 僕は師匠の人柄に魅かれて、剣技を磨くことで人としての在り方を学んだが、ダンゼンのように剣を極めようとは思わない。

 

 それに柔剣についてもきっと師匠の後継者がすぐにできる。それは技術の面もそうだが、遺伝子の部分でも・・・。


「ルーク様、成人になったのですから、そんな元気のない顔をしててはなりませんよ?ここは・・・」

「いや、しないよ。今日は疲れたんだ」

 ダンゼンがいつものように剣の勝負を仕掛けようとしてきたと思った僕はダンゼンの言葉を遮る。普通に剣を交えれば、僕の手や腕はボロボロになるし、極限の集中力がなければ、ダンゼンになんて勝てない。


 僕にはもう、極限まで集中して柔剣を使う理由がないのだ。

 僕の心はドーナツの穴のように大きくぽっかりとあいているのだから。


「いつもより大きい荷物持ってるみたいだけど、ごめんね」

 ダンゼンは気合が入っていたのか、いつも以上に大きな箱を背負っている。


「また、新しい剣でも新調したの?」

「いやいや、どちらかと言えば、中古の・・・っとっと」

 ダンゼンは体勢を変えようとすると不自然によろめく。


「大丈夫?」

「ええ、もちろんですとも」

 僕の心配を他所にダンゼンは笑う。


「でも、この中身は素晴らしいですぞ?見たいとは思いませんか?」

「あ~~~・・・」

 そういうことか。午前中も色々な貴族や王族の方々からお祝いの品をもらったが、ダンゼンもお祝いの品を持ってきてくれたのか。


「重いもの?」

「えっ、あーいやー」

 ダンゼンは目線を泳がせる。


「絶対、重いでしょ?」

「いやいやいや、全然重くないです、はいっ」

「でも、さっきよろめいて・・・」

「あれは、冗談ですよ、冗談」

 後頭部を撫でながら、ダンゼンが半笑いをする。


「でも、鎧とかはいらないよ?」

「はっ?」

「えっ、違うの?てっきり成人の儀のお祝いに鎧とかのセットを持ってきてくれたのかと思ったんだけど。まぁ、良かった。どんなに軽くても鎧は着たくないから」

 戦には行きたくない。

 王族たるもの屍の上に立たねばならないのかもしれないが、自らの手を地に汚してまで、僕は人の犠牲の上には立ちたくない。


「じゃあ、この箱の中身は私がもらってもよろしいか?」

「えっ」

「おっとっとっと」

 箱がガタガタ大きく揺れる。


「何を入れてきたの?ダンゼン」

 僕は恐る恐る聞いてみる。


「もういいか?」

 誰に聞いたのかわからないダンゼンは。ゆっくりと箱を降ろす。

 そして、回転させて蓋の開く方向をこちらに向けた。


「ルーク様もう少しこちらへ」

「えっ、なんなの」

 恐る恐る近づく。


「わーーーーーっ」

「わーーーーーっ」

 金髪の綺麗な髪の女が大声を出してくるので、僕もびっくりして驚いて負けないくらい大声を出してしまう。


「はははっ、ルークまだまだ、うわっとっ」

 その女性が前に倒れそうになるので、咄嗟に手を出す。

 

 懐かしい香り。


「あいたたたっ」

「しっ、師匠!!!!!!?」

 思わず、ツッコミを入れてしまった。


「あっ、ダメ。動かないで・・・あああんっ」

 どうやら、師匠は足が痺れているらしい。


「おっ、どれどれ・・・」

「ダンゼン!!!」

「ダンゼン!!!」

 ダンゼンがいたずらしようとしてきたので、僕と師匠がツッコミを入れると、「そんなに怒らなくてもいいじゃないか」としゅんとする。


「いつつ・・・」

「大丈夫・・・ですか?」

「うん、ありがとう」

 ようやく顔を上げてくれる師匠。


「また、キレ・・・っ」

 数か月ぶりにあったせいかさらに大人の魅力が増した師匠を見て、綺麗になったと言おうとしたけれど、師匠はもう別の男性の女性だと思ってしまったら、言葉が詰まってしまった。

 

 けれど、僕は師匠には嘘は付けない。


「師匠、また綺麗になりましたね」

 さらりと言う。もう、師匠のことなんて恋愛対象に思っていないと伝えるように、恩人である師匠に敬意を払う。

 

 僕は大人になったんだ。

 嘘はつきたくないけれど、本心を隠して取り繕うことを覚えなければと思う。

 

 白装束だったら他の人に気づいてもらえる心の傷も、この成人の儀で纏っている黒装束は心の内を人には見せない。


 それが、大人の男というものだ。


「おぅっ、うん。ありがと・・・。その、今日はちょっと化粧をだなっ、してきたんだ・・・似合うか?」

「ええ、もちろんです。ダンゼンもそう思いますよね?」

 師匠は相変わらずだが、僕は二つ返事で紳士の振る舞いをし、ダンゼンもうんうんと頷く。僕は師匠に振られた傷が癒えて、弟子としても自立した成人になったところを見せないといけない・・・と、思ったが、師匠はなぜか不機嫌だ。


 不自然な言い方だっただろうか。まだまだ、紳士の振る舞いも改善の余地がありそうだ。


「ほらっ、これっ」

「ありがとうございます」

 僕は師匠から赤ワインを貰う。


「あなたも成人になったのだから、うふふっ。今日は一緒に飲もうと思って・・・」

 師匠が少し照れて話をしてくる・・・が、断らなければならない。


「師匠、すいません。今日の夜はパーティーがありまして・・・。そうだ、師匠もぜひパーティーへ・・・」

「やだ」

 即答されて少し凹む。


「なんでですか」

 唯一の弟子の晴れ舞台なんだから来てくれてもいいじゃないかと、僕はちょっと意地悪な言い方で尋ねてしまう。


「私が酒癖悪いの知ってるじゃない、ルークの・・・いじわる。じゃあ、明日はいいでしょ?」

 さすがに師匠も大勢の前で痴態を晒すのには抵抗があるようだ。

 師匠からのお誘いの話は大変嬉しい。

 僕だって師匠に話したいことがたくさんある。

 しかし・・・。


「すいません。明日から、ゴーラッシュ家の第二王女ネタリア様にお会いしなければなりません」

 僕の人生はもう決まっている。

 世に言う政略結婚というやつだ。


 ネタリアとの婚姻はすでに父上によって決められており、第三王子として、国の外交戦略を担う責任がある。もう、子どもの言い訳も通用しない。

「あれ」が最初で最後のワガママだったのだ。


 それでも、よくもまぁ、あの打算でしか動かない父上が師匠の元で修業を許してくれたとも思っていたが、今にしてみれば、父上としても教養や剣術を学ばせる意味もあったかもしれないが、僕を想っての判断だと思う。


 ともかく、こうやってはっきり言えば、僕が師匠への未練を断ち切ったというのをはっきり伝えられるだろう。


「おっ、おー、そうだな。武術に教養を兼ね備えた第三王子となれば、それ相応の相手との話もあるわよね・・・」

「いえいえ、師匠ネタリア様は私に身に余るようなお方で、一度お会いしたんですが、容姿端麗、知性と教養を持ち、自然を愛し、紅茶がお好きで、自分で紅茶に合うお菓子を作られる方のようです。それに歳も同い年ですから」

「おっおなっ、同い年・・・ね。素敵じゃない」

「えぇ。ですから、私も師匠とフレーンリヒ公のような夫婦関係を築ければいいなと考えています」

 今の僕にできる完璧の返し。


(どうですか、師匠。あなたの弟子は、どこに出しても恥ずかしくない弟子になりましたよ?)

 僕は自信満々な顔をする。

 そして、いつものように褒めて・・・。


(何を考えているんだ、僕は。成人の男が妻でもない女に頭を撫でてもらおうなんて・・・。しかも、僕は王子だ・・・むやみに人に頭撫でられるようでは家の名を穢してしまう)

 僕は俯いてしまった。


「そっ、そうよね、私ったらはしたない。プレゼントしようとしたワインを一緒に飲もうだなんて・・・。そのワイン、結構いいワインだから、そのネタリア王女とぜひ飲んで」

「はい、ありがとうございます。それより、師匠はフレーンリヒ公爵とは・・・、いいえ、貴族の暮らしはどうですか?」

 僕は師匠の結婚相手のことを気になったが、気になっていることを知られるのも嫌だし、上手くいっている関係でも、上手くいっていない関係でも聞くのは辛いと思って言い直した。


「そうね!貴族の暮らしって本当に楽しいわ!本を読んだり、お散歩したり、他の婦人とお喋りしたり・・・あと、料理もおいしいわよ!」

「・・・そうですか」

『ルークのご飯が美味しいんだもん』と言ってくれた日々はもうないんだなと、少し寂しくなるが、師匠が幸せになれたなら、僕は身を引いて正解だったのだろう。


「じゃあ、私そろそろ行くねっ」

「えっ・・・もう行っちゃうんですか」

「私も相手の親族との挨拶周りがあるから・・・じゃっ」

 師匠は一緒に来たダンゼンすら残して行ってしまった。


「追わないのですか、ルーク殿」

 腕を組み、片目を閉じて横目で見てくるダンゼン。


「だって・・・師匠が決めたことだ」

 僕の言葉を聞いて、ダンゼンが「ふっ、まったく似た者同士で困ったものだ」と笑う。


「これはこの前俺を振ったある女の話だ」

 唐突に喋り出すダンゼン。


「その女が酒を奢ってくれるというから、もしかして、いい話かと思えば、愚痴のオンパレード。柔剣なんてのを極めているのにも関わらず、頑固で意地っ張り。そのせいで、弟子まで頑固で意地っ張りにしちまう始末」

「それって・・・」

 ダンゼンは僕の言葉を無視してそのまま話を続ける。


「こーんな、小さかった自分の弟、自分の子どものように可愛がってきた弟子が、どんどん大人になっていって、優しく育ち、自分を思いやってくれて・・・『料理なんか最高なの』ってべた褒めしててな」

 ダンゼンの物まねはそっくりだったが、そっくりがゆえにいかつい男のダンゼンがやると気持ち悪い。


「こほんっ」

 ダンゼンは僕のリアクションを見て、少し恥ずかしくなったようだ。わざとらしい咳ばらいをしながら、日に焼けた肌で分かりずらいが頬を染めている。


「それで、身体の方も成長して、男らしい身体になってきて、顔には出さないようにしていたが、その弟子が水浴びをして肌を出している時はドキドキしていたらしいぞ」

(そんな顔なんて一度も見たこと・・・ないぞ)


「まぁ、鍛えた体って言ったって。俺には到底及ばないがな。はっはっはっ」

 手を腰に当てて大笑いするダンゼン。

 僕はため息をつきながら、話を聞く。


「本当はその弟子をと恋仲になりたいが、身分も違うし、その弟子の父親からきつく言われたそうだ、息子には若く教養のある姫君と結婚させる予定があるから、息子の幸せを祈ってほしいと。元々成人するまでの約束だったから、その女も思うところはあったが了承したようだ」

「身分なんて・・・」

「身分は上から見下すのと、下から見上げるのでは全然違うぞ、ルーク」

 さっきまであほみたいに笑っていたダンゼンは真面目な顔をして僕の目を真っすぐ見てきた。


 その百戦錬磨で王国に多大なる貢献をしてきたダンゼンとはいえ、平民からの叩き上げ。その体の傷と同じように、もしかしたら、貴族などから心ない言葉で傷つけられてきたのかもしれない。


「そして、王の前だというのに、ルー・・・んんっ。溢れる弟子への想いを我慢できずになってしまったのが、問題だったな。王から弟子と縁を切れと言われた」

「えっ」

 ダンゼンの言葉に僕は言葉が詰まる。


「王宮内での二人の姿を見て、国王からルーク様を速やかに手放すように言われたそうだ。その代わりに貴族とのお見合いを手配すると言われたらしい。全く、俺というものがありながら・・・」

 そういうことか、と納得した。

 ダンゼンが居なくなった後、師匠は正装のまま町の方へ行っていたけれど、父上に会いにいっていたなんて、想像もしていなかった。


「それでっ!?」

「・・・これは酒の席での話だからな・・・言っていいものやら・・・」

「言ってよ、ダンゼンっ。いい女の子紹介するから」

「ふははははっ。ルーク様も言うようになったではないですか。よろしい。ここだけの話で、絶対私がルーク様に言ったなんて言わないでくださいよ?ソフィアは淡い期待で貴族にモテれば箔が付いて、ルークに見合う女だと自信を持てると思っていたらしいですが、ほぼ全滅で凹むだけになったと酒を飲みながら泣いておりました。まったく・・・貴族どもの意見など聞くのがバカバカしいのに・・・」

 変なところで見栄を張る師匠。その酒の席で泣いていた姿が僕には簡単に想像できた。


「でも、嬉しいことがあったんだと、顔を赤らめて言っておりました。馬鹿弟子が自分のために怒ってくれたのが物凄く嬉しいと。でも、こんな年増で、身分も低く・・・罪を抱えた女はルーク様には適さないと言ってました。なので、俺が抱きしめてやろうとしたら、『私が抱きしめるのも、抱きしめられるのもルークだけなのっ!!』と急に泣き上戸から、怒り上戸になってしまいましてなっ。いや~焦った、焦った」

 ダンゼンが横目で僕を見てにやける。


「まっ、間抜けな話ですけどね。どちらも覚悟がない。俺にしてみれば10年も過ごしてきたのに想いを告げる勇気がないなんて言うのは信頼していないのも同義だがな」

 ダンゼンの言葉は耳が痛い。


「フレーンリヒ公爵との婚姻の儀はまだ済んでいない。最後にお別れを言ってからすると言っていた。最後の最後まで・・・。二人とも流されるのであれば、みんなにとってはそれがよくて、丸く収まるのだろう。ただな・・・愛した女だ。面倒なことになったとしても、その女が一番幸せになることを俺は祈っている。だから、俺は俺を負かして、その女を一番幸せにできる男の方にこの話をした」

 ダンゼンの拳は悔しさに震えていた。


「戦は誰かを不幸せにする。されど、剣士は戦場に赴くもの。戦場では失うものが多い。それでも、剣士は戦います、大事なものを得るために。・・・ルーク様、貴方は剣士ですか、それとも王族ですか」

 ダンゼンは僕が迷っているのを見て真剣に話してくる。


「僕は・・・」

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