第8話 好みと師匠 ~年齢の壁~

「ぐぬぬぬっ、そんな都合のいい時だけ過去の話を持ち出して~っ」

 師匠が昔におっしゃった言葉を僕が引き合いに出したことで、師匠が悔しがっている。


「でも、師匠はこうもおっしゃっていました。小さな過去の積み重ねが今を作る。だから、後悔のないように日々を送りなさい、と」

「じゃあ、ルークが隠し事を話しなさいよ、後悔するわよ?」

 自分の方が先に使ったはずなのに、師匠の使った「後悔」の二文字が僕の胸にぐさっと突き刺さる。


(あのとき、師匠よりも先に僕が話をしていれば、良い方に変わったのかな・・・)

 僕は師匠にプロポーズをする気持ちを抑えて、先に師匠の告白を聞いてしまったことをかなり後悔していた。

 

 東洋の言葉で「知らぬが仏」という言葉があるようだが、師匠のお見合いを始めるという話を聞かずに、怖いもの知らずで告白できていれば、もしかしたら、僕と師匠は結ばれていたかもしれないという考えが何度消しても、何度も浮かび上がってきてしまう。。


(いや、逆に言われた後でも、どこの馬の骨かわからない男よりも僕を選んでくださいよって、冗談っぽく言えたらよかったのかな・・・。でもいまさらだな、今言えばもっと気まずくなるだろうし)

 せっかく、ダンゼンという恋敵がいなくなって、ようやく気持ちが落ち着いて来たのに、そんなリスクを冒すような真似を僕ができないことを一番わかっているのは、

僕以外にいるはずがない。


「そうですね・・・、ダンゼンがいなくなって寂しくないですかって聞こうと思いまして」

 僕はしれっと嘘をついた。


「なぅっ、そっそんなこと・・・ないわよ!?」

 師匠は声が裏返りながら否定する。

 師匠の弱いところなんて、師匠が大好きな僕からしたら、すぐわかる。だから、師匠は気が動揺して僕の嘘に気づくはずがない。


「えー、僕は寂しいけどなー、そうですかー、師匠はダンゼンがいなくなって寂しくないのかー、へー、今度ダンゼンに会ったら、そう言っておきますねー」

 僕は棒読みで師匠を煽る。


「ふっふっふっ、ルーク。貴方はまだ、反省していないようだな・・・っ」

 そろそろ、師匠のキレるラインになりそうだ。これ以上はよしておこうと僕は思った。


「でも、なぜ急にお見合いなんですか?前にもそんなブームがありましたけど、この頃はそんなこと、一言も言っていなかったじゃないですか」

 そうなのだ。

 僕が一緒にお風呂を入るのを拒んだ時期。だいたい、師匠が20歳の時に師匠も身を固めるか考えたようで、恋人を作り出そうとした。


 多くの未婚の娘は16から18歳で結婚する。

 20歳というとかなり、晩婚と言われる世論に人里離れた師匠も屈し、焦りが出たのだろう。

 ただ、この件に関しては僕はかなりの負い目を感じていた。

 

 僕なんかを引き取ったばっかりに、自分の人生よりも僕の人生を優先してくれていたのだ。そして、生意気を言うようになった僕に対して、師匠も僕への教育に一区切りを感じたのか。遅まきながら、恋愛相手、人生のパートナーを探し出したのだ。

 

 負い目があったから止めはしなかった。

 なんなら、家族として大好きな師匠の恋を応援しようと思っていたけれど、当時の僕は拗ねていて、些細なことでも感情の起伏が激しかった。


 応援したいんだけれど、なんだかよくわからないもやもやした感情が生まれて、凄い嫌な気分だったのを覚えている。僕は素直になれない時期だったのもあって、「勝手にすれば」としか言えなかった。

 それが僕の心が絞りだした応援・・・の言葉だった。


 しかし、師匠はすぐに飽きてしまい、僕は心の中でガッツポーズをしていた。

 母親が違う男を選ぼうとしているのが無くなったかのように、ホッとした。


 そんな感情ではなかったと思う。

 今振り返っても、やっぱり10歳くらいから、僕は師匠を異性として好きな存在、愛する存在として見ていたんだと思う。


「まぁ、ラストチャンスかなっと思って・・・ね」

 師匠は僕の質問にぽろっと答える。


「そうですか」

(僕が大人になればいつでもチャンスは転がっていますけどね) 

 僕は平成を装いながら、飲み物をゆっくりと飲んだ。


「ダンゼンとは・・・結局どうなんですか」

「ダンゼンは剣技を高め合う同志だ」

(僕の方が同志なのに・・・) 


「じゃあ、ダンゼンが言い寄ってきたらどうするんですか」

「・・・いい返事をするかもしれないな」

 師匠は頬を赤らめるわけでもなく、しみじみした顔をして答えた。


「ちなみに・・・師匠の好みのタイプってどんな感じですか?」

 僕は恐る恐る師匠のタイプを聞いた。


「そうね・・・ふふっ。なんか、女子トークみたいだな」

「僕は女子ではありません・・・」

 僕を男として見ていないのでないかと懐疑的になり、眉間にしわを寄せる。


「まず、優しいところ」

「はい」

(うん、当てはまる)

 僕は自分に当てはまるか心の中でカウントしていく。


「甘やかしてくれるところ」

「はい」

(これも)


「美味しい料理を作ってくれるところ」

「はい」

(これは二重丸)


「凹んだら、黙って寄り添ってくれて・・・」

(うーん、保留)


「私を一番に理解してくれて・・・」

(これも二重丸)


「頼りがいがあって・・・」

(うーん、これは違うか・・・)


「話が合って・・・」

「丸っと」

「ん?」

「あぁ、何でもないです。続けてください」

 恥ずかしい。

 思わず声に出てしまった。


「えーっと、次男とかで・・・」

「次男って意味あります?」

「だって、跡取り息子だと、一緒に柔剣を盛り上げてくれないじゃないか」

「なるほど・・・」

(これは・・・どうなんだろう?さすがに王族が剣士として跡を継ぐなんていうのは許されない気がする。できて、世捨て人とか、神父なら許されそうだけれど・・・。)


「あっ」

「どうしたの、ルーク」

「いえ、何でもありません」

(ダンゼンには悪いが、柔剣を国の剣技として採用してしまえばいい。これ以上にない柔剣の盛り上げ方じゃないか)


「だから、柔剣に理解があって・・・」

(これも僕しか適任がいないな三重丸っと)


「それで、貴族もあんまり・・・かな・・・って、お見合いの話は貴族の方々となんだが・・・」

「・・・へぇ~」

(王族はセーフなのだろうか?)

 聞きたかったけれど、それを聞いてしまうと、自分は恋愛対象に入っているか露骨に聞いているのと同義になるので止めておいた。


「あと、これが一番重要」

 師匠が人差し指を立てて、身を乗り出してくる。


「・・・なんですか?」

 僕の質問待ちのようだったので、口に出して質問する。


「年上であること」

 真剣な目をして僕を見てくる師匠。


 まるで、僕に納得させようとするような目だった。

 けれど、僕は「そうですか」と、返事をしたくなかった。

 顔には出さなかったけれど、机の下で握り締められていた拳は力強く震えていた。


「それは・・・おじいちゃんとかでもいいんですか」

 極端な質問は失礼な質問。

 そんなことはわかっているが、悔しくて質問してしまう。


「そうだな、条件を満たしてくれるならいいと思うわ」

「じゃあ、妾とかは?」

 僕は意地悪な揚げ足取りをする男になり下がっているけれど、「年上が絶対条件」ということからいったん、目を逸らすために聞かずにはいられない。


「それは、無理。というか、ちゃんと聞いていたか、ルーク?私を一番に理解している人が私を妾にするなんて、考えられないわ。私、嫉妬深いもん」

「そうだったんですか?なんか、意外です」

「そう?私って独占欲結構強いのよ?」

「へーっ」

 話してみないとわからないこともあった。

 師匠のことを何でも知っている気になったが、そんなところがあったなんて。


「料理とかは・・・別にいいんじゃないですか?」

「そうね、まぁ、できなくても・・・一緒に作ればいいものね」

 ちょっとだけムカついた。


 弟子だから当然と言われれば、それまでだが、僕は愛情込めて料理を作ってきた。

 それを師匠は「ご飯まだ~~?」と言って、僕の背中を見ながら待っていて、手伝うことはほとんどせず、じろじろ、じろじろ見てきた。それもなんかいいな、と思っていたけれど、好きな相手が苦手だったら一緒に作るなんて、僕はとんだ・・・、とんだ・・・。


 どこまで行っても弟子でしかないじゃないか。


「でも、それなら・・・年上だって・・・」

「それは駄目」

 遠回りをした会話をすることで、回復してきた僕の心は簡単に握りつぶされてしまう。

 きっぱり否定されて、僕の身体は素直に反応して、体中にマヒ毒が回ったかのようにびりびりと硬直する。


「なんで、そこだけ、きっぱりなんですかねぇ~」

 声が震えそうになるのを抑えながら、悟られないように取り繕う。


「うーん、なんとなくかしら」

 僕はその言葉に笑顔を作った。

 顔に力を入れないと、顔が歪んで気持ちがばれてしまいそうだったし、どうしたらいいのかわからなかったからだ。


「なんとなくって・・・ははっ」

「でも、なんとなくって大事だと思うんだ。こうだったら、好きになるとかってものでもないだろう、多分」

「もー・・・矛盾していますよ・・・師匠。なら・・・今あげた条件・・・だって、関係ない・・・でしょう?」

 

 僕はしっかり笑えているだろうか。

 しっかり喋れているだろうか。

 

 いや、しっかりじゃなくてもいい。

 

 無理をして作った僕の笑顔は、普段使わない筋肉まで力が入っているようで、ぴくっと軽く痙攣しているし、口の中はカラッカラに乾いており、声もわずかに震えていた。


「でも、気を使いたくないのよねー、なんか私が年上ってのが、気を使っちゃいそうで。だから、年下に見えたら、本能的に恋愛対象から外しちゃうかも」

 

そんなのおかしい!!


 ・・・と机を叩きながら立ち上がって叫びたかった。


 剣技の話だったら、僕だって時々は師匠に意見を出して、理屈や根拠によっては採用されることもある。


 けれど、これは感情的なこと。

 理路整然のことを言ったって、師匠の意見を変えられるわけじゃない。


 だって、僕自身、師匠の些細な言葉でこんなにも傷つくくらい、僕は師匠が好きだ。


 この気持ちだって、誰が口を出したって、どんな理屈を持ち込まれたって、変えたくなどないのだから。

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