第9話 貴族と師匠 ~貴族たるもの~

「じゃあ、ダンゼンは結構いい線いってますね」

「そう・・・ね」

 師匠の恋愛対象が年上のみという話をこれ以上していたら、僕はおかしくなってしまうと思い、ダンゼンの話をする。しかし、反応は連れないものの、師匠は両手で頬を抑える。


「まぁ、ダンゼンは凹んでいる時も喋っていそうですけどね。はははっ」

「ふふふっ、そうね」

 僕はぐびっと飲み物を飲み干す。


「いい人・・・見つかるといいですね」

「えぇ・・・ありがとう。ルーク。愛しの・・・弟子」

 弟子と言われて、僕の良くも悪くも弟子としての居場所があると納得して、その場はなんとか平然を保てた。


 けれど、その夜は全く寝れなかった。


 ◇◇


 5月。

 草木が生い茂り出そうとしている頃、師匠はお見合いが始まった。

「ルーク、本当についてくるの?」

「えぇ、当然です。変な男に騙されて、柔剣が無くなっても困りますから」

 僕は決めた。

 師匠の恋路を邪魔しようと。

 僕が認めた奴じゃないと結婚なんてさせない。

 それは小姑のように。


「まぁ・・・いいけど。邪魔はしないでよ?」

「はい」

 というのは、冗談で、多分自分の目で事の始終を見て納得したいんだと思う。好きな相手がどんな男と結ばれるのかを。好きな人が好きになるのを止められはしないし、幸せになってほしい。


 できれば、僕が納得のできるような、師匠を幸せにできる人であることを期待したい。


 僕はマゾヒストじゃないけれど、僕に師匠以外の人を好きになる選択の余地はないから、最後まで見届けたい。


(きっと・・・僕は生涯独身かな・・・。いや、父上がそんなことを許すはずがない。政略結婚で好きでもない人と結婚して、この国を離れて、師匠とも会えなくなって、死んでいくんだろうな)

 温かい風が吹く。


(まぁ、悪い出目が全て出そろっただけ・・・全ては何となくわかっていたことだ)

 とはいえ、3月のような上昇気流の見込みは全くない。

 

 僕も大人になる。

 もしかしたら、師匠離れしろって・・・ことかな。

 

 大人になれば神風が吹いて、全部の悪いことを吹き飛ばしてくれる気がしていたけれど、どうやら、大人っていうのは厳しい逆風しか吹かないのかもしれない。


「ねぇ、髪とか跳ねてない?」

「大丈夫ですよ。今日もお綺麗です」

「もう、茶化さないで」

(本音なんだけどな)

 師匠は顔を少し赤らめていた。

 この頃、緊張する師匠ばかり見ている気がする。


「・・・大丈夫ですよ」

「えっ?」

「普段通りでいいですよ、普段通りで」

「そんなこと言ったって・・・私、おば・・・っ」

「おばっ?」

「おば・・・ちゃんだもん」


 抱きしめたい。


 剣士のさがなのだろうか、いや、違うな。男としての性だろう。

 師匠の背中を守るのは僕で、誰にもこの背中を守らせたくない。

 

 さっき我慢すると決めたばかりだけれど、僕は師匠を自分の女にしたいと思ってしまった。自信なさげに言う師匠はいつもより小さくなり、可愛らしくて仕方ない。


「はははっ。大丈夫ですよ、そんな奴がいたら僕がぶっ飛ばしますから」

「こらこら」

「いてっ」

 師匠が僕の頭を軽くグータッチしてくる。

 

「でも・・・ありがとう」

「いえ・・・別に・・・なんか、身内が馬鹿にされたら腹立つじゃないですか」

(本当は愛している人だけど)

 師匠はクスクスっと笑った。

 良かった、リラックスはできたようだ。


「今日はどんな方とお会いするんですか?」

「えーっと、ボトム公爵の次男のタングスよ」

「へー」

(ボトム公爵なんて知らないけど、どういったコネクションで知り合ったんだろうか)


 ―――ボトム家


「始めまして、ソフィアと申します」

「おー、初めまして、ボトム・デ・タングスだ。たいそう可愛らしいが、いくつだお前」

「・・・24、今年で25になります」

「25!?おば・・・」

「どりやああああああっ」

 僕はボトムなんとかをぶっ飛ばした。


「いってええええええっ」

(てめえの痛みなんて知らねんだよ、この豚野郎が)


「なんなんだっ!?貴様、このボトム公爵の次男タングスだと知っての狼藉かっ!!?」

(ああん?てめーなんか、ただただ歳だけとって、だらしねえ生活をして、だらしねえ体型になってるだけだろうが・・・)

 こんな大したことない奴が師匠の年上ということだけで腹が立った。


「うっせーよ・・・っ。その爵位を誰がやっていると思ってんだ?俺はな―――」

「いい、いいから、ルーク。落ち着いてっ」

 師匠に止められて、なんとか拳を抑えた。

 

 まぁ、その後は僕のせいで微妙な空気でお見合いをした。

 多分というか、100%失敗だろう。


「ルーク・・・」

「はい・・・すいません」

 帰り道、ずーっと、黙っていた僕らだったが師匠が話しかけてきた。


「本当に殴る馬鹿がどこにいるの?」

「・・・ここにいるようです」

「冗談だと思って、注意しなかった私も悪いけど、やる方はもっと悪いぞっ」

「・・・はい」

 師匠は僕の顔を見てため息をつく。


「暴力は嫌いよ」

「・・・知っています」

 師匠は僕に一度も手をあげたことがない。さっきのようなじゃれあいはあっても、だ。


 ダメダメだった僕が言うことを聞かない時だってたくさんあったのにも関わらず、師匠が15歳の時から9年間一度も僕を力で押さえつけようとしなかった。

 それに比べて、ほぼ15歳の僕は・・・。


「本当にすいませんでしたっ!!!」

 僕は師匠の前に回り込み、深々と頭を下げる。

(台無しにしてしまった・・・でも・・・、いや、あんな奴でももしかしたら、口が悪くて勘違いされやすい、師匠が好むタイプだったかもしれないじゃいか。それをあんな形で空気を悪くすれば、警戒心全開で心だって閉ざすのは当然だ・・・)


 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ふっ、ふはははっ」

 急に師匠が大笑いし出した。

 僕はゆっくり、ゆっくりと顔を上げる。


「ルーク、貴方も怒ることがあったのね。なんだか、いえ駄目ね・・・師匠としては注意しなければならないのだけれど・・・、ううん。ちょっと、安心したかもしれないわ」

 師匠に言われて、僕もあんなに怒りを露わにしたことは始めただと、ふと気づく。


「安心ってどういう・・・?」

「本当に暴力は駄目よ、ルーク。それは理性を持ったにもかかわらず、理性を放棄したことだから、人間のやることではないわ。しっかりと話し合って解決する、それが人間だと私は思うの」

「・・・はい」

 師匠の言葉を丁寧に心に刻んでいく。


「けれど・・・、そうね。あなたを長く見てきて、ずーっと、私以外には我慢して何も言えない貴方が、あぁやって手段は良くなかったけど、自分の感情を自己表現できたんだなって。きっと、ルークはこれから大人になっていく上で、しっかりと自己表現できていくんだろうなって」

「師匠・・・っ」

 いつでも見守って、気にかけてくれていたことが嬉しく感じる。


「まぁ、そうね。でも、あんな表現の仕方は駄目だからしっかり教育するからね。覚悟しなさい」

「はいっ」

 ウインクしてくる師匠に僕は元気よく返事をした。


「でも、本当に・・・。もっと早くすればよかったかしら」

「えっ」

「だって、やっぱり、二人きりだと見えてこない物もいっぱいあると思うの。だから、私が貴方との生活に満足しちゃって、貴方だけいれば「まっ、いっか」って思っていたけれど、私が他の世界を求めて、貴方に色々な人と触れ合う機会を作れば、貴方はもっといろんなことをいっぱーい経験できたのかなー・・・なんてね」

 師匠は少し寂しそうな顔をして笑った。


(なんだろう、この言葉は?)

 よくわからないが、なんだか嬉しい気持ちになった。


「そんなことはないです」

「ありがとっ、ルーク」

「本当ですって」

「そーおー?」

「そーですって」

「そっか」

「・・・はい」

 しかし、師匠の言葉は裏を返せば、僕という存在がいたから、師匠の大事な婚姻適齢期を僕だけのために使わせてしまったということだ。


 僕が責任を取る、取らせてほしい。

 いや、責任とか抜きにして、師匠が好きだ、と言っても、師匠は自分を卑下して首を縦に振らないだろう。

 自分のことを年増だと思っているから。

 

 そう考えると、さっき殴って正解だったと思う。僕も暴力は嫌いだ。けれど、師匠を傷つける奴はもっと嫌いだ。改めて、自分の気持ちを再確認した。


「それにしても、ルークは本当に家族想いのいい奴ね」

「やめてください、恥ずかしい・・・っ」

「でも、本当に駄目だぞ。貴方は暴力振るった後、王家の家名を出して、屈服させようとしたでしょ?あれもだーめ。貴方の本当の家族に泥を塗ることにもなるし、個人的にも・・・権威を振り回して屈服させるのも嫌い・・・よ?」

 僕は自分の行いを恥じた。


 王族として、権力者として時には民衆の意志に反したとしても、有無を言わさず権威を振りかざすのは、それは最終的には国のため、国民のためになるから止む無く行使されるということであれば、仕方ないとも思う。けれど今回は違う。

 師匠を守るためとはいえ、あんな使い方は最低だ。


「すいませんっ」

 僕はもう一度頭を下げた。


「これはあくまで1平民の意見。謝ることではないわ。そうしても王族の貴方を誰も咎めない。ただ、反省しているのなら、ルークがどういった王や王族になるのか、神や国民に誓うものよ。私はそういった人にルークはなってくれたら嬉しいな」

「・・・はいっ」

「この話はお終い。じゃあ、まだまだ旦那様候補はたくさんいるんだからっ、元気出していくわよ!!」

「おっ、おーーー・・・っ」

 師匠が拳を上げるので僕も師匠に合わせて上げる。


 ―――ハンデンバーク家


「えっ、あっ、25・・・歳。あはははっ」


 ―――フォンブリッシュ家


「プククッ、25歳とか、ロリババアじゃん。やべー、やべーちょーやべー」


 ゴオオオオオオオッ


「ひいいいいいいいっ」

「しっ師匠、抑えてっ。そいつなりの、誉め言葉だからっ、多分!!剣はダメっ!!剣は!!!」


◇◇


「ごめんなさい・・・ルーク」

「いいえ・・・気になさらずに」

 どいつもこいつも、見る目がない。


 というか、貴族は駄目だ、世間体だのを気にするような奴らは、年齢や生い立ち、資産、勲章だのを気にして、師匠の中身を全く見ていない。最後の奴だって顔しか見てなかった。

 

 確かに師匠は年齢の割には幼く見える。

 中には、僕と同い年だと思って、自分の資産狙いで、僕とだけよろしくしようとしてるんじゃないだろうなと言ってくる貴族までいた。もし、僕が王になったらあの貴族には少しだけサービスをしてやろうと思った。


「いやはや・・・高望み以前の問題ね。はははっ」

 師匠の美貌、そして豊満な身体を舐め回すように見て、妾にしてやろうと言ってくるクソ爺どもはたくさんいた。

 けれど、正妻とすると言った奴は一人もいなかった。

 そして、師匠は妾の話は全てお断りした。


「見る目がないんですよ・・・、みんな。師匠の良さを見る前に、くだらないメンツや欲望で判断してるんです。そんな奴ら、師匠に相応しくない」

「ははは・・・っ。ありがとう、ルーク。やっぱり、付いてきてもらってよかったかも・・・ちょっと、さすがに・・・しんどいね」

 10数件あったお見合い相手も全滅。剣技では、心技体全てを兼ね揃え、心が折れたところなど一度も見なかった師匠も、やはり女の子だ。かなり辛そうにしている。

 残すはあと1件となってしまった。

 

 僕も15歳だし、師匠もほぼほぼ町の人と接しておらず、世間知らずだったかもしれないが、こうなることを全く予想していなかった。

 町のおばさんやおじさんたちの言う、『結婚は急がないと」と言うのもまんざらではなかったようだ。


「貴族じゃなくたって、平民の家でもいいじゃないですか、師匠」

「そうね・・・、でも・・・ツケが回ってきたって感じかな・・・。私料理とか家事もルークに任せてしてこなかったし・・・」

「いいじゃないですか、男に任せたって」

「そんな、人はいないよルーク」

「じゃあ、できないことはゆっくり覚えていけばいいって教えてくれたのは師匠じゃないですか!?今からでも僕・・・師匠に教えますから!!」

 師匠は自分は頑張るくせに、相手に何かをしてもらうことをかなり気を遣う。確かに平民の暮らしの大半が男は仕事、女は家事と子育てとなっているけど、逆だっていいし、共働きだっていいじゃないかと思うし、師匠だってそう思っているはずなのに。


「それに、年齢だって上だから・・・子どもだって・・・」

 もしかしたら、師匠が次男がいいと言っていたのも、後継ぎを残せるかの不安があったからなのだろうか。そんな事気にしなくたっていいじゃないか。師匠は師匠だけで魅力的なのだから。 


「子どもだっていなくたって、師匠が居ればいいって言ってくれる男はいますよ・・・絶対に」

「そんな人いるかな・・・?」

 僕の言葉が気休めにすらなっていないような師匠のリアクション。

(ここに、いるんですよ!!)

 僕は溢れできそうな言葉を何とか飲み込む。

 

「じゃあっ!!剣士は、ダンゼンは師匠に好意を持っていましたよっ」

 言いたくなかったが、師匠を励ますためにダンゼンの名前を出す。


「そうね・・・でも、英雄色を好むって言うじゃない・・・?ダンゼンはモテそうだし、仮に純愛でも私、寄ってくる若い女の子に嫉妬して、不安になっちゃうかも。それに、彼が戦に向かえば・・・帰ってくるまで夜は眠れないと思うの。私の心は・・・」

 師匠が俯いてしまう。


「師匠・・・っ」

「ねぇ、ルーク。次の家がダメだったら・・・」

「お待ちしておりました、ソフィア様」

「うわっ」

 そんな話をしながら、歩いていたら、大きな老人の門番が話しかけてきて僕はびっくりする。

 門番の後ろを覗いてみると、大きな門番も小さく見えるような門と、それにふさわしい優雅で壮大な家が建っていた。


「門番をさせていただいております、フレーンリヒ家の門番ツェペリと申します」

「これはどうも、ソフィアです。そして、こちらがソルドレイド家の第三王子ルーク様です。彼は私の剣技の弟子にあたりまして、今回は付いてきたいとおっしゃいましたので、連れてきた次第です」

「そうでしたか、かしこまりました。では、お二人ご案内させていただきますので、少々お待ちください」

 僕はさっき、師匠が何を言おうとしていたのか、気になっていた。

 

 そして、今までのお見合いの中で一番丁寧に僕たちにお出迎えしようとしていた、フレーンリヒ家に僕は何か嫌な予感がした。

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