第6話 季節風と師匠 ~乱風乱心~
「うん、美味い!!美味いですぞっ!!ルーク様」
ダンゼンはとうとう帰らずに、僕が作った夕ご飯まで食べていくようになった。
僕はぜーーーったいに、夜の男女の関係にだけはさせないと心に誓いながら、スープを静かに飲む。
「こらっ、ルーク。ダンゼンが貴方のお料理を褒めているのだから何か言いなさい」
師匠が僕を注意するが、僕は素知らぬ顔で、ナプキンで口を拭く。
(まったく、いつから呼び捨てしあってるんだか・・・)
「ごめん、ダンゼン。独り言かと思って」
僕は笑顔でダンゼンに謝る。
「はっはっはっ。こちらこそ申し訳ないです。テーブルマナーなど露もわからず。ルーク様たちが王宮にいらっしゃったときも、侍女たちにあの後喋りすぎだと怒られましたわ。はっはっはっ」
豪快に笑うダンゼン。
反省なんて、全然感じられない。
「あっ、ごめんなさい。ダンゼン。私も話を聞いてもらったのに。気づけなくて」
「いえいえ、そんなっ。ソフィアは悪くないですぞ。あぁいう場では男がエスコートするもの。逆にソフィアに気を遣わせたのであれば、情けない男になってしまいます。ですので、お気遣いなく」
「ふふっ。じゃあ、甘えちゃおうかしら。ありがとう」
あたふたしていた師匠がダンゼンの言葉であんなにも嬉しそうに笑っている。
僕のスプーンを持った右手が「甘える」という言葉に反応してしまう。
ちらっと見ると、ダンゼンの腕にそっと師匠が手を触れていた。
「ご馳走様・・・」
僕はその場に居ても経ってもいられなくなり、席を立つ。
「ルーク、お客様が来ているのに失礼でしょ。親しき中でも礼儀は必要よ?それに、ダンゼンは王国最高の騎士。王族の貴方ならわかるな?」
忠義を尽くす臣下に礼を尽くすのが王族。
(けど、僕は王族の中でも異端なのを知っているじゃないですか、師匠・・・っ)
「具合が・・・悪いんです。少し休めば良くなると思うので、食器はそのままにしておいてください」
僕は食卓から逃げ出した。
(この気持ちはなんだ・・・)
二人から見えなくなったところで、僕は胸を抑える。
なんで、こんなに苦しいんだ。
「ダンゼンは、凄い男だ、そんなのわかっている。それに、物凄い良い奴だ。なのに・・・僕は今、あいつが物凄い・・・」
僕は言ってはいけない言葉を言おうとして、口を押さえる。
自分にこんな負の感情が生まれるなんて、僕は駄目な奴だ。
だけど、ダンゼンと師匠が仲良くしているところをこれ以上見ていられない。
ダンゼンと自分を比べることを僕の壊れかけた心はすることを拒み、僕は静かにその場で蹲ってしまった。
◇◇
―――数日後
3月になり、凍てつく風の風向きが変わった。
「では、ルーク様、ソフィア。お元気で」
「寂しくなるわ、ダンゼン」
ダンゼンは訪れた兵士より、王である父上より南国のナンゴラ王国へ侵攻するように勅命を受けた。
僕は人生で2回目に父上に感謝した。
1回目はもちろん、ソフィアの元で10年間修業を積むことを許可してくれたことである。
「ソフィアと試行錯誤した剣技、さっそく戦場で試してこようと思っている」
「・・・そう・・・ね。ご武運を」
雄々しく、自信に満ち溢れたダンゼンの背中を、見えなくなるまで師匠は見送っていた。そんな師匠を僕は横目でずーっと見ていた。
僕は戦が嫌いだ。
けれど、今回の戦が起きて、ダンゼンがいなくなることを僕は心の底から安堵していた。
次の日からまた二人暮らしが始まった。
けれど、僕と師匠の師弟関係は溝ができ、他人行儀になってしまった。
「はっ、せいっ・・・・せいっ!!」
僕は型を終え、ゆっくりと直立戻る。
「いいじゃないか、ルーク。一点の気の迷いもない」
「ありがとうございます、師匠」
今までなら、ここでたわいもない話をしていたが、僕は師匠に一礼して、そのまま井戸の方へと顔を洗いに行く。僕の後ろで師匠が僕の名前を呼ぶ声が聞こえたかもしれないが、僕は振り返らなかった。
僕はこのもやもやした自分の心に蓋をした。
なぜなら、師匠と急速に仲良くなったダンゼンがいなくなったところをチャンスと見て、師匠にアプローチをするなんて、フェアじゃないと思ったからだ。
ずる賢い大人。
それは、僕の一番嫌いな人間かもしれない。
今の僕はそういった大人にはなりたくない。
今は、師匠に見合う男性になれるよう、自分自身を成長させようと決めた。
そうしたら、身体と心が少し軽くなった。
そして、自分でも驚くくらい成長している実感がある。
(今回の戦は春になると同時に奇襲をかけて、一気にナンゴラ王国の戦力を削ぐ作戦なはずだけれど、ナンゴラ王国は王都中心からは遠いし、大国。早くても7月頃までは帰ってこないはず)
「ふぅ」
井戸の水で顔を洗い、顔をタオルで顔を拭く。
「ダンゼンには僕は負けないぞ」
◇◇
「ちょっと、町に行ってくるわね、ルーク」
「行ってらっしゃいませ、師匠」
温かくなってくると、師匠はよく町に出かけるようになった。
年明けに着ていたような正装をして、何やら色々やっているようだけれど、僕は剣技を磨くことに夢中だった。
すると、剣は僕の気持ちに応えるかのように振ればいい音を出し、僕の剣技は4月に向けて周りの気温が上昇するのに相乗させれているかの如く、うなぎ登りで磨かれて行った。
そうして―――4月。
成長期というのはこんなにも簡単に花開くのだろうか。
技術面で一度は習得したと思っていた剣技が、身体と心の変化に伴いよくわからなくなっていた時期もあった。しかし、今は身体の成長によって生じた誤差も速やかに修正して剣に力を乗せられるようになった。
そうなると、ダンゼンにはだいぶ負けてしまうけれど、細い手足でもそれなりの筋肉がつき、一回りも大きくなった身体は力強く、かつ可憐に柔剣を扱えるようになった。
剣技は、心技体と言われ、どれも欠けてはならないと聞いていたが、技術と肉体の成長により、心に余裕ができ、技術と肉体によって心も強くなった気がする。
僕は、自信を取り戻し、師匠に対してもツンとするのを止めることができた。
そして、この春の気持ちの高揚感。
森の動物たちだって、オスとメスがいれば、触れあい、愛を育んでいる。
動物に感化されているわけじゃないけれど、僕だって少しは師匠と触れ合いたくなる。
師匠のことを綺麗だなんて正直な気持ちが言えるようにまでなったのに・・・。
なのになのに、師匠は言う。
それも照れくさそうな、あんなにうれしそうな顔で。
「お見合いすることになったんだ」
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