第5話 剛剣と師匠 ~剛柔の交わり~

「見事だ、ルーク」

 仰向けに横たわり、大の字になっている師匠。

 僕は剣を師匠の顔のすれすれの床に突き刺していた。


 師匠は気がたぎっていたんだろうが、朱色に頬を染めながら息遣いが荒く、色っぽく感じてしまう。


 そんな後ろめたい気持ちに気づかれないよう、師匠のきれいな顔を傷つけないようにゆっくり抜いて、立ち上がる。


 縦に刺した剣だったが、わずかながら師匠の金色の髪がパラパラと切ってしまったことを少し申し訳なくなる。


「ほーらっ」

 剣を持って剣士の顔をしていたカッコいい師匠はどこかに行ってしまったらしい。いつもの師匠になって、僕に甘えて、両手を伸ばしてくる。


 僕は照れていたけれど、師匠に甘えられて逆らえるような男ではない。

 師匠が掴めるように両手を差し出すが、師匠は僕の手を取ってはくれず、フルフルと顔を横に振った。


(えっ・・・本気ですか、師匠・・・)

 どうやら、僕は師匠のくびれのあるボディーに腕を回して、抱きかかえなければなならないらしい。


 自分の満足が行く剣舞ができたせいか、王族の目の前でもこうやって甘えられる師匠のこういうところは本当にすごい。


 師匠の豊満な胸が当たらないように距離を取りながら、脇のあたりに腕を回すと、師匠も僕に腕を回す。


「うわっ」

 師匠はぎゅっと僕を抱きしめて、頬ずりをしてくる。

 僕の視界には先ほど付き従っていた侍女達が「まぁまぁ・・・」と頬を赤らめびっくりしている姿しか見えないが、後ろが怖くて見れなかった。


 なぜなら、観客を無視して、演者同士が盛り上がってハグなんかしていたら、ドン引きだし、そういうことに敏感な僕の家族は、僕らを侮蔑した目で見ているに違いない。


 僕はその集めているのか集めていないかわからない視線が背中に集まっている気がしていたたまれなかった。


「やっぱり、ルークは最高の剣士だっ!!」

 しかし師匠の言葉は、身内びいきも甚だしい言葉が僕を安らぎの世界に連れていってくれる。

 単純の師匠のことだ、こんな風にいうのだって些細なことが理由に違いない。


 例えば、真剣を使って、お互いが殺気を込めた剣舞で死を背にしながら剣を向け合ったことで気持ちが高ぶったとか、激しい動きをしたせいでテンションがハイになっているとかそんなものだろう。


 しかし、どうでもいい。

 

 褒めてくれた理由も、家族たちの痛い視線も、だ。 

 

 師匠の言葉とこの笑顔だけあれば、他には何にもいらないと心の底から思った。




(好きだ・・・誰にもこの人を渡したくない)

 


 シンプルな自分の感情を改めて実感する。


 師匠を諦めないといけない無数の理由と、師匠を手に入れたいと思う無数の理由のどっちが多いかなんて頭の中で比較なんて、小賢しい計算なんていらない。


(ソフィア・・・師匠が好きだ)

 その気持ちに疑いはない。


 でも、やっぱり呼び捨てで呼ぶのは、心の中でも恥ずかしい。

 というか、徐々に息が整ってきて、冷静になってくる。

 師匠の背後に綺麗に開いた絨毯と床を見て、視線を外すことができなくなる。


(あれって、やらかしちゃったかもしれないな・・・、いや、だいぶやらかしちゃったよなっ!!どーしよう、父上たちがどんな顔をしているかわからなくて、見れませんよーーーーっ)


「どうした?ルーク」

 師匠が不思議そうに見ている。

(そうか、師匠は王族のマナーとかそんなにわからないもんな・・・。でも、王族としてじゃなくても家の中で床に穴をあけたら、気まずいって気づいてほしいな・・・。たまには・・・年上の大人の女性として助けてください、師匠~)


「いやあ、実に素晴らしい!!」

 ダンゼンが意気揚々とした声で大きな拍手をする。

 師匠も大丈夫だぞ、という顔をしてくれるので、僕もゆっくりと家族を見ると、兄上、姉上は納得をしていない顔だったが、父上も母上もしっかりと拍手をしてくれている。

 

 僕がちらっと師匠を見ると、師匠は「よかったな」という目をしてくれている。

 僕と師匠は立ち上がて、深々と礼をする。

 

 アドリブになってしまったけど、師匠のすばらしさと僕の成長を見せることができて嬉しかった。


 今年は何かが変わる、そんな一年になりそうだ。


 ◇◇


「ありがとう、ダンゼン」

「いえいえ、これしきのこと。ソフィア殿の頼みであれば、たとえ地の果て、地獄の果てまでお供しましょうぞ」

「あらあら、私が地獄に行くと言うのですね」

 師匠の返しにダンゼンは少しびっくりした顔をした後、ニヒルな笑いをする。


「えぇ。貴女が戦場と言う名の地獄を望むのであれば。私はあなたの盾になりましょう」

 師匠はダンゼンの言葉に何も言わずに笑顔で返した。


「また、貴女にお会いしに来てもよろしいですか、ソフィア殿」

「えぇ、もちろんですとも」

「本当ですかっ!よしっ。ではでは、今日はこの辺で。ルーク様、ソフィア殿。どうかお元気で」

「えぇ、ダンゼン殿もお元気で」

「じゃあね、ダンゼン」

 ダンゼンは嬉しそうに町へと帰っていった。


「ふぅっ」

 師匠は一息ついた。


「すいません、僕のせいで・・・王宮に行くことになって。それも、剣舞まで舞わせることになって申し訳ないです」

 僕は師匠に謝る。


 年が明けるまで、今年は積雪が多く、しばらくの間、町に行っていなかった僕と師匠。


 元から人が多いところを好む僕らではなかったので、人ごみに行くだけでも疲れるし、いろんな人から、誰と誰が結婚しただの、誰たちに子どもができただの、秋の収穫はどうだっただの、狐が出た、狸が出ただの様々な情報が入ってきて、頭がパンクしそうになった。


 それに加えて、町のおばさんたちが師匠に対して「まだ、結婚しないのか?」とか、「まさか・・・ショタコンではないだろうな?」とか、「王族を狙ってはないでしょうね?」とか嫌な質問を会話の節々に入れてきて、困った顔をする師匠を見ているのは辛かったし、師匠が「そんなわけない」っていうのを聞くたびに僕は傷ついた。


 師匠が僕のことをどう思っているかはわからないが、「人」は僕らの恋を阻むだろうと思った。

(というか、ショタコンとかいうセリフなんだよ、あのクソババアめ)

 さすがに失礼が過ぎた女性に対しては、僕だって失礼な言葉で返して、罵りたかったが、僕は言えなかった。


 師匠の疲労の決定打になったのが、王宮への招待だと僕は思っている。


 王宮内はおいしい料理や、建物もきれいだが、少しのミスも許さない王家と食事をするのだけでも疲れそうなのに、剣舞まで見せるなんて、かなりの負担をかけてしまった。


「なによ、ルーク。師匠を甘く見てもらっちゃ困るわ。これくらい平気よ。それに、ダンゼンさんだったからしら。あの方、面白いわね。気に行っちゃった」

「それはどういう・・・」

「そのまんまの意味よ」

 微笑んでいる師匠を見て、僕はそわそわした。


 それから、何度かダンゼンは僕らの愛の巣(?)を訪れるようになった。


 最初は嬉しかったけれど、僕は誰にも会わず、いろいろ言われないこの家で、師匠と二人で絆を深めようと思っていたので、少し控えてほしいと思っていたが、そうもいかなかった。


 剛剣と柔剣が交わったのだ。


 


 変な方向に勘違いした人がいれば、誤解しないでほしい。

 これは、肉体的な意味ではない。

 

 剣をぶつけあったという意味でも、男女の関係を深めたわけでもない・・・と僕は信じている。ちなみに師匠は男性経験が無いはずである。

 

 10年前の師匠が14歳の頃からの付き合いで、本人からもボーイフレンドはおらず、箱入り娘だと聞いている。それに、こんな僻地にいたのだから、多分・・・間違いない。


 話がそれたが、剛剣と柔剣は精神的な意味で、剣技を高めるために交わった。


 つまり、剛剣使いのダンゼンと柔剣使いの師匠がお互いの知識や技術を教え合ったのだ。


 これは、この国始まって以来の剣技革命と言える。


「直線的な剛剣」と「曲線的な柔剣」。

 押すのか、引くのか。

 相手の攻撃を受けるか、躱すか。

 真っ向から切り付けるか、隙を狙うか。

 違いを上げればキリもないし、基礎の学び方も異なる。

 

 今までの会得者たちは、どちらが王国に認められた剣技になるかで互いに競っており、自身の剣技こそ至高とし、相手の剣技を貶めてきた。

 

 確かに相反する剣技がゆえに中途半端に他方の剣技を会得しようとすると、剣技が濁り、ただのちゃんばらになってしまう。


 しかし、ダンゼンと師匠は自身の剣技を極めた者同士。

 そして、自身の知識を分け隔てなく教える度量の深さも、自分に自信があるがゆえに、相手の流派の長所を認め、自身の流派の弱点も認めることができる二人だった。


 師匠たちは剣技の話で盛り上がった。

 そして、まだ未熟な僕は二人の話についていける部分も少しはあったが、ついていくのがやっとで、ついていけない部分が多々あった。


「それを・・・一度当てて、こう、こうっとするのはどうだ?ソフィア」

「あっ、それいいじゃない。でも、相手の剣を滑走路にして、こうっの方がよくないかしら?ダンゼン」

「おおっ、それは攻撃力が2倍・・・いや、4倍に膨れ上がりそうだなっ」

「でも、気を付けないと、致命傷になりそうね・・・もっといい動き方はないかしら・・・」

「・・・」

 特に高度な話になればなるほど、二人は盛り上がり、僕だけ蚊帳の外になっていく。


「ははははっ」

「ふふふふっ」

 僕が席を外しても、遠くから二人の笑い声が聞こえてくる。

 また、新しい技を生み出して嬉しくなって笑っているのだろうが、僕がいなくなって嬉しくなったような笑いに感じてしまう。


 僕だって席を外したくない。

 だって、僕が居なくなったことをいいことに、二人がハグして、キスなんかしていたら、僕の心はどうにかなってしまいそうだ。


「くそっ」

 僕は剣の代わりにナイフを扱う。

 相手はジャガイモ。

 芋臭い僕にはぴったりのパートナーの芽を摘み取る。

(芋の芽を摘み取って、自分の芽も摘み取っている気分だ)

 

「というか、なんかおかしくない?僕一応王子なんですけど・・・いつっ」

 芋の芽を取るときに勢いをつけ過ぎて、左手の人差し指を切ってしまう。


「いててて・・・っ」

 僕は人差し指をしゃぶる。


 今年の暮れには15歳になる。

 来年の年明けの成人の儀を行えば、僕は大人になる。

 少年として最後の今年は自分を変えなければならないし、徐々に大きくなるこの身体ならなんだか変われる気がしていた。

 

 年明けの師匠との剣舞を父上たちの前で成功させたのはその予兆だと信じて疑わなかった。


 それなのに、出鼻を挫かれた。

 大人になったら、師匠に告白しようと思ったのに・・・師匠はダンゼンばかりと話をしていて、僕なんかそっちのけだ。


 僕は神に「師匠を幸せにしたい」と願った。

 けれど、ダンゼンが現れて、師匠は楽しそうに研鑽を積んでいる。


「僕じゃ・・・師匠を幸せにできないってことかよ・・・、神様」

 こんなにも悔しくて、こんなにも何かしなければ、と思っている。


 けれど、どうすれば、自分の力で好きな女性を幸せにできるかわからない自分の未熟さと無力さを呪った。

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