Ⅷ-②

黒龍寺 本堂 01:30時――


 地母神マキシ・ミリアは、関係者を本堂に集めた。


『皆さんに、昔話をしましょう』


 マキシ・ミリアはシズルカの神格を胸に抱き、語り始めた。


『シズルカは、この世に生まれて高々2千年。私共の概念ではまだ赤子です。辺境の星に生まれ、何も無い環境で育ったシズルカは、ある時、見つけてしまった。この『地球』を。それからシズルカは、何度も地球にアプローチを仕掛けました。自ら厄災を起こした後、自らの思念体を使い、多くの民を救ったかのように振舞う事、幾百。そうして信仰を得て、念願の神格化を果たしました。そして、ある日シズルカは、女神である事を忘れ、ある青年に『恋』をした』


『貴方達が『伝説の英雄』と呼ぶ、『黄昏の君』 五十嵐 わたる です』


『彼は、英雄と呼ばれてはいますが、裏では様々な障害があり、必ずしも幸福であった、とはいえませんでした。詳細は彼の名誉に関わる事ですので割愛しますが』


『それをはるか遠くで見守っていたシズルカは憤慨し、彼を救おうと接触を試みましたが叶わず、悲しみに暮れたシズルカは、ある野望を抱きました』



『自分が五十嵐家の巫女となり、子を成した暁にはその子を自分の手で英雄にする、という事を』



『それからシズルカは、女神の権能を私的利用し、下界に降りる事だけに傾倒していった。以上、哀れな女神様のお話でした』


「哀れな女神様、か」 

「ちょっと、可愛そう、だね」

「身勝手過ぎるだろ、そんなの」

「そこまで好きだったんだね、『黄昏の君』が」

「シズルカはどうなるんすか? 女神様?」


『全くもって、不器用な女神ですね。シズルカは』


 薫と穂香は、マキシ・ミリアの話を聞いて、シズルカの処遇が気になった。


『シズルカには、ある『箱』に入ってもらい、千年程、反省してもらいます』


「反省部屋送り、か。それだけの事をしでかしたんだ、無理も無いか」


 薫がつぶやくと、静流が手を上げた。


「はいはーい、質問」

『何でしょう? 静流』

「結局、『黄昏の巫女』の代わりになるようなものって、何とかなりませんか? 『失敗した』では五十嵐家の世間体とかありますし」

『アナタって子は、どこまでも同族思いなのですね』

「一応、遺伝子学的には僕の父さんと母さんに変わり無いんだから。茂兄さんも、穂香姉さんも。弓弦クンも僕の大事な兄弟だよ!」ニパァ


 マキシ・ミリアは、五十嵐家の面々を自分の前に立たせた。

 静流の提案に、マキシ・ミリアが出した答えとは?

 

『先ほどの静流の話を聞きましたね?』


「はい。そっちの世界の自分を、褒めてやりたいです。何て優しい子に育ててくれたんだ! と思いました」

「弓弦が生きていれば、こんなに心強い従兄弟たちに囲まれ、幸せだったのだろうと思いました」


 父と母は、涙を流しながら、マキシ・ミリアに思いを伝えた。


『茂? アナタはどう思いましたか? アナタは一歩間違えばとんでもない事を起こしていたのですよ?』

「何でもお見通しなんですね。はい、自分の情けなさに、ウンザリしています」

『アナタを裁くのは簡単ですが、静流が悲しみますので不問とします。但し条件として、この先、女神の下で自分を磨く事を約束しますか?』

「約束します! 穂香にイヤな思いをさせてしまい、このままでは、天国の弓弦にも顔向け出来ません!」

『イイでしょう。五十嵐茂、あなたにシズルカの1/1000の権能を引き出すスキルを譲渡します。使い方はアナタ次第です』

「あり難き、幸せ」


 茂は涙を流し、片膝をつき、女神に頭を下げた。

 マキシ・ミリアは、右手に桃色のオーラを集約し、茂の頭にそっと乗せた。パァァ


『アナタはこの先、『黄昏の神官』候補として、日々精進するのです』

「仰せのままに。ジーメン」


 マキシ・ミリアは穂香に向き直った。


『さて、穂香、アナタは先ほどの破魔矢に、シズルカより18年間与えられていた【巫女因子】をほとんど注ぎましたね?』

「はい。注ぎました」

『よって、『黄昏の巫女』候補は『該当なし』となり、アナタは自由となりました。これからは、気兼ねなく青春を謳歌しなさい』

「はい、ありがとう、ございます」


 そう言うとマキシ・ミリアは、一同を見渡した。


『この度は、シズルカが女神あるまじき行為で、下界の民を不安に導いた事、女神として詫びましょう。また、その血筋から、五十嵐家には少なからず負担が掛かっている事、不憫に思います』


「ははぁ。勿体なきお言葉」


『静、ミミ。アナタたちの子は、みんなイイ子に育っていますよ』


「あり難き、幸せにございます」


『さらばです。『桃髪家の一族』よ』


 マキシ・ミリアは、ゆっくりと浮上し、天に還って行った。



              ◆ ◆ ◆ ◆



 マキシ・ミリアが天空に還ったあと、桃髪の二人の男が、並んで星を見ている。


「これにて一件落着、だね? 薫兄?」

「今更聞くが、お前の依頼者って、マキシ・ミリア様だったのか?」

「身に覚え無いの? 薫兄?」

「ん? まさか、アノ時、か?」

 

 薫がアノ時と言ったのは、音楽室でモモと交信した後に言ったセリフだった。


 『アンタでもイイ。何とかしてくれ、マキシ・ミリア様』


「女神様が言ってたよ。『お隣さん』は大事にしなきゃね、ってね」ニパァ

「こりゃあ参った。惚れちまいそうだぜ」ニパァ


「うはぁ、絶景ですなぁ、右京ちゃん?」 

「むはぁ、激レアです! 僥倖です! 至福です!! 脳内ストレージに保管完了です♡ 堪りませんなぁ♡」


 コンシェルジュの二人が、桃髪の男どもを見て、勝手に盛り上がっている。


「薫兄、僕は今、嘆きの川コキュートスを探しているんだ」

「おい、それなら、ウチんとこにあるぞ?」

「どうやらそうみたいです。モモ伯母さんと何度かやり取りしていますから」

「母さんとか?」

「ええ。もう少し、なんです。僕が必ず見つけ出しますから、それまでお元気で」


「嬉しい事言ってくれるじゃんかよ。 うん、惚れた♪」パァ

「へへ。惚れられちゃったよ」パァ


「くはぁ、凄まじい『ハニカミフラッシュ』の応戦! ココは桃源郷か? ああっ! イッちゃいそう♡」

 

 右京は鼻血を吹きながら、周辺をクルクル回っている。

 向こうから静流たちに向かってパタパタと穂香が走って来る。 


「待って! 静流ク~ン!」

「穂香姉さん!」


 全速力で走ってきたのか、息を切らせている。


「ちゃんと、言って無かったよね? お礼」はぁはぁ

「ま、仕事ですから? あ、穂香姉さん、誕生日、おめでとう!」ニパァ

「あ。すっかり忘れてた。ありがとう。フフフ」

「これからは、茂兄さんともうまくやっていくんだよ?」

「フフ。何か静流クンって、『お父さん』みたい」

「う、そこは『お兄さん』にして欲しかったな。フフフ」


 この瞬間、世界線は違えど、遺伝子的には姉弟だという事がわかった気がした。

 そうこうしている間に、静流の転送が始まった。


「あ。どうやら転送の時間みたいだ。穂香姉さん、薫兄、また会おうね」ニパァ

「薫様、どうかお元気で」


 静流とオシリスの姿が薄くなっていく。


「静流クン、ううん、静流、元気でね?」ニコ

「おい静流! ケツ! 俺たちはまだ始まんねぇぞ? 何でだ?」


「マキシ・ミリア様に頼んで、僕の残り時間を少しあげたんだ。ロスタイムだよ、上手く使ってね? 薫兄?」ニパァ

「済まねえな、気ィ使わせちまって。サンキューな、静流」ニパァ


 桃髪の男たちと女が満面の笑みを浮かべ、お互いの手を合わせている。



「「「また、会おう!」」」パァァ



 この時の光景を、『桃髪の誓い』と言うかは不明である。


「静流さぁーん、お元気で!」

「静坊、粋な事すんじゃねぇかよ! 見直したぜ!」


 雪乃とリナが、静流を称えた。


「じずる~!!」「じずるさまぁ~!!」


 忍と洋子は、消えかかっている静流に、危険タックルの如く飛び付いた。


「静流ぅ、私も連れってって!」

「忍さん、また会えますよ。直ぐに」

「うわぁん、じずるざまぁ~!」

「ヨーコ、アノ学園の『ドラゴン寮』を調べるんだ。いいね?」


 静流は二人の拘束をやんわりとほどいた。するとオシリスが何かしている。


「忍、これを!餞別よ♪ ヨーコにはコレ!」

「オシリス?」

「オシリスさん?」


 二人はオシリスから何かを受け取り、呆気に取られている。すると、


「皆さん! またどこかでお会いしましょう!」シュウゥゥ


 静流の転送が終わった。

 暫しの沈黙の後、


「うぐわぁぁん、じずるぅぅ!!」

「ひぐ、じずるさまぁぁぁぁ!!」


 忍と洋子は抱き合って号泣した。


「おい、おまえらなぁ、もうちょっと静かに泣けよ」

「今度はコッチのお別れなんですの。空気読みなさい」


 リナと雪乃はうるさい二人を隅っこに連れて行った。



              ◆ ◆ ◆ ◆



 薫は、穂香とお別れの挨拶を交わしていた。


「もう、行っちゃうの?」

「ああ。任務達成だからな」


 少しの沈黙があり、薫が重い口を開いた。


「絶対に、また来る」

「ホントに?」

「ああ、約束する」

「どうして、また来る気になったの?」

「お前だ、穂香」

「私?」



「お前に……惚れた」

「ふぇ? ふぇぇ!?」



 また少しの沈黙があり、今度は穂香が口を開いた。



「ズルいよ、薫クン、惚れたのは、私だぁぁぁ!」

「お、おい穂香、大丈夫か?」


 言い終わると、穂香は、顔を真っ赤にして震えている。


「責任、取ってくれる?」

「責任? どう取ればイイんだ?」


「決まってるよ! 私をさらいに来て!」ニパァ

「おう。待ってろよ! お前をさらいに、戻って来る!」ニパァ


 そう言って薫は、ちょっと離れた静を見つけると、静に向けて親指を立てた。


「イイっすよね? 静叔父さん?」

「おう! もってけ泥棒!」

「父親にうっかり『公認』取っちまったぜ。参ったな」


 父親は満更でもなさそうだ。

 仲間たちがそれぞれお別れの挨拶を終え、薫の所に来た。


「穂香、またな! アニキ、お別れは済んだか?」

「穂香ちゃん、お元気で。 ほら、忍?」

「静流ぅ、静流ぅ」


 リナはちょっと離れた所に、見覚えのある連中がいる事に気付く。

 その者たちは、泣きながら手を振っている。


「ん? アイツら……世話になったな」


  リナは両手を大きく振って、その連中に応えた。


「みんな、ありがとうね。御機嫌よう」

「お、始まったか……」

 

 穂香はみんなに、改めてお礼を言う。

 程なく、薫たちの転送が始まった。


「薫クン、これを」ファサァー

 

 穂香が髪留めを外すと、桃色の髪がほどけ、風になびいた。髪留めを薫に渡した。

 穂香は小悪魔のような顔で薫に言った。


「薫クン? 早くさらいに来てくれないと、静流クンに浮気しちゃうから♪」ニコ

「何ィィィ!? どう言うこった穂香!? そりゃあ」

「静流クンが助けてくれた時、スゴくドキドキしたの」ポォ

「ダメ、静流は渡さない!」

「おいおい穂香、やけに積極的になったな」

「当り前よね? 女にもあるのよ? 賞味期限♪」


 薫たちの転送が終わった。

 穂香は顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。

 暫しの沈黙の後、ミミが口を開いた。


「穂香、よく頑張ったわね。もうイイわよ?」

「う、うあぁぁぁん! お母さん、ぐしっ」


 ミミにそう言われ、穂香は堪えていた感情を開放した。


「この血筋だもの。また会えるわ。きっと」

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