エピソードⅦ 五日目~六日目 だれかが風の中で

Ⅶ-①

黒龍寺 10月25日(金) 23:00時――


 『神降ろしの儀』は、隣の国分尼寺市にある、黒龍寺で行われる。

 黒龍寺はこじんまりとした寺ながら、入口の門と石段の間に、4mほどの高さの仁王像が二体一組で安置されている。

 石段を上った先に、特設ステージが設けられている。

 特設ステージの北側本堂寄りには椅子が用意され、親族用は最前列に配置されている。

 最前列には今回の主役である穂香が座り、五十嵐家現当主である、父・静と母・ミミ、兄・茂が座り、その隣に親族の薫が座った。

 ミミは、弓弦の遺影が入った写真立てを抱えている。

 親族の後ろには、スーツ姿のいかにもな政府関係者や、修道服を着たシスター等が座り、穂香の友人であるリナや忍たちは、その後ろの席であった。


「なぁ、女神様の行事だったら、普通『聖なんちゃら』ってカタカナの寺を使うだろ? なんでココなんだ?」

「さぁ? ココでやる事に意味があるんでしょ? 『啓示』があったとか?」

 

 リナの当然浮かぶであろう疑問に、雪乃は当たり障りのない返事をした。


「『儀式』に必要な条件が全て揃った所、なのかも知れませんね。ココが」


 ココにいるのが当たり前かのように、洋子は自然に溶け込んでいた。


「何で洋子がココにいるの? 部外者なのに?」

「し、失礼な! 私は穂香様の元学友です。幼稚舎からのお付き合いですから、幼馴染ともとれますわね。付き合いで言えば、私の方が長いんですの!」

「聖オサリバンの方は向こうにいらっしゃいますけど?」

「イイのです、ココで。で、いつやらかすおつもり?」

「は? 何の事かな?」

「しらばっくれないでも結構。『受肉』を阻止するおつもりなのでしょう?」

「おい、声が大きいぞ」


 リナ、雪乃、忍ときて、何故か洋子が座っていた。


「あ、流れ星だ!」

「始まったわね、ペガサス座流星群」


 そのさらに後ろで、紺色のスーツを着た女性が二人が、何やら話している。


「お疲れ様、左京ちゃん。あと一時間くらいかな?」

「あ! お疲れ。右京ちゃん。うん、そうみたいだね」

「左京ちゃんの方は、とりあえず、コンプ出来そうだね?」

「お陰様で。右京ちゃんの方は?」

「さぁ? これからですから。ガンバですよ、静流様ぁ♡」




              ◆ ◆ ◆ ◆


 23:50時――


 流星が止んだ。すると、赤い星が現れる。


「いよいよ女神のお出ましか。ケツのご主人様は、ちゃんとスタンバってるのか?」

「さぁね。オシリスを信じるしか無いわね」

「穂香ちゃん、大丈夫かしら?」


 三人の心配をよそに、時間は刻一刻と過ぎていく。

 人間サイズの、半透明のシズルカが空から舞い降りた。


「おお、シズルカ様が降臨なされた!」

「ああ、女神様!」


 周囲の者たちが騒いでいる。


「アレがシズルカか? 実体は無いのか?」

「恐らく、本体である『神格』は、あの赤い星だと思います」

「穂香としゃべってるみたいだけど、何も聞こえないぞ?」


 半透明のシズルカが穂香の前に来た。


『五十嵐穂香よ、我の寵愛を受ける時が訪れた』

「…………」

『どうした? 怯えておるのか?』


 シズルカの呼びかけに、穂香は沈黙をもって抗った。


『案ずるでない。心を開け』


 穂香は、両手を握り締め、精一杯の声量で、シズルカに自分の思いをぶつけた。 



「シズルカ様…………私は、貴女を『拒絶』します!」



『何、だと?』

「体の一部なら、喜んで捧げます。ですが、『心』までは……」


 シズルカは一瞬怒りの表情を浮かべたが、すぐに柔らかな微笑みになり、穂香にこう伝えた。


『済まなかった、穂香よ。そなたがそれほど苦悩していたとは。女神として恥ずべき事である』


「では、お考えを改めて頂けるのですか?」


『無論だ。そなたの苦痛を今、解放しよう』


 半透明のシズルカは、右手に桃色のオーラを集中させ、穂香に向けた。


『さあ穂香よ、私に『全て』を委ねよ』パァァ

「ううっ!……は……い」


 シズルカが放ったオーラを浴び、穂香は動きを止めた。穂香の目は虚ろで、焦点が合ってない。

 周囲が騒ぎ出した。


「シズルカ様!? どういう事です? 『全て』とは?」

「私共は、『体の一部』と聞いておりますが」


 顔面蒼白になって訴えている穂香の両親に対し、シズルカは一切聞く耳を持たなかった。


『ええい黙れ! 全てと言ったら全てじゃ! この私が選んだのだ、穂香とて本望であろう』


「シズルカ様……まつろわぬ神となられた、のか?」

「我が娘を邪神に乗っ取られるくらいなら、この手で!【アイシクル・スピア】!」シュババ


 落胆している静を置いて、ミミはシズルカに取り込まれそうになっている穂香もろとも、攻撃魔法を放った。


『ふ。温いわ』パキィィン

「クッ!」

 

 シズルカは、ミミが放った氷の槍を、いとも簡単に霧散させた。


『おのれ! 神に逆らうか。罰を与える。思い知れ!』シュパ


 シズルカは無詠唱で右手を真横に払う。すると光の刃がミミめがけて飛んでいった。


「いやぁぁ、穂香ぁぁ!!」


 ミミは手で顔をガードするが、意味のない事だと頭で理解している。自分は死ぬのだ、と。



 バチィィィン!



 ミミは無傷だった。 

 何者かがミミの前に立ちはだかり、光の刃を素手で受け止め、握りつぶした。


「無様だな、邪神よ」

『貴様、何故、我の姿をしているのだ?』


 ミミの前に立っているのは、もう一人のシズルカだった。

 しかも、まるで実体があるかのように、フルカラーであった。 


「シズルカ様が、二人?」

「どう言う事だ? ミミ?」


 腰が抜けて立てないミミを、静は抱き起こし、ステージから引きずり下ろす。


「わからないわ。でも、穂香が危ない」

「クッ! 俺たちは、ただ見てるだけしか出来ないのか!?」


 半透明のシズルカに、フルカラーのシズルカは言い放った。


「穂香を放すのだ。言う通りにすれば大目に見てやってもイイぞ?」

『笑止。この機会を千年待ったのだ。私は下界に降りる!』

「まだまだ赤子よのう。浅はかで、愚かだ」

『愚弄するか貴様!これならどうだ?』 



  シュババババ!



 半透明は穂香を抱えながら、フルカラーに無数の斬撃を繰り出した。

 斬撃はフルカラーに届く前に、次々と霧散していく。


「効かんよ。諦めろ」

『く、来るな! こ奴がどうなっても、は!?』


 半透明は手元に穂香がいない事に今頃気付いた。

 穂香はどこにいるかと言うと、来賓席の後ろで見覚えのある男子生徒と共にいた。

 男子生徒は魔力切れか、冷や汗をかき、顔を真っ青にして苦笑いを浮かべ、親指を立てた。


「清瀬……クン?」

「僕にも出来たよ! 薫さん!」


 清瀬とは、先日の「机が降って来た事件」の当事者である。

 清瀬は【瞬間移動】で自分を半透明の脇に移動し、穂香を背負って離れた所に移動したのだ。

 穂香は気を失っているようで、清瀬は穂香をそっと地面に降ろした。



「ナイスよ清瀬クン! うん。惚れた♪」ニパァ



「おっふぅぅん!」



 清瀬は、薫の渾身のニパを食らい、大きくのけ反った。


「ヤベえ。アネキの惚れ癖が出ちまった」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 ステージの神々たちの争いはと言うと、


「全くもって愚鈍である。それでも神か?」

『グギギ、よくも我を愚弄したな!『神格』さえあれば我も……』

「また馬鹿な事を。貴様の負けだ。邪神」

『何だと!?』

「わからんのか。星を位置を見よ!」


 フルカラーは天空の星を指した。


『ば、馬鹿な……』

「ある女神に、流星を降らせる時間を少し遅くしてもらった」

『な、何だと?』

「つまり、チャンスタイムはもう終わったんだ!」


 受肉の条件であった刻は、もう過ぎていた。


「おのれ、おのれ、おのれ、おのれー!!」


 半透明のシズルカは、憤怒の形相でフルカラーを睨んだ。


『我の念願であった、下界への足掛かりを……貴様ぁ!』

「えらいちっぽけな望みだったな。同情するよ」

『ええい、貴様、神である我に先ほどから無礼であるぞ!?』

「バレた? 意外と早めだったね」


 フルカラーのシズルカは、右腕の操作パネルをいじった。シュゥゥ


『人族? 馬鹿な、であれば我の攻撃が効かん筈は……』

「理解出来ないのも無理は無い。お前には失望したよ」


 フルカラーのシズルカが消え、代わりにいたのは、桃色の髪の、学生服姿の少年だった。

 紺色の詰襟は、ボタンが無いタイプで通称「海軍服」と呼ばれているものだった。


「お父さん、あれは、弓弦ゆづる……なの!?」


 ミミが目を見開いて前方に立っている少年を指さし、静に聞いた。


「違う。弓弦はもう、いない。彼は、静流しづるクンだ」

「静流?」

 

 ミミは涙で濡れた顔を、静に向けた。


「違う世界線の、僕たちの子だよ、ミミ」


 ミミたちとは少し離れた所で、忍と洋子は叫んだ。


「静流様!? 静流様よ!!」

「静流!? 間違いない、静流だ!」


「静坊なのか? カッコ付けやがって」

「静流さん、ちょっと見ない内におマセさんになって」


 静流と確認したリナと雪乃は、静流の成長ぶりに感心していた。



              ◆ ◆ ◆ ◆



「消えてしまえ! 小僧!」シュバ

「まだわからないの? シズルカ」


 シズルカは静流に斬撃を放ったが、静流は先ほどと同じく、斬撃を無効化した。


「お前ね、ちょっとは反省した方がイイよ。ですよね? 女神様?」


 静流はニヤけ顔で夜空を仰ぎ、そう言った。



『シズルカ、アナタには失望しました。ワタシが女神を代表して、アナタを裁きます!』パァァァァ


『何ィィ!?』



 上空からやはり半透明の女神らしきものが降りて来る。



「地母神 マキシ・ミリア、様?」


 ミミは口を両手で覆い、目の前の光景を半信半疑で見ている。


「女神様が新たに降臨なされた!!」


『シズルカ、ワタシは怒っています』ゴォォォ


 マキシ・ミリアが怒りの表情を浮かべると、晴天だった夜空に、突如雲が現れ、何かが降って来た。


「痛てぇ……ヒョウが降って来た!」

「皆さん! 本堂に入って下さい!」


 特設ステージにヒョウが降り注ぐ。儀式に参加している者たちは、あわてて本堂に入って行った。

 薫たちも穂香を忍に「お姫様抱っこ」させ、本堂に入って行く。

 人払いの為だったのか、ステージ脇のギャラリーがいなくなったのを確認すると、雲が消え、星空に戻った。


「アネキ、どうなってんだ? また女神が出て来たぜ?」

「忍、アイツ、静流なのか?」

「間違いない!静流だよ!」

「俺が最後に静流を見たのは、10歳くらいだったな。アイツ、大きくなりやがって」


 薫は、騒動の中である事を忘れてしまう位、ちょっと先でシズルカと対峙している静流を感心して眺めている。


「いたいた。そろそろ出番よ! みんな」

「オシリス!?」

「誰です!? オシリスって?」

「アナタ、ヨーコなの?」


 みんなの前に、オシリスがいきなり出現した。


「ねえ、静流がオシリスのご主人様?」

「静流様とは、どういったご関係?」


 忍と洋子が、オシリスにじりじりと接近して来る。


「今のご主人様よ。う、忍、怖い顔しないで、誤解よ。私は従者。旦那様じゃないから」

「何だ、下僕か。よかった」

「それを早く言いなさいよ。静流様がこんなチンチクリンの旦那様なわけ、ないじゃない!」

「ふぅ。何よヨーコまで。少しチクッとしたわね、その言い方」


 オシリスは誤解が解け、胸を撫で下ろしている。


「それで、合図っていつ来るんだ?」

「もうすぐよ。マキシ・ミリア様とシズルカは女神だから、直接やり合ってはダメなのよ」

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