Ⅵ-③


五十嵐家  9:30時――


 静流は単独行動であり、ココの住民に溶け込む必要は無かった為、時間を持て余していた。

 違う世界線にある自分の家や学校を見ておきたかったようだ。

 静流は不可視化を展開し、五十嵐家を見て回った。


(フフ。母さんは相変わらずだな。ん? 何見てるんだろ?)


「弓弦、今晩、穂香は女神様の祝福をけるのよ。スゴいでしょ?」


(茂さんと穂香姉さん、そして亡くなった弓弦クン、か)

(弓弦って、アンタと同い年みたいじゃない)

(微妙にかすってるんだよな、何か気持ち悪いよ)

(あまり干渉しない方がイイんじゃない?)

(そうだね。行こう)


 静流は五十嵐家を出て、市街地に向かって歩き出した。


「で、この後どうするのよ?」

「そうだな、国尼に行って、ついでに太刀川にでも行って来るか。薫兄が女の子になってるんでしょ? ちょっと興味あるし」

「薫様を、甘く見ない方がイイわよ?」




              ◆ ◆ ◆ ◆




太刀川魔導高校 屋上  12:05時――


 静流は屋上で日向ぼっこをしていた。


「やっぱ同族だよな。穂香姉さんも、どこか薫子お姉様に似てるし」


 薫子は薫の妹である。わけあって薫とは一緒に住んでいないが。

 その時、屋上の出入口の鍵を開け、屋上に数人が弁当を食べに来たようだ。


「ん? 誰か来たな」


 静流は【不可視】を展開した。シュン


「お疲れ様、みんな。はいお弁当」

「サンキュ。ココで弁当食うのも終わりか」

「珍しい。リナが感傷に浸ってるわ」

「そんなんじゃねえよ。ただ……」

「ただ、何ですの?」

「居心地は、良かったよな」

「確かに。私も生徒だったのなら、もっと良かったんですのに」

「それよりミッションだ。もう時間が無ぇ、何とかしねぇと」

「何だろ? 懐かしい、この甘ーい匂い」

「忍? そんなオカズ、入れてませんわよ?」

「体臭の事。薫とか穂香にも似たような匂いなんだけど……」


(うわぁ、マズい、忍さんに見つかっちゃう)


 危険を察知した静流は、屋上から離脱した。


「ふう。危なかった。あれ? オシリス?」

 

 いつもは首に巻き付いて不可視化しているオシリスが見当たらなかった。




              ◆ ◆ ◆ ◆




 リナは屋上で丸まって寝ている、フェレットに似た獣をひょいとつまみ上げた。


「ん? 何だぁ? コイツは?」

「何?もう時間? ひゃあ、見付かっちゃった!」ジタバタ

「暴れんな、コイツ!」


 フェレットに似た自律思考型ゴーレムは、リナに首の後ろをつまみ上げられ、じたばた抵抗をしたものの、結局為す術も無く、だらんと下を向いている。


「アネキ、こんなの見つけたんだけどよ」

「何だよそのモフモフちゃんは? んん?」


 薫の顔が近づいて来る。

 薫と目が合う。ゴーレムはフリーズ寸前になっている。


「アネキ、さっきしゃべってたぞ、コイツ」

「人の言語が理解できるのか? おい、何か言え!」

「コンニチワ。ワタシ、オシリス」

「オシリス? まさかお前、『ケツ』か?」


「『ケツ』って呼ばないでよって……薫様?」


 薫とオシリスが見つめ合った。


「おいおい、モフモフちゃんの中身は、本当にケツなんだな?」

「そうよ。私だって、いろいろあったのよ。久しぶりね、リナ」


 オシリスは、肝心なところを省いて状況を説明した。


「つまり、お前とお前の主人は、ある女神からミッションを請けた、という事なんだな?」

「そうよ。詳しくは守秘義務があるから、言えないけどね」

「まさか、今日の『儀式』をぶち壊しに来た、とか?」

「めめ、滅相も無い。私たちは『ある方』の願いをかなえにやって来たの」

「何だよ、期待して損したぜ」

「その口調だと、『儀式』は成功しない方がイイの?」

「まぁな。おっと、守秘義務だったな」

「まあ、お気の毒よね。『受肉』が成功しちゃったたら、あの子は……」


 オシリスがつぶやいたのを、薫は聞き逃さなかった。


「やっぱそうなのか? おいケツ!」

「放してよ、もう! 一般にはそう。今の私だって、無から作った身体に魂を『受肉』したものだけど、人がベースじゃ、助からない、と思う」

「あってはならない事、なんだよな?」

「ええ。前代未聞ってわけでも、無いみたいだけど」

「止められねえのか? 儀式」

「う~ん。要は時間稼ぎすればイイのよね? 受肉なんて、ほんの数分だろうから」

「へへ。イイ事聞いちゃった♪」

「は、しまった。どうしよう、これじゃあしず…」

「しず?」

「何でもない! 今の話、忘れて頂戴! じゃあね」パッ


 オシリスは隙を見て不可視化を展開、逃げを打った。


「あ! ケツの奴! 逃げやがった」

「ほっとけ。アイツには礼を言わないとな。お陰で少し見えてきたぜ、突破口がよ」




              ◆ ◆ ◆ ◆




「じゃあ右京さん、手はず通り、お願いしますね?」

「かしこまりました。あら? オシリスちゃん?」


 恐らく静流側のコンシェルジュであろう女性と打合せをしていた静流。

 そこに、血相を変えて全力疾走して来るオシリスが見えた。


「た、大変よ! 静流!」

「どうしたんだよ? オシリス」

「見付かっちゃった、薫様たちに」

「え? マズいなぁ、それじゃあシナリオが変わっちゃうじゃん!」

「ご、ごめん。でも、薫様たちは何かやらかすつもりよ? 儀式を失敗させようとしてる」

「そうか。穂香姉を助けるつもりだな。よし、便乗しよう」

「どうするのさ? 静流?」

「今考えてる。例えば」ごにょごにょ


 静流は右京とオシリスに一つの案を提示した。


「うぇ? そんな事が可能でしょうか?」

「大義名分は守られるよね?」

「確かに。でもそう上手くいくかしら?」

「こうなった責任は取ってもらうよ? 薫兄を説得して来てよ、オシリス」

「ゲェ? 私?」




              ◆ ◆ ◆ ◆




昇降口  15:40時――


 授業が終わり、夕のお祈りを終えた薫と穂香は、昇降口にいた。


「穂香ちゃんはこの後、いろいろ準備があるんだよね?」

「うん。衣装合わせとか、いろいろ、ね。お寺の人が近くまで車で迎えに来てるみたい」

「私もリナたちとお寺行くから。その時、少し時間作ってもらえないかしら?」

「うん。大丈夫。私もみんなに会っておきたいし……」

「じゃあ、またあとでね。御機嫌よう」

「御機嫌よう。薫ちゃん」


 穂香とは校門で別れた。ちょっと先に黒い3ナンバーの車が停まっており、穂香はそっちに向かって歩いていく。

 周囲を見回した薫は、何の変哲も無い下校風景に、違和感を覚えた。





              ◆ ◆ ◆ ◆




3-B教室  16:00時――


 穂香と別れ、3-Bの教室に戻った薫。


「アネキ、どうだった? 穂香の様子」

「平静を装ってたが、やっぱ元気無かったな」

「そうか。朝の騒ぎは?」

「それが全然普通だった。【隠蔽】とか【偽装】とか使わないと、ああはいかないだろう」

「そう言やぁ、朝も登校して来る生徒、やけに少なかったよな?【人払い】とか使ってたのかも」

「『機関』が動いたのかも知れねぇな。大事な『儀式』の前だし」

「とりあえず放置でイイか。となると後は、どうやって『時間稼ぎ』するのか? だな」



 う~ん、と薫とリナ、忍は、薫の机を囲み、腕を組んで首をひねっている。すると、

 


「方法なら、あるわ」


 

 いきなりオシリスが【不可視化】を解いて、薫の机にちょこんと座っている。


「てめぇ、ケツ!」

「よしなさいリナ、聞かせてもらおうかしら? 元精霊のオシリスちゃん?」

「き、気持ち悪いです、薫様」

「イイ匂いがする。この甘い匂い、どこかで……」

「き、気のせいよ、忍」

「何か隠してるよね? オシリス」

「それよりイイの? イイんならもう帰るわよ?」


 オシリスは、忍の鋭い嗅覚に怯え、その場から立ち去ろうとした。


「待ってオシリス、お願い」


 薫は乙女モードでオシリスに迫った。


「どうも調子狂うのよね。わかったわ。私の主人からの伝言があるの」


「伝言って、何?」

「私のご主人様が何とかするから、『合図を待て』って。それまでは、何があっても手出し無用、だってさ」

「何だよ、ソレ」

「五十嵐家同士がこれ以上干渉し過ぎると、この先、ココの世界線がハチャメチャになっちゃうって言ってたわ。今でさえ『矛盾』が生じてるのに」

「傍観してろって言うのか?」

「安心して。『見せ場』は用意してるって、しず、ご主人様が言ってたわ」

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