Ⅵ-②
校門付近 07:38時――
少し前、薫が黒スーツ男の相手をしている隙に学校に向った穂香。
校門をくぐり、安堵の表情も束の間、行く手には黒スーツ男が立っていた。
「何なの? 私たちをどうするつもり?」
「悪く思わねえで下せぇ、穂香お嬢!」チャ
「ひいっ、銃?」
黒スーツ男は、穂香に向けて拳銃を構えた。
穂香は腰を抜かし、ぺたんと尻もちをついた。
「お嬢が悪いんですぜ? 坊ちゃんを出し抜いちまったから」
「茂兄さん? 何の事?」
「これ以上は話の無駄。お覚悟を」
穂香は地面の砂を握り、黒スーツ男の顔に向けて投げた。
「えいっ!」
「ぶはっ! 何しやがる! この小娘がぁ」
穂香の咄嗟の行動に驚いた犯人は、穂香に発砲した。
「きゃぁぁぁ!」パァン!
耳をふさぎ、目を固く閉ざした穂香が数秒後に見た光景は、
「ふう。間に合った」シュゥゥゥ
刀を横薙ぎに振り下ろした、戦国時代の甲冑のようなものを身に着けた少年だった。
「あ? 何じゃあ、ワレ!?」
「だ、誰? お侍さん?」
少年は穂香の前に立ち、銃弾を真っ二つに斬ったのだ。
「今どきサムライか? 次は無えぞ?」
「クク。果たして、そうかな?」
「何がおかしい! このぉ、あり?」バララ
黒スーツ男が構えていた銃が、輪切りになって床に落ちた。
「行くぞ! 成敗!」シュ
ゴン「はひぃ」バタッ
目にも止まらぬ速さで、犯人を峰打ちにし、無効化する。
「安心しろ、峰打ちだ」
刀を鞘にしまい、変身を解く少年。
「良し、決まったな」
「もうちょっと遅かったら、危なかったかもね?」
決めポーズ?のような恰好を取り、少年は何かと会話している。
「ふう。正直ヒヤヒヤものだったよ」シュン
「ま、結果オーライね」
甲冑を解除した少年は、まだあどけなさが残る、桃髪の少年だった。
「
後ろで腰を抜かしている穂香は、目の前の少年をそう呼んだ。
「しまった! うっかり変身解除しちゃった!」
「弓弦、弓弦なんでしょう? アナタ」
穂香は腰が抜けたまま、這いずる格好で少年の方に近付いて来る。
「もっと良く顔を見せて頂戴、弓弦!」
穂香は、少年の顔を両手で優しく包んだ。
「うひゃあ。気持ちイイ、じゃなくて!」
「ああ。大きくなったわね。弓弦」
「しょうがない、穂香姉さん、ごめんなさい! 【忘却】」ポゥ
少年は右手に水色の霧をまとわせ、穂香のオデコにそっと手を置いた。
「ふぇぇ、弓弦ぅ」
シュゥゥゥ
穂香は【忘却】を受け、トランス状態になっている。
「これでよし、逃げるよ、オシリス」
「いきなりポカやって。カッコ悪ぅ」
少年は気絶した黒スーツ男を背負い、【不可視化】を展開した。
◆ ◆ ◆ ◆
聖オサリバン魔導女学院 07:35時――
洋子は鐘を鳴らす塔に上り、魔導ライフルのスコープで穂香たちを視ていた。
「あの男どもは? 茂様が雇ったチンピラですわね?」
洋子は弾倉に魔弾をセットし、射撃体勢に入るが、
「薫様、お見事、ですわ」
薫が黒スーツ男を撃退した所だった。
「穂香様は? はっ!」
次に、リナたちが黒スーツ男を罠にハメている様子が見えた。
「なかなかやるじゃないの。ヤンキーも」
感心しながら、穂香の足取りをたどる。すると、
「危ない、穂香様、クッ!」
穂香が黒スーツ男に、拳銃を突き付けられている様子が目に飛び込んで来た。
咄嗟にライフルを構えるが、一拍遅かった。
「穂香様は!? ふぅ、無事ね。 ん? あの甲冑は、まさか!?」
洋子がスコープ越しに視ていると、甲冑を付けた少年と黒スーツ男との戦闘が瞬時に終わった。
そのあと、甲冑を解除し、桃色の髪をなびかせた少年が視界に入る。
「つ、ついに見つけましたわ! こうしちゃいられません!」
洋子はいそいそと装備を片付け、下に降り、太刀川高校に向かおうとしていた矢先、背後に紺色のスーツを着た女性が音もなく近寄り、
「失礼します。【忘却】」ポゥ
「はひぃぃぃ」
洋子は謎の女性に【忘却】を掛けられ、ぺたんと尻もちをついてしまった。
「悪く思わないで下さいね。洋子さん」
◆ ◆ ◆ ◆
「穂香ちゃん! しっかりして!」
駆け寄った薫は、ぺたんと尻もちをついてぼーっとしている穂香を揺すった。
「ふぇ? 薫ちゃん?」
「一体、何があったの?」
「変なおじさんが私に銃を向けたの。そしたら……」
「そしたら?」
「あれ? 何だっけ? 忘れちゃった」
穂香に掛けた【忘却】は、有効だったらしい。
「アネキ、これ見てくれよ」
「何? ん? コレは……」
リナが見つけた物は、先ほどサムライが真っ二つに斬った銃弾だった。
「見事な剣戟ね。只者じゃないわ」
「よくわからねぇ足跡もあるぜ?」
「この大事な時に、あーもう」
薫は、癖である首の後ろを搔く仕草をしながら、周りを見回した。すると、
「薫ぅ、こいつらどぉすればイイ?」
「忍? アンタ、やるじゃない」
「俺、ヤる時はヤる!」
忍は、両腕に黒スーツ男を二人ずつ引っ掛けた状態で薫たちに近付き、その後男どもを放った。ドサッ
「そんな奴ら、転がしときゃイイさ、な? アネキ」
「ええ。とにかく、穂香ちゃんを保健室に連れて行くわよ? 忍、頼むわね?」
「わかった」グゥン
「は、はひぃぃ」
薫に指示され、忍は目を回している穂香を「お姫様抱っこ」して、保健室の方に歩き出した。
「ん?……あぁん? 気のせいか?」
リナはふと振り向き、目を細めた。暫くの沈黙があったが、諦めて薫の後を追った。
◆ ◆ ◆ ◆
「ふう。何とかやり過ごしたみたいだ」
隅っこの物影に男を隠し、【不可視化】を展開しながら様子を見ていた少年。
すると、首に巻き付いている、フェレットに似た自律思考型ゴーレムが、小刻みに震えている。
「どうしたの? オシリス?」
「ヤバいわ。ヤバ過ぎる」ガチガチ
「何がヤバいのさ?」
「さっきのリナでしょ? って事は、『あの方』がいるって事じゃない!」
「確かにリナ姉に似てたな。じゃあ、さっき穂香姉さんの傍にいた同族は、薫兄?」
「恐らくね。この世界線では女の子になってるみたいだから、ちょっと安心したわ」
「とにかくコッチはコッチ。ミッションの準備、始めるよ?」
「わかってるわよ。もう」
「でもさぁ、こいつら、どうしようか?」
少年が腕を組み、首をひねっていると、
「その輩たちは、わたくしめにお任せを」シュタ
少年の前に、見た事のある、スーツ姿の少し小柄の女性が現れた。
「あ!『機関』の方ですね? 助かります」ニパ
「ふぁう。実在されていましたか。コレが噂に聞く『ハニカミフラッシュ』なのですね? 何と心地イイ」
「コンシェルジュ、さん?」
「五十嵐静流様、お初にお目にかかります。片山左京です」
「左京さん? えと、小松右京さんとはご親戚とか?」
「ああ、そちらの担当は彼女でしたか。ええ。いとこですよ。右京ちゃんは静流様の大ファンでしたから、さぞ喜んだのでは?」
「ええまぁ。やけに興奮してて、いきなりサインを求められました。イイ迷惑ですよ」
静流は、本人に許可なく、勝手に『薄い本』の主役級キャラにされている為、アングラ界では割と有名人である。
「そうでした! 静流様がお見えになったと知ったら、忍様がお喜びのあまり、失神されるのでは?」
「うげぇ? 忍さんもいるんですか? リナ姉は確認したんですけど。マズいなぁ」
「ええ、いらっしゃいますとも。ご紹介致しましょうか?」
「あ、実はあるミッション中なので、皆さんにはくれぐれも黙っていて下さい」
「そうでしたか。わかりました。もちろん守秘義務は遵守致します」
「ありがとうございます。ミッション完了後にご挨拶に行きますよ。転送までの間に」
「かしこまりました。ご健闘をお祈りしています」
◆ ◆ ◆ ◆
保健室 08:15時――
念のため、保健室に穂香を連れて行った薫たち。雪乃に穂香を診てもらう。
「そんな事があったんですの?」
「で、穂香ちゃんの容体は?」
「問題無いわ。ただ、【忘却】を掛けられた節があるわね」
「さっきの一件で、穂香ちゃんに見られては困るものを見られてしまった、とか?」
「その線で合ってる、と思いますの」
「敵、じゃあ無いよな?」
「わからない。情報が少な過ぎますの」
ベッドで寝かせている穂香を、みんなで眺めていると、
「う、う~ん、あれ? 保健室?」
「穂香ちゃん、大丈夫? 貧血かしら?」
「大丈夫だよ。あのね、不思議な夢を見てたの」
「夢?」
「うん。大きくなった、弓弦に会った夢」パァァ
穂香はその夢を思い出し、うっとりと微笑んだ。
「穂香クン、マジ天使。抱きしめてイイ?」
「ふぇぇ?」
「コラ忍、静坊に言い付けっぞ!」
「それはダメ、勘弁して」
「もう、忍クンったら。フフフ」
薫は腕を組み、自然に笑えるようになった穂香を、優しい眼差しで見ていた。
(ぜってぇ護り抜く。この穂香の笑顔を……)
そして薫は、拳を強く握った。
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