Ⅴ-②

JR太刀川駅周辺 甘味処「ロプロス」 16:20時――


 昨日穂香たちと来た甘味処に、薫たちはまた訪れた。

 薫は昨日と同じ、壁際の隅っこを選んだ。

 

「私はブレンドコーヒーとたい焼きを」

「アタイはチャイラテとティラミスね」

「はい、かしこまりました。あ、あの、お客様」

「ん? 俺?」


 ウェイトレスは、忍に何か言いにくそうにモジモジしている。


「おわかりかとは思いますが、一度クリアされたものについては……」

「え? ダメなの? どぉして?」グイ

「ち近いですお客様ぁ、ああっ」クラッ


 忍に言い寄られ、ウェイトレスは顔を真っ赤にして照れた。


「忍、わがまま言わない。わかった?」

「じゃあ、ギガMAX抹茶白玉ぜんざい、でイイ」

「ふわぁ……か、かしこまりましたぁ!」


 忍は、口をとんがらせて他のものを注文し、ぽーっとしていたウェイトレスは、はっと我に返り、ぴゅーっと奥に戻っていった。 


「あの方は昨日の、スイーツ男子よ♡」ヒソ……

「毎日来られるのかしら? 通っちゃいそう♡」ヒソ……


「おい忍、お前ェのせいで目立ってるじゃんかよぉ?」

「そんなの、無視すればイイ」


 周りから生温い視線を感じながら、待ち人を探す。

 約束の時間となり、聖オサリバンの制服を着た生徒が、入口から入って来た。カラン




              ◆ ◆ ◆ ◆




  『皆殿みなとの・キャロライン・洋子』さんね?


 薫は提示された生徒手帳を見ながら、狙撃手の方を見た。

 色白で、背中まである銀色のストレートヘアが綺麗な女子である。


「またお会いしましたわね。五十嵐薫様」

「アナタ、ウチの学校の生徒に、何故あのような真似を?」

「…………」

「何とか言ったら……」

「リナ、 落ち着いて」


 薫はリナを止め、言葉を選びながら慎重に尋問を始める。


「穂香ちゃんに当たったら、どう責任取るつもりだったのかしら?」

「私は、そんなミスはしないわ」

「んだとぉ?……アネキィ」

「理由、聞かせてもらってもイイかしら?」


 キレかかっているリナを止めながら、自分も憤りを抑え、言葉を紡ぐ薫。


「……間違いがあってはいけない、と思いましたの」

「間違い?」

「もうすぐ『儀式』です。それまでに何かあってはいけないと」


「そう言うのは私たちがやります。アナタは無事に儀式が終わる事を祈っていて下さい」

「アナタたち、あれで穂香様を護っているつもりなの?」


「何ですって?」

「穂香様はガラスのように繊細なお方。それをアナタたちのような野蛮な人たちに……」


「言いたい事は、それだけ?」

「当日は私も行きます。くれぐれも足を引っ張らないように、お願いしますね?」


 洋子は言いたい事は言ったので、帰ろうと席を立とうとした。


「ひとつ、聞いてもイイかしら?」

「はい? 何でしょう?」


「未確認なのだけど、儀式で女神様は【憑依受肉】されると言う説があるの」

「【憑依受肉】ですって!? では、穂香様は」

「そう。もしそうだとしたら、穂香ちゃんの人格は崩壊してしまう」

「何てことでしょう……阻止しなくては」

「待って洋子さん、私たちも何とかしようと今、調べているの」

「私にも、協力させて下さい。お願いします」

「アナタ、『儀式』には詳しいのかしら?」

「知っている事は、全てお話しします」


 洋子が知っている『儀式』については、


 ・日付が変わる一時間前、西の空にペガサス座流星群が見られる。流星は、1時間の間、約50個が降り注ぐ。

 ・流星が止む頃、近くに赤い星が出現し、女神が降臨、儀式が始まる。

 ・穂香の誕生日である10月26日(土)零時丁度に儀式が完了する。

 

 と言った内容であった。


「ふうむ。今のところ、つけ入る隙が無いわね」

 

 薫は考える時の癖である、顎を触る仕草をしている。


「薫様って、そういう仕草、男性的ですのね? クス」

「良く言われるわ。手癖も悪いって良く怒られるのよ?」


 薫は洋子を軽くけん制した。


「怒らせてしまったみたいね。ごめんなさい。あの机みたいにベコベコになりたくはありませんから」

「洋子さん、一部始終私たちを見ているの?」

「授業には、式神を座らせていますので、問題ありませんわ」フン


 洋子は何食わぬ顔で、コーヒーを口に含んだ。


「もしかして体育の時、ソフトボールの球に【加速】を掛けたのは?」

「あれは、私じゃありません。茂様が雇ったチンピラです」

「何ですって? 茂さんが?」

「とっさに軌道を変えようとしましたが間に合わず、もうダメかと思ったら、そこの人が」


 ギガMAX抹茶白玉ぜんざいをかき込んでいる忍を指した。


「私は、茂様が穂香様を良く思われていない事を知っていました。恐らく、儀式前に傷モノにでもしてしまおうと思われたのでしょう。無様な話です」


 意外な黒幕がいる事がわかり、これで謎が解けた。

 

「なあ、傷モノっていう線だと、例えば、穂香の『初めて』を奪う事が出来れば、『生娘』と言う条件は満たされなくなって、受肉は止められるんじゃねえの?」

「そんな事では儀式は止められません。身体の傷など、女神様の権能でいくらでも再生可能です。たとえ、処女膜であっても」


 リナの思い付きは、一瞬で霧散した。最も、穂香自身もそう思っていた事だった。


「穂香も体張ろうとしたんだ。何とかならねえのか? アネキ」

「そうは言っても、相手は女神様だからね。お手上げ、かも」


 リナと薫は溜息をつき、腕を組んで下を向いた。

 洋子は忍を睨み付け、聞いた。


「そう言えばアナタ、穂香様とはどういうご関係?」

「クラスメイト。友達。その他」

「恋人では無い……と?」

「俺の嫁は静流だけ」


 忍の答えに、洋子は反応し、小刻みに震えている。


「静流様……ですって?」

「何か問題でも?」

「大有りです! 静流様は私の将来の旦那様です!」

「静流を、知ってるの?」

「もちろん。私は何度もビジョンを見ました。あの方と共にいるビジョンを」

「私は、前世で静流の奥さんだったの」

「何ですって!?」



              ◆ ◆ ◆ ◆




 このあと、肝心なところをぼやかして洋子に説明し、洋子も納得してくれたようだ。

 忍の説明は冗談としか受け取ってもらえなかった。


「では、薫様の従弟が静流様なんですのね?」

「ええ。そうよ。今の内、ゴマでもスッときます?」

「結構です。私は自分の力で静流様を見つけ出しますので」

「それは頼もしいわね」


「今はとにかく穂香様です。何としてでもお護りしなければ」

「利害の一致、と言うのよね、こう言うの」

「私はアナタたちと、特に敵対しているわけでも、慣れ合うつもりもないんですけど?」

「結構。ではそれぞれが穂香ちゃんを護る。これでイイわね?」

「わかりました。とにかく、茂様の行動にはお気を付けて」




ペパロニ・フォーレン荘 202号室 18:30時――


 洋子と別れ、アパートに戻った薫たち。雪乃の部屋で夕食を摂っている。

 茂から狙われている事を知った三人は、明日の警備計画を練った。


「先ずは登校時だ。俺はバス停まで穂香を迎えに行く」

「アタイは、組のもんと、ちょっと試したい事があるんだけどよ」

「部外者を巻き込むからには、危険は無いんだろうな?」

「問題無ェって。ヤバくなったら逃げるからよ」

「忍はどうすんだ?」

「普通に登校する」

「まぁ、その方がイイか」


 食べ終わった食器を片付け、お茶を淹れる雪乃。


「学校も明日が最後なんですのね。ちょっと寂しい気もしますわね?」

「まぁな。左京さんよぉ、アタイらが転送されちまった後、ココの連中って、本当にアタイたちの記憶、跡形も無くなるのかな」

「そうですねぇ、『イイ夢を見た』程度には残るのでは?」

「ウチの家系は多分、くっきりと残るだろうよ。叔父さんが俺を初見で見破った位だからな」

「さすがは『桃髪家の一族』ですね」


 ミッション四日目が終わった。

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