Ⅲ-②

聖オサリバン魔導女学院 正門 16:00時――


 太刀川魔導高校から女学院までは、徒歩で20分ほどである。

 薫は穂香に案内され、女学院の受付に来た所であった。


「シスター、ご無沙汰しております。五十嵐穂香です」

「まあ、お久しぶりぃ。穂香さんとその方は?」

「いとこの薫ちゃん、です」

「どうも、五十嵐薫です、シスター」

「日吉ムムです。薫さん」


 礼拝堂に参拝したいとの薫の申し出を快諾してくれたシスター・ムムは、薫たちを礼拝堂に案内する。


「穂香さん、ちょっと見ないうちに、またお綺麗になりましたね?」

「まあ、シスター、おだてても何もありませんよ?」

「それに薫さん、アナタも魅力的よ。ちょっとワイルドな所とか」

「は、はぁ。それはどうも」


 ムムを先頭に、二人が並んで追随する形で礼拝堂に向かう。途中、学院の生徒とすれ違う。


「あ、あのお方は、五十嵐穂香様よ。巫女候補の」ざわ……

「ムフゥ。お隣の方も素敵ね」ざわ……


 周りで生徒がささやき合っている中、一人の女生徒が穂香に近付いた。


「穂香様、御機嫌よう」

「あ、洋子ちゃん。御機嫌よう」


 洋子と呼ばれた女生徒は、銀色の髪をした。スレンダー体形の美少女だった。


皆殿みなとの・キャロライン・洋子ようこです。穂香様とは中等部までご一緒でしたの」

「いとこの五十嵐薫、です。よろしくお願いします」


 洋子は薫を見るなり、眉をピクッとさせたが、そのあとは気さくに対応してくれた。


「丁度、夕のお祈りのお時間ですので、お二人共ご一緒しません事?」

「そうさせて頂ければ、助かります」




              ◆ ◆ ◆ ◆



礼拝堂 16:20時――


「はいみなさぁーん!夕方のお祈りを始めまーす」


 若い男性の神父が号令を掛けた。


「今日のお祈り当番はぁ、皆殿みなとのさん、お願いします」


 洋子は「はい」と返事を返しすっと前に出て『地母神マキシ・ミリア』像並びに『戦乙女神 シズルカ』像に向かい、お祈りの言葉を述べる。


「私は今日、久方ぶりに穂香様にお会い出来ました。私の望みがひとつ、かないました。このめぐりあわせに感謝を捧げます」


 洋子のお祈りが終わった。すると他の周りの生徒たちが一斉に、 


「主よ、私たちの祈りを聞き入れて下さい、ジーメン」と唱えた。


「では聖歌隊、お願いします」


 聖歌隊と呼ばれた数人が聖歌を斉唱している。他のものはロザリオを手に祈りを捧げている。

 薫はロザリオを手に、前の子の真似をした。


「はい、結構。これにて夕方のお祈りを終わります」


 生徒たちが校舎に戻っていく。


「薫ちゃん、ちょっと、イイ?」


 くいっと薫を神父の前に差し出す穂香。


「ハクトー神父、ご無沙汰しております。こちらがいとこの『五十嵐薫』ちゃんです」

「穂香様、ご立派になられて。おお、美しい。薫様、お会い出来てこのジルベール、この上ない喜びです。どうか私の事は親しみを込めて『ジル』とお呼びください」 

「恐縮です。ジル神父」

「素晴らしい! あなたから発せられる暖かなオーラ、そして、この、女性であるにもかかわらず、男性的でワイルドなかぐわしい香り ヌハァ」


 ジルベール・ハクトーは片膝をつき、恍惚の表情を浮かべている。


「あの、シズルカ様にお祈りを捧げても?」

「どうぞどうぞ。ごゆるりと対話なさって下さいませ」


 間違いなくイケメンの部類に入るであろう神父だが、発言がいちいち引っかかるのに、薫は戸惑った。


「薫ちゃん、ハクトー神父ってどうも、コッチらしいよ?」


 穂香はオカマを指す、手を口のあたりに持って行く「オホホ」の仕草をやって見せた。


「ゲェ、そうなの? 何か勿体ない感じ」

「だから女の子ばっかりでも、問題が起きないんだよ」

「そうか。安全パイって事か」

「ん?何が?」

「ううん。適材適所って言う事ね」


 薫はシズルカ像の前でひざまずき、ロザリオを手に目を閉じた。


〔母さん、俺だ〕

〔薫? お疲れ様。で、どぉなのよそっちは〕

〔何とかやってる〕

〔穂香さんは?〕

〔今の所、無事だ〕

〔そう。で、やっぱり狙われてるの?〕

〔ああ。狙われてる〕

〔何としても、守り抜くのよ?〕

〔わあってる。あと、静叔父さんにバレた〕

〔静クンに!? まあ、しょうがないわね、近親者だから〕

〔クリアには特に問題無いだろ?〕

〔そうね。場合によっては協力を仰ぐ事も出来るし〕

〔あまり長いと変に思われる。切るぞ〕

〔気を付けてね?じゃあ〕ブチ


 母親との念話が終わった。ゆっくり目を開ける。


「薫ちゃん、随分熱心に祈ってたね?」

「穂香ちゃんが無事でありますようにってね。お隣にいらっしゃる、マキシ・ミリア様にもお祈りしてたから」

「薫ちゃん、ありがとう」ガバッ


 穂香はたまらず薫を抱きしめた。

 それを見ていた洋子は、一瞬目を見開いた。



              ◆ ◆ ◆ ◆



 礼拝堂を出た三人。用が済んだ薫は、とっとと帰りたかった。


「もう、行ってしまわれるのね? 穂香様」

「また来るよ、洋子ちゃん。御機嫌よう」

「御機嫌よう。薫様も」

「ありがとう。御機嫌よう」


 洋子と別れの挨拶をして、学院の正門を出た二人。


「ふう。ちょっと緊張したなぁ」

「どうだった? 礼拝堂は」

「素晴らしかったわ。本物の女神像は圧巻だった」


 バス停に向かって歩いている二人。


「ねえ穂香ちゃん、何でココの高等部に進学しなかったの?」


 薫は突っ込んだ質問を穂香にぶつけた。

 バス停に着いて、待合用の椅子に腰かける。


「お母さんが高校は『太刀川』か『国分尼寺』にしなさいって。それで」

「穂香ちゃんは、それでよかったの?」

「私が巫女候補になってからは、お母さんの言う通りにしないとダメみたいで……」

「でも、良かったんじゃない? 太刀川で」

「うん。薫ちゃんとか、みんなに会えたし」


 路線バスが向こうから近付いて来る。


「あ、バスが来た。じゃあね、薫ちゃん」


 穂香はバスに乗り込むと、薫に手を振った。


「うん。また明日」


 ドアが閉まり、バスが発車する。

 薫はバスが小さくなるまでぼぉーっと見ていた。




              ◆ ◆ ◆ ◆




202号室 雪乃の部屋 18:30時――


 夕食の時間になり、雪乃の部屋にひとり、またひとりと入って来る。 


「アネキ、お疲れ」

「おう、お疲れ」

「はぁ、疲れた」

「どうも、お疲れ様です」


 それぞれがちゃぶ台に座ると、雪乃は次々に料理を並べる。

 並べ終わった雪乃はお茶を淹れ、正座する。


「では、頂きます」

「「「「頂きます」」」」


 夕食を食べ終え、お茶をすすりながら、今日の反省会が始まった。


「掃除の時のは事故だと思う。狙って出来るもんじゃねえし」

「って事は、今日は特にヤバいのは無かったんだな、アネキ」

「ああ。あと帰りに穂香と聖オサリバンに行って来た」

「モモさんに定期連絡か?」

「ああ。とりあえず、狙われてるってのは伝えた」

「しかし、誰なんだ? 黒幕は」

「案外、身内? だったりして」

「左京さん? アンタなぁ……」

「いや、その可能性もある、と思う」

「何だよ、ソレ?」

「アノ兄貴だ。やっぱ面白くはないだろ? 穂香が正式な巫女になっちまったら、必然的に家督は穂香に行っちまうんだろうし」

「チヤホヤされたいとか、そんなガキみたいな事でか?」

「坊やなんだよ。アノ家の家督なんざ、くれるって言ってもイヤだがね」


「そう言えばリナ、お前は今日おとなしかったよな?」

「ま、まあな。組の連中と遊んでた」

「放課後の行動にはとやかく言うつもりはねぇし、イイんじゃねえの? 穂香には誰かが付いてればイイんだからよ」


「お前はどうなんだよ、忍?」

「美術室で絵のモデル、やらされた」

「まさか、脱いだのか?」

「上半身……だけ」

「そりゃまた大サービスだな」

「うん。出血大サービス」

「大体想像付くから、みなまで言うな」


「雪乃先生はどうだった? 何か動きはあったか?」

「これと言っては。今日も怪我人と病人の世話で、てんてこ舞いだったわ」

「モテる女はツラいねぇ」

「そんなんじゃないの! でも、どうもおかしいのよ」

「何がだよ?」


「保健室に来た子みんなが言うには、その時、穂香ちゃんの近くにいたらしいの」

「とばっちりを受けた、とか?」

「そう考えると、合点がいくのよね」

「あるいは、穂香に言い寄る悪い虫を、片っ端から駆除して回ってる輩がいる、とか?」

「そっちもあり得るな。ただ俺たちの仕事は、あくまで穂香の護衛だ。犯人捜しは二の次だ」


「そうね。気を引き締めていきましょう」

「了解だぜ、アネキ」

「わかった」


 反省会が終わった。


「では二日目、お疲れ様でした!」

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