Ⅱ-⑥

五十嵐家 穂香の部屋 18:30時――


 風呂場でノビた薫は、一時間ほどで覚醒した。鼻にテッシュが詰まっている。


「はっ! ヤベェ、どこだ? ココは?」

「穂香の部屋、だよ?」

 

 飛び起きた薫の前にいたのは、穂香の父親、静だった。


「叔父様!?」

「災難だったね、薫クン? 隠さなくても大丈夫、だよ?」

「……わかっちゃうもんですかね? 近すぎるのも問題あるよなぁ」

「庵の奴は元気かい?」

「親父っすか? うちのはもう10年くらい行方不明ですよ。静おじさんもね」

「そうか。そっちの世界線は無茶無茶みたいだね?」

「ええ。残された希望は二つ下の『静流』でしょうね」

「そっちの我が息子か。弓弦と同い年か。会ってみたいなぁ」

「そのうち会えますよ。何せイレギュラーな家系ですから」

「厄介な家系に生まれたもんだな、ハハハ」

「全くです。ハハハ」


 二人でそんな事を話していると、階段を上ってくる足音がして、カチャ


「あ、お父さん! 何勝手に女の子の部屋に入ってるの?」

「う、うん悪かった。久しぶりに薫クンと話がしたかったんだよ」

「そういえば、そんな事言ってたね、お父さん」

「近いうちにまたおいで。その時話そう」

「叔父様。わかりました」


 二人の間に穂香が割って入り、父親を追い出そうとする穂香。


「もう、早く出てって! 大事な話があるの!」

「わかった、穂香の事、頼んだよ?」バタン


 ドアが閉まり、暫しの沈黙のあと、穂香はベッドで半身を起こしている薫に抱き付いた。


「ごめんね薫ちゃん、私、どうかしてた」 

「落ち着いて穂香ちゃん、大丈夫だから」


 薫が90度身体をひねり、足を床に着けると、穂香は薫の隣に座り、もたれかかった。


「私が汚れれば、巫女にならなくてもイイかな……って思ったの」

「そっか、それで。あまり慣れない事はしない方がイイよ?」

「うん。わかったよ」

「でも、私でよかった。他の子だったら、間違いが起きててもおかしくないもん」

「本当は、男の子に声かけようと思ったの。忍クン、とか?」

「うぇ? 忍、クン!?」




              ◆ ◆ ◆ ◆




3-B教室 廊下 13:50時 回想――


 体育の授業が終わり、教室に戻ろうと一人で廊下にいた忍に、穂香は声を掛けた。


「あ、あの、忍クン?」

「穂香クン、どうしたの?」

「さっきはありがとう。助けてくれて」

「問題ない」グッ


 忍は穂香に親指を立てた。 

 穂香はこわばった顔で忍に聞いた。


「忍クンは、好きな人、いる?」


 穂香は勇気を振り絞り、忍に聞いた。 


「いるよ。最愛の人が」


 忍のどストレートな回答に、面食らってしまう穂香。


「そ、そっか。忍クンにはもう想い人がいるのね?」

「うん。静流」

「静流さん、って言うんだ」

「そう。静流は俺の嫁」

「うわぁ、そこまで進んでるの?」

「前世から決まってる事」




              ◆ ◆ ◆ ◆




「あまりにも直球だったから、驚いちゃった。他の女子が聞いたら、ショックで失神しちゃうかもね。フフ」

「アイツ、掴みどころ無いでしょ? ぶっきらぼうで」

(ったく、アイツめ。でも結果オーライか?)


 他の男子に声を掛け、とんでもない事に発展するバッドエンドを想像し、ゾッとする薫。


「薫ちゃんは仲、イイよね? 忍クンと」

「アイツとリナは腐れ縁というか、まあ、そんなところ」

「私は、中等部まで聖オサリバンだったから、お友達も少ないし。イイなぁ。本音で話せる友達がいるなんて、羨ましい」

「何言ってるの? 私がいるじゃない。私だってこの家系に生まれた者だから、穂香ちゃんの気持ち、少しはわかるよ」

「ありがとう。少し楽になった、かな? フフフ」


 二人が笑い合っている所に、音もなく母親が割り込んできた。


「馬鹿な真似をしたものね。そんな事で反故に出来ると思って?」


「お母さん!」「叔母様!」


 母親の気配が全く無かった事に、薫は動揺している。


(相変わらず、よくわからん人たちだよな、母さんと言い……)


「薫ちゃん、今、葛城先生がお見えになったわよ?」

「雪乃? 先生が?」

「何でも、アナタをお迎えに来た、とか?」

「は、はぁ……」

(でかした、雪乃!)


 薫は穂香から借りたパジャマから制服に着替えた。


「穂香ちゃん、下着、洗って返すね?」

「いいの、取替っこしよ?」ニパ

「う、うん。わかったわ」

「でも意外だった。薫ちゃんってもっと大人の、お色気満点の下着、着けてると思った」

「そ、そんなのしないよ。お金ないし」

「雪乃先生が待ってるよ。早く行こ?」


 穂香は薫の手を引き、階段を降りる。

 玄関には雪乃が神妙な顔付きで立っていた。


「先生、どうしたの?」

「どうしたの? ではありません! さあ、帰りますわよ?」


 雪乃は薫の顔を見るなり、薫をひったくる勢いでたぐい寄せた。


「私はアナタの身の周りのお世話を、モモ様に頼まれているのです!」

「大変ねぇ薫さん? モモ姉様は相変わらずのようで」

「ええ、まあ。ご想像の通りです」


 薫は靴を履き、帰りの挨拶をする。


「どうもお邪魔しました、叔父様」

「薫クン、もう帰ってまうのかい?」

「お夕飯、ご一緒にって思っていたんですけど、残念だわ」

「またの機会にします。叔母様」

「今日はいろいろあったけど、楽しかった。また明日ね?」ニコ

「うん。じゃあね、穂香ちゃん、また明日」ニコ




              ◆ ◆ ◆ ◆




 五十嵐家を出て数分歩いたところで、薫の前をズンズンと歩いていた雪乃がクルッと振り向いた。


「薫? 何もされて無いですわよね?」

「う、うん。ちょっと、な」

「ちょっと何ですの? まあイイです。ウチで詳しく聞きますので」

「でもよぉ、良くココにいる事がわかったな」

「左京さんに聞きましたの」

「そっか、ワリィ、しくじった」




              ◆ ◆ ◆ ◆




202号室 雪乃の部屋 19:30時――


 帰宅途中で買い物を済ませ、雪乃の部屋で夕食を摂る。


「他の子には適当に作ったものを用意しておきました」

「済まねえ、気を付ける」


 ちゃぶ台に座り、スーパーで半額になっていた弁当を食べる。

 雪乃はお茶を淹れ、湯呑を薫の前に置き、正座する。

 すると、外でバタバタと足音が近づいて来て、やがて、バァン!とドアが開いた。


「アネキ、無事か?」

「どうも、お疲れ様です」

「五十嵐家の事、教えて」


 リナ、左京、忍の順に、ゾロゾロと雪乃の部屋に入って来る。


「んもう、アナタたちってば」


 薫が弁当を食べ終わった所で、今日の反省会が始まった。

 先ず議題に上がったのは、体育の時間で起こった事であった。 


「アレは間違いなく、穂香を狙っていた」

「でも、投げたヤツも打ったヤツも、レベル1以下だった」

「球に細工とかって、出来ないのかしら?」

「あの後、そのまま使っている所を見ると、球自体には付与とかは無さそうだな」

「という事は、打球に加速を付ける魔法、とか?」

「その線が濃厚ですわね?」


 つまり、打った球の運動エネルギーを、魔法によって加速させた、と言う事で意見が一致した。


「そういやぁ忍、お前よくあの球に追いついたな?」

「そうそう、アタイたちも反応が遅れて、動けなかったんだぜ?」


 二人は体育の一件について、忍に聞いた。


「実は、常に『レべル1.75』をキープしてる」

「何ィ? そんな事、出来るのか?」

「自主練の時、編み出した」

「つうかお前、耳触るクセ、あったよな?」

「うん。自主練とも言う」


 忍は元々、耳たぶをいじる癖があったようだ。それで偶然見つけたらしい。


「2を超えなければイイんでしょ? 左京」

「確かに。問題ありませんね」

「そうか。その手があったか」

「各自、練習あるのみね?」

「わあった。やってみる」


 後はリナの『組問題』や、忍の『漫研』話があり、薫の『五十嵐家訪問イベント』の話になった。


「で、どうだったのかしら? 穂香さんの家族は?」

「両親は俺が知ってる叔父さんと叔母さんだった。兄貴はチャラくて好かんかった。やっぱ弟は10年前に亡くなってた」


「そう。それはお気の毒に」

「写真見たら、ガキの頃の静流にそっくりだったぞ?」

「静流に? 見たい」

「似ててもおかしくはないだろ? どっちもあの両親から生まれてんだからな」

「遺伝子学的には同じ、ですか?」

「そういう事だろう。あと、叔父さんにはバレバレだったよ。俺が違う世界線から来たって事」

「うぇ? 大丈夫なの? 薫?」

「別に構わねえよな? 左京さんよ」

「まあ、穂香様をお守りする事が指令ですから、問題無いでしょう」


 左京はスルーするつもりらしい。


「その後、何があったの? 薫?」

「穂香と、風呂に入った」



「「うぇぇぇぇ!?」」



 リナと雪乃は、目を見開いて驚いている。


「見たの? すべてを」

「ああ、見たな」

「それで、そのあとは?」ハァハァ


 雪乃の呼吸が荒くなってきた。


「洗いっこして、一緒の湯船に浸かって、【魅了】かまされて、鼻血吹いて、気ィ失った」



「「はぁぁぁぁ!?」」



 リナと雪乃は、さらに目を見開いて驚いている。



「アネキに【魅了】かましたって、近親者なんだから効かねえだろうに」

「じゃあ、別の所で吹いたんだ、鼻血」

「ああ、もろだったしな……面目ねぇ」


「おとなしそうな感じなのに、なんて大胆な子なんでしょう?」

「仕方ないさ、自身を汚せば、巫女にならなくて済むかもって思ってたらしいぞ?」


「生娘ってヤツか? おい、ヤバいんじゃねえ?」

「何よ? リナ」

「それが本当だとよ、誰でもイイから男に【魅了】かまして、ヤられちまえばイイって事になんないか?」

「確かにマズいわね。ヤケにならないで欲しい所ね?」


「忍、お前、穂香からアプローチあったろ?」

「え? ああ、アレがそうだったの?」

「またもやお手柄。アレで男に声掛けるの止めたらしいぜ?」

「そうなんだ。じゃあ、OKしてたらバッドエンドになってたの?」

「お前は毒耐性あっから、襲う事は無かったと思うが」

「穂香とだったら、ヤってみたい、かな?」

「おいおい、そう言うの無しな?」

「冗談、だよ?」


 主な内容は、以上のようであった。


「とりあえずは初日、お疲れ様でした!」


 怒涛の登校一日目が終わった。

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