Ⅱ-⑤

五十嵐家 16:00時――


 高校を出た薫と穂香は、路線バスに乗り、隣の国分尼寺市にある、穂香の家に着いた。


「ただいま。お母さん、薫ちゃんが来てくれたよ」


 玄関で穂香がそう言うと、ドドドドと廊下を走る音が近づいて来た。


「いらっしゃぁーい!!」キキッ 


 穂香の母親らしき人物は、足で器用にブレーキを掛け、ピタッと止まった。


「ご無沙汰してます。叔母様」

「まぁ! 可愛くなって。ちょっと茂? 早く来なさい!」


 母親は茂という者を呼んだが、薫にはピンと来なかった。


(ん?茂? ああ、お兄さんか)


「もう、しょうがないわね! 茂?」ドスドス


 母親は二階に上がって行った。


「とにかく上がって? 私の部屋に行こ?」

「う、うん」

(女子の部屋か……ヤベェな)


 穂香は自分の部屋に薫を案内した。


「座って。今お茶持って来るから」

「う、うん、ありがとう」

(うわぁ、何だ? この甘い匂いは……)


 穂香の部屋をキョロキョロと見回す。


「穂香らしいな。綺麗に整頓されてる。ん? これは……静流、か? 似ている」


 机の隅に写真立てがあり、三人の桃色の髪をした子供たちが写っていた。


「そうか、この子が弓弦クン……か」


 写真立てを手に取り、じっと見つめていると、ドアが開いた。カチャ


「もう10年経つんだよね。あっと言う間だったよ」


 お茶とお菓子をお盆にのせた穂香が寂しげな顔で言った。と後ろから誰かが入って来た。


「兄さん、いたの?」

「ちょっとな。あ、薫ちゃん、久しぶりだねぇ?」ニパ

「お邪魔してます。茂さん」

「うん。一段と綺麗になった。将来が楽しみだなぁ。ムフフ」

「兄さん? 薫ちゃんと二人になりたいの? イイかな?」

「おっと。これは失礼? またね、薫ちゃん?」

「ええ。また」 

(何だ? あのチャラい男は?)

 

 薫は茂という男はどうも好かなかった。


「ごめんね薫ちゃん、兄さんが変な事言ってたけど、気にしないでね?」

「茂さんって、昔からあんな、やさぐれた感じだったかしら?」

「ここ数年かな、私が『天啓』なんか授かったばっかりに」

「穂香ちゃん、そう気に病む事ないよ。女神様が何を考えてるなんて、考えてもしょうがないじゃない?」

「ありがとう、薫ちゃん」


 穂香はそっと薫の手をとって、薫の肩にもたれて来た。


「もう少し、このままでいたい。イイ?」

「イイよ」

(うはぁ、イイ匂い)


 暫く沈黙があり、唐突に階段を駆け上がる音が聞こえ、ドアが開く。カチャ!


「穂香! お帰り!」

「お父さん、いきなり入って来ちゃダメって、言ってるでしょ?」

「ごめんごめん。いらっしゃい、薫、クン?」


 穂香の父親は、意味ありげに薫をクン呼びした。


「ご無沙汰しています、叔父様」

「うんうん。発育は順調のようだね? って母さん?」

「お父さん、お話があります」グイ

「イタタタ、じゃあ、ごゆっくり」


 父親は母親に耳を掴まれ、引きずられて行った。すると母親が、


「穂香、一緒にお風呂入って来なさい」

「うん! 5時限目体育だったから、砂を落としたかったの。イイでしょ? 薫ちゃん」ニコ

「うぇ? えぇぇぇ?」

「そんなに驚かなくても。初めてじゃあるまいし」

「でも、着替え持って来なかったし」

「行こ? サイズ同じだったよね? 私の貸してあげるから」


 穂香に手を引かれ、風呂場に連れて行かれる薫。


(おい、マズい展開だぜ、こりゃあ)




              ◆ ◆ ◆ ◆




五十嵐家 風呂場 17:30時――


 二人は脱衣所で制服を脱ぎ、下着を取る。薫は天井を見ながら浴場に入った。


「座って。私が洗ってあげる」

「イイよ。自分でやるから」

「洗わせて。お願い」

「じゃあ、お願い」


 昼間見た穂香とは違う、やけに積極的な態度に面食らってしまう薫。


「薫ちゃん、お肌スベスベだね。ムフ」

「フハハ、穂香ちゃん、くすぐったいよ」


 薫の背中を穂香が洗ってくれている。

 たまに前の方にも手を伸ばし、胸やらお腹を触ってくる。

 気が済んだのか、お湯で泡を流してくれる。


「じゃあ、交代ね」

「え? うん」


 今度は穂香が椅子に座り、薫が洗ってくれるのを待っている。

 薫はスポンジを泡立て、穂香の背中を洗い始める。


「いくよ」

(ええい、もう知るか)

「あ、うん、気持ちイイ」

「そぉ? よかった」

「薫ちゃん、もうちょっと前も洗って?」

「こうかな?」

「うん、そこ。ああ。イイわぁ」

「じゃあ、流すね?」

(ヤバい、どうにかなりそう)


 お互いに洗いっこをした後、湯船に背中合わせに二人で入る。


「ふぅ。気持ちイイ」

「お湯、勿体ないなぁ」

「フフ。ねえ、薫ちゃん?」

「どうしたの、穂香ちゃん?」

「試してみたい事があるの」

「何? それ」

「私の目、見て」


 穂香はくるりと反転し、薫と息がかかる位に急接近した。


「ごめんね薫ちゃん【魅了】」ポワァ


 穂香の鳶色だった瞳が桃色に光った。

 薫は穂香の瞳をじっと見つめている。


「……やっぱり、ダメか。私、潜在的にはレベル2以上あるらしいんだけど」

「そりゃあ近親者だもん。効かないよ」

「そうだよね。ごめんね?」

 

 穂香は顔を歪め、苦笑いをした。


「理由、聞いても、イイ?」

「うん。出たら話すよ」


 暫く沈黙があったが、突然異変が起きた。


「薫ちゃん、大変! 鼻血出てるよ?」

「え? ほんとだ……」クラッ


 湯船の中で意識が遠のいていく薫。


「お母さん! 大変よ!? 薫ちゃんが!」


 それからしばらく風呂場はバタバタしていた。

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