Ⅱ-④

3-B教室 15:05時――


 6時限目が終わり、放課後となった。


「ふう。終わったぁ。忍クン、お疲れ」

「薫クンも。もう帰るの?」

「そうだな。穂香は部活とかやってんのかな?」


 穂香の方を見ると、浮かない顔で教科書をカバンにしまっている。

 薫は頬杖を突き、ぼんやりと穂香を見ている。すると、


「忍様ぁ、お喜びくださぁい!」シュタ


 どこから来たのか、いつの間にか二人のメガネ女子がしゃがみ、忍の机に両手を乗せている。


「ん? 誰? キミたち?」

「へ? またぁ、ご冗談を」

「ごめん、冗談抜きで、誰?」


 メガネ女子たちは顔を見合わせ、首を傾げている。やがてポンと手を打った。


「忍様ぁ? イイんですかね? コレ見なくて?」


 メガネ女子はカバンからドヤ顔で『薄い本』を出した。本のタイトルは、



 『脇を剃る。そして桃髪美少年を拾う。』

 

 

 であった。


「うがぁぁぁぁ!」ガシィ

 

 忍は本を一瞬でひったくり、充血した目でページをめくった。


「忍様のお好きな、『静流様シリーズ』の最新作ですよ?」

「入手するの、苦労したんですよぉ?」


 忍は一心不乱に本を読んでいる。本が薄いせいか、あっという間に読み終える。

 読み終えた忍は天井の方をぼんやり見て、やがて放心状態になった。


「ムハァ、忍様の『賢者タイム』が来たわぁ」

「苦労して手に入れた甲斐があったわね。ンフゥ」


 メガネ女子たちは、きゃいきゃいとはしゃいでいる。

 トリップから帰って来た忍は、メガネ女子たちに向かい、


「いい仕事だった。素敵な時間をありがとう」グッ


 そう言って親指を立てると、鼻から血がツーッと垂れて来た。


「「ひゃぅぅぅん」」


 メガネ女子たちは、大きくのけ反った。


「キミたちは、『漫研』の子かな?」


 薫が引きつりながらメガネ女子たちに聞いた。


「かか、薫様が私たちごときにお声を……はぅ」

「ああ、夢なら覚めないで……くぅ」


 メガネ女子たちはオーバーな仕草で悶えている。


「ごめんなさい、演劇部だったかしら?」


 「「くはぁぁぁ」」ガク


 薫の発言にいちいち大袈裟な反応をする二人。とそこに、


「薫ちゃん、帰りにウチ、来ない?」


 穂香だった。


「え? イイけど、どうしたの? 急に」

「お父さんが会いたがってたの。5時過ぎればいるから」

「叔父様が? 私に?」

「うん。お話があるみたい」


 薫は顎に手をやり、少し考えたあと、


「そう……わかった。お邪魔するわ」

「ありがとう。嬉しい」


 薫は穂香と見つめ合い、微笑み合った。その時、後ろの扉がバァンと空いた。


「「「リナ姉様!!」」」


 例の三羽ガラスであった。


「あんだぁ? お前ら」

「お迎えに、参りました」

「ココに来んなよ、恥ずかしいだろ?」

「ですが、コレがいつものやり取りですんで……」


「そうなの? 鈴木さん?」


 リナは前の席で困った顔をしている女子に確かめた。


「う、うん。大体いつもこんな感じ、だよ?」


 リナは眉をピクつかせ、三羽ガラスに静かに言った。


「お前たちに言いたい事がある。そこに連れてけ」

「は! ご案内します!」


 三人は別行動になりそうだ。お互いにアイコンタクトを取り、うなづき合う。




              ◆ ◆ ◆ ◆



音楽室 15:20時――


 夕のお祈りの為に音楽室に行く薫と穂香。


「御機嫌よう、穂香お姉様、薫お姉様」


「「御機嫌よう」」


「さあ、皆さん揃いました。夕のお祈りを捧げましょう」


 朝の委員長がそう言った。


「終わりのお祈りの言葉は、薫お姉様、お願いします」


「わ、私ですの? どうしましょう?」

(ヤベ、順番、もう来ちまった……)


「私に付いて来て。薫ちゃん」コソ

「主よ、今日一日、私を支えて下さった方々に、どうかお恵みをお与えください」


 穂香は小さい声で祈りの言葉を薫に教え、薫がその通り祈りを捧げる。

 薫のお祈りが終わった。すると他の周りの女生徒たちが一斉に、 


「主よ、私たちの祈りを聞き入れて下さい、ジーメン」と唱えた。


「続いて聖歌を歌いましょう。ピアノお願い」

「はい」


 聖歌を斉唱している。薫は昼に雪乃からもらったロザリオを手に祈りを捧げている。


「はい、結構。これにて夕のお祈りを終わります」


「「「お疲れ様でした」」」


 夕の祈りが終わり、それぞれが音楽室を出ていく。


「じゃあ、薫ちゃん、帰ろっか?」

「うん。行きましょう」




              ◆ ◆ ◆ ◆




体育館裏 旧校舎 15:15時――


 リナは三羽ガラスに案内され、体育館の裏にある年代物の木造校舎に入った。


「リナ姉様をお連れしやした!」

「良くやった、お前たち」


 リナを待っていたのは、今朝の騒ぎで会った、若宮を含めた6人であった。

 三羽ガラスを入れた9人の部下は、リナの言葉を静かに待っている。

 やがてリナが口を開いた。


「お前たち、こんな事してて、面白いか?」


 部下は沈黙を続けている。


「他の生徒の脅威になるような事、してんじゃねえよ!」


「していません! そんな事」

「あっしらは、基本『人畜無害』ですから。何より姉様がそう言う野蛮は許さない方、ですよね?」


「じゃあ、何してんのか説明してもらおうか? 記憶が飛んじまったアタイによ?」


 リナは用意された椅子にどかっと座り、ふんぞり返っている。

 

「アタイが説明します、リナ姉様」


 今朝の騒ぎにいた、ナンバー2らしき者が前に出た。


「リナ姉様1の子分、ゴールドの筆頭、若宮レイカでございます」


 若宮はうやうやしく頭を下げた。


「篠田組の活動理念、それは『真面目に馬鹿をやる事』です!」

「あぁ!?」

「かつてリナ姉さんは言いました。『お前たち、真面目に馬鹿が出来るようになれよ』と」


 リナの目が大きく開くのを、子分たちは見逃さなかった。


「確かに、そりゃあアタイのモットーだが? そんな事をアタイはお前たちに吹いたのか?」

(昔、アニキに言われたフレーズだよな、コレって)


「吹いたなんて、そんな」

「心を打たれたんス! アタイたちは」

「誰にも相手にされない、底辺のアタイたちを、泥沼から引き上げて下さった」


 部下たちはせきを切ったようにしゃべり出した。


「それで具体的に、これまでどんな馬鹿やって来たんだ? お前たちは」


 リナは興味が出て来たのか、組の実績を聞いた。


「ゾラ・マダガスカルを落とし穴にハメやした」

「ディアロプロスを睡眠弾で寝かせて、大タル爆弾で仕留めやした」

「ナイフでタランティーノを倒しやした」

「やさぐれメタルを仲間にしやした」


「ほぉ? やるじゃねえか、お前ぇら」


「まだまだでさぁ。『ディグダデグ』で254面をクリアした、リナ姉様には敵わねえっスよ」


「お、知ってんのか? そんな昔の事」

「はい。ウチのほうじゃあ『伝説』を通り越して『神話』になってやすよ。255面を見たのは、リナ姉様しかいねえって」




              ◆ ◆ ◆ ◆




「それで姉様、アノ裏技って?」

「アレはなぁ、〇と×を同時押した後に……」


 リナは、すっかり打ち解けたようだ。

 子分たちはリナの解説に夢中になっている。

 思い出したかのように、子分の一人がリナに思いをぶつけた。


「リナ姉様、組の解散なんて、言わんで下せぇ!」

「そんなの、寂し過ぎますぜ」

 

 暫しの沈黙があり、リナが口を開く。 


「まだ正直よくわからん。だが、お前ぇらの想いは、しっかりとココに届てるぜ」


 リナは自分の胸を指し、白い歯を見せて笑った。 


「リナ姉様、では」

「……わかった。解散は無しにしてやる」


「やった、良かった!」

「うぅ、ありがとう、姉さん」


 子分たちはきゃいきゃいと飛び上がっている。


「ただなぁ、もう少し、スマートに出来ねぇか?」

「具体的には? 姉さん?」



              ◆ ◆ ◆ ◆



漫研部室  15:20時――


 メガネ女子たちはやはり漫画研究会の部員だった。


「荒木メメと姫野ノノです。忍様ぁ」


 荒木・姫野コンビは、忍を部室に連れて来て、薄い本のコレクションを得意げに見せる。


「ブフゥ。至上の喜び」

 

 忍はたくさんの薄い本に囲まれ、恍惚の表情を浮かべている。

 頬は赤く染まり、鼻にはテッシュがつまっている。


「2ページ目には、もう裸になってる」

「それは、そういう本ですから」


「静流が受けのパターンが多いのは何で?」

「静流様は基本、流されるままが多いですね」

「イメージが湧かないんですよ。攻めの静流様は」


「確かにそうかも知れない」

「まるで実在しているかのように語りますね? 忍様は」

「わかります。二次元への愛。尊いわぁ」


 忍は薄い本を見ながら、荒木・姫野コンビに意見を述べる。


「コレはイイ。静流がシズルカ様と絡んでいるカットは秀悦」

「ああ、それですか、サラ・リーマンと言う外国人が描いています」

「私たちからすると、ライバルになるんですがね」


「何と、静流のグローバル化……素晴らしい。でも、少しイヤ」

「なぜです? 忍様?」

「静流を独り占め出来ない」


「「ふぁうぅん」」


 荒木・姫野コンビは、大きくのけ反った。

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