Ⅰ-③

203号室 薫の部屋――


「ふう。学校か。俺、苦手なんだよなぁ」


 薫はベッドに寝そべり、手を後ろに組んで頭の下に置く。すると、ドアがノックされる。コンコン


「何だ?」

「私ですわ。ちょっとイイかしら?」カチャ


 雪乃だった。【事象改変】で容姿が少し大人びた印象を受ける。

 少し困ったような表情で雪乃は言った。

 

「夕食の買い出し、一緒に来て欲しいんですの」

「何だ、そんな事か。よし、行くか!」


 そう言ってベッドから飛び起き、上着を着ようとした時、いきなりドアが開く。バァン!


「アニキ、コンビニ行こうぜっ、てまたズラかよ!」

「私がいちゃあ悪いんですの?」

「リナ、『アネキ』な?」

「お、おう。済まねえアネキ」

「気ィ付けろよ?」


 結局三人で買い出しに行く事になった。

 

「この辺って、大体記憶通りだよな、ヅラ」

「そうね。この先にスーパーが、あったわ」


 世界線が近いのか、地理的なものについては問題無さそうだ。


「忍の奴、行ったのか、『あそこ』に」

「恐らくね。いないとわかっていても、行ってしまうと思うの」


 あそことはかつて自分たちが通っていた『都立国分尼寺魔導高校』であろう。

 そして順当に時が過ぎていればそこに、『静流』も通っていると思われる。


「なあ、お前たち、忍は何で静流にあそこまで執着してるんだ?」

「さあね。アイツは中二病だからな」

「前に聞いた時、前世では『夫婦』だったとか? 言ってましたけど」

「そりゃあ末期だな。二次元の男に参っちゃってるヤツの事なんか、アタイらにはわかんねえよ。静坊もいい迷惑だろうよ」

「ふぅん、そんなもんかね?」


 スーパーでは薫を真ん中に、雪乃とリナがあーだこーだ言っている。


「ちょっと待った! それよりこっちの方が安いぜ?」

「リナ、ココを見なさい。内容量がコッチの方が多い、という事は?」

「単価は雪乃の選んだ方が安い、って事だろ?」

「正解。薫は理解が早くて助かるわぁ」

「チッ、女子力じゃあ敵わないか、ヅラには」

「1万年早い、ですわ」

「クゥ、言ってくれるぜ」


 そんな感じで買う物が揃い、レジに向かおうとした時、薫の足が止まった。


「薫? どうしたの?」

「おい雪乃、コレ、イイかな?」


 薫は風船ガムを雪乃にねだった。


「あまり無駄使いはしたくありませんが、ほかならぬ薫の為、採用しましょう!」

「サンキュウ、雪乃♪」ニパァ

「あぁ? ヅラてめえ、さっきアタイのは即却下しやがったクセに!」

「アナタのはタダの無駄使いでしたので」

「きー、ヤダねぇ、ケチ女は。全部経費なんだろ? イイじゃねえかよ」

「そこはそれ、もしかしたら女神が見ているかも知れませんし」

「ま、用心に越した事は無い、か」

「そう言う事」


 三人はレジで会計を済ませ、スーパーを出た。

 

「お夕飯、左京さんもお呼びしましょうね?」

「ああ、そうだな。『監視役』にはゴマすっとかなきゃな」




              ◆ ◆ ◆ ◆



202号室 雪乃の部屋――


「お夕飯の用意が出来ましたわよーっ!」


 雪乃がそう叫ぶと、ゾロゾロと雪乃の部屋にみんなが入って来た。


「イイんですかぁ、私も♪」

「勿論ですわ左京さん。短い間ですけど、お世話になるのですから」ニコ


 ちゃぶ台に次々と料理が並ぶ。


「時間が無かったのでお惣菜をメインにしましたの。今日は特別ですからね?」

「やはり、機関の方でご用意するべきなのでは?」

「いえ。薫の口に入るものです。私が細心の注意を払わねば」

「すまねえ左京さん、悪気は無えんだ」

「ええ。承知しておりますとも」

「場合によっては、利用させて頂く事もあるでしょう」

「その際は、遠慮なくお申し付け下さいね」


 夕食の準備が出来た所で、左京はポンと手を打った。


「そうでした! お近づきの印に、こんなものを持って参りました」ドン


 左京は一升瓶をちゃぶ台に置いた。銘柄は、『清酒 超美少年』であった。


「お、わかってるじゃんか。飲もうぜアネキ!」

「俺はちょっとポン酒はなぁ……少しだけ、だぞ?」

「そう来なくちゃ、薫様ぁ! ささ、ぐっとイっちゃって下さいよぉ」


 左京に出されたぐい飲みを受け取る薫に、すかさず酒を注ぐ左京。


「皆さんもどぉです? 最初の一杯だけでも」


 左京が一升瓶の先を他の三人に向ける。


「おう、早くくれよ」

「じゃあ、せっかくなので」

「一杯、だけ」


 結局飲むようだ。


「お酒が揃いましたね? では、乾杯!」



「「「「乾杯」」」」



              ◆ ◆ ◆ ◆



一時間後――


「ヤベェ、飲み過ぎた。うー、気持ち悪りぃ」


 あの後調子に乗ったのか、グイグイと酒を煽った薫たち。

 薫の顔は青くなり、もはや末期の酔っ払いになっていた。

 他のみんなはと言うと、


「だからよぉ、アタイたちは被害者なんだよぉ。助けて欲しいのはコッチなんだって」

「そう言われましてもねえ、リナ様」

「結局、私たちは、何をやっているのでしょうか?」

「まあ、人助け? 的なもの、でしょうね? 雪乃様」


 クダを巻いている二人を、左京は懸命にフォローしている。忍は、


「静流ぅ、静流ぅ……」グイ


 そう呟きながら、酒を煽っている。

 もはや話し掛ける事もはばかられるほど、憔悴しきっている。


「さぁて、宴もたけなわではございますが、そろそろ締めると致しましょうか?」


 左京は逃げを打った。


「うぃ、気持ち悪う」

「はい? もう終わりですの?」

「おい、酒が足んねえぞ、コラ」

「静流ぅ……」


 四人はそれぞれの反応であった。


「みなさん、明日から学校に行くんですからね? 気を引き締めて下さいよぉ」

「アンタ、自分で酒持って来て、良く言うな?」

「こりゃあ、失敬♪」ペロ


 薫の指摘に、左京はテヘペロのポーズをとった。


「とりあえず【キュア】掛けときますね」ポゥ


 左京はみんなに【キュア】を掛けた。


「ふう。助かったぁ」

「アルコールの除去は【解毒】が使える方にお願いします」

「忍、お前使えんだろ?【解毒】おい、聞いてんのか?」

「……は? 何?」

「いつまでおセンチになってんだ? とっとと解毒しろやぁ!」


 憔悴している忍をぶんぶんと揺さぶっているリナ。


「や、止めて、気持ち悪い……」

「おい、止めろ、それ以上揺さぶんな!」

「こらリナ、止めなさい!」


 薫と雪乃がリナを止めるが、時は遅かった。 


「ウゲェェェェ」


 忍は盛大に嘔吐した。


「もう、皆さんにはお酒はすすめません!」


 この後、落ち着いた忍にアルコールを【解毒】させ、部屋の片付けをみんなでやり、夕食会はお開きになった。




              ◆ ◆ ◆ ◆



203号室 薫の部屋――


ドアがノックされる。コンコン


「何だ? また雪乃か?」

「私、忍」カチャ


 意外にも忍だった。


「おう、どうした忍?もう平気なのか?」

「大丈夫。だいぶ楽になった」

「で? 何だよ忍」

「いなかった。静流」

「行ったのか?『国尼』に」

「あの後すぐ。念のため三中にも行ったけど、いなかった」

「しょうがねえよ、世界線が違うんだからよ」

「うん。そうだね」


 忍の、静流に向ける異常なまでの執着を、薫は前から気にはなっているが、直接聞こうとはしなかった。

 暫しの沈黙の後、忍は薫に聞いた。


「男って、どう振舞えばイイ?」

「ああ? 男設定は、初めてじゃねえだろ?」

「あの時は、全員男だった」

「そうか。今回はお前だけ男か」


「どうして、私だけ?」

「そんなもん、女神に言ってくれよ」


「リナの方が、中身が男なんだから向いてるのに」

「ハハ、確かにな。気にすんなって、お前はお前、なんだからよ」


「わかった。私、じゃない、俺らしくやる」

「そうだ、それでイイ」

「ありがとう、薫。じゃあ」


 そう言って薫の部屋を後にした忍は、少し気が楽になったのか、自然な笑みがこぼれていた。

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