Ⅰ-②

 日本の首都である東京。その郊外にある都市、太刀川たちかわ市。

 都心へ通勤する人の住宅地を中心に発達した、大都市周辺の郊外化した衛星都市、いわゆるベッドタウンである。


 転送が完了した四人は、お互いの姿を確認し合った。


「どうなんだ? 俺は? なんだこの声は?」

「カ、カワイイ。薫なの?」ヒシッ

 

 薫は無事に女の子に改変されているようだ。雪乃が感極まって抱き付いた。


「おい、抱き着くなよ、雪乃だろ?」

「わかる? 設定は年上かしら?」チャ


 雪乃は大人びた格好で、メガネを掛けている。


「おい、ヅラ、調子こいてんなよ?」

「アナタ、ほとんどそのまんまじゃない?」


 リナは確かにほとんどそのままだった。


「お前、忍か?」

「そうらしい。声、低い」


 忍は、男の子になっていた。なかなかの美男子である。


「ハハ、似合ってんじゃんよ、忍ぅ」

「うるさい、黙って」


 リナが指さして忍を笑っていると、奥から人影が現れた。

 紺色のスーツを着た、少し背が低めの女性だった。


「お時間ぴったりですね。五十嵐薫様」

「お前がコンシェルジュとか言うヤツか?」

 

 薫の問いに、わずかに微笑みを浮かべ、頭を下げた。  


「はい。片山左京と申します。以後、お見知り置きを」




              ◆ ◆ ◆ ◆




「先ずはセーフハウスにご案内します」


 左京は四人を拠点であるセーフハウスに案内した。


「こちらです、皆様」


 左京は、二階建ての築年数が2、30年は経っているであろうアパートを指した。

 薫は、アパートの表札を見た。


  『ペパロニ・フォーレン荘』


「おい、このアパートの名称、何かヤバくないか?」

「さあ? どうでしょうね?」


 薫の問いに、左京は舌をペロッと出した。


「とりあえず、私の部屋にお越しください。ココです」カチャ


 左京は一階の管理人室のドアを開けた。


「どうぞ、お入りください」



「「「「お邪魔します」」」」



 居間に通され、座布団に座った四人。ちゃぶ台に人数分のお茶が出て来た。


「皆様、お疲れ様でした」

「早速でワリィんだけど、説明してくれないか?」

「わかりました。では先ず皆様の今回の設定ですが」


 五十嵐  薫 五十嵐穂香と同じ、都立太刀川魔導高校 3-B生徒

 篠田サブリナ 同上

 黒田   忍 同上

 葛城  雪乃 都立太刀川魔導高校 保健教師


「転校生とかではなく、以前から存在していると言う設定です。上手く合わせて早めに溶け込んで下さいね?」


「ヤリィ! アニキと一緒だぜ」

「おい、この場合、アネキになるんじゃねえの?」


「私だけ先生、なんですの? 私も生徒の方が良かったですの」

「雪乃様は教師の立場から、穂香様を見守って下さい」


「私は、男たちを見張れと?」

「そうですね。護ってあげて下さい、薫様を」

「俺? いやいや、そんくらい自分で、あり?」


 薫は握りこぶしを作った感触が、あまりにも非力である事に気付いた。


「おい、リナ、手ぇ貸せ」

「何だよ、アネキ?」


 薫はリナの手を握り、せーので力を入れた。


「あででで、止めろリナ!」

「どうしたんだ? アネキ?」

「ヤベェ、弱くなってる」



「「うぇぇぇ!?」」



 リナと雪乃が、目を大きく開いて驚いている。


「左京さんよぉ、どう言うこった、コレは?」


 薫は凄んだつもりで左京に迫ったが、可愛い容姿と声では台無しであった。 


「ははは、大丈夫ですよ。『リミッター』の説明がまだでしたね」


 左京は、可愛い顔で凄んでくる薫を、吹き出しそうな顔でなだめた。


「すいません。あらかじめ薫様だけ、『レベル0』にされていたみたいです」

「チッ、誰がそんな悪戯をしやがったんだ?」

「女神様、ですかね? ププッ」

「おい! アネキに対して失礼だろ?」

「お止めなさい! 少なくとも、この方の仕業では無いのですから」

「これは失礼いたしました。気分を害したのであれば、謝罪致します」

「イイって。そう言う堅苦しいやつ要らないから、説明を続けてくれよ」

「ご理解、ありがとうございます。ではご説明しますね?」




              ◆ ◆ ◆ ◆



「こうすればイイのか?」キュゥゥン


 薫は右の耳たぶをつまみ、下に引いた。


「今頭の中に『レベル1』って聞こえたぞ?」

「もう一回引いてみてください」

「『レベル2』って聞こえた」

「では、これを握って力を入れて見て下さい」


 左京は薫にリンゴを渡した。


「うりゃあ」ぐしゃあ

  

 一瞬でリンゴは粉々になった。


「よし、何かわかってきたぞ!」

「そう来なくちゃ、アネキ」

「戻すときは逆に、耳たぶを上げて下さいね? 瞬時に出来るよう、自主練しておいて下さい」


 薫はリナとさっきの握り合いをやってみた。


「あでででで」

「あ、済まねえアネキ、アタイ今、『レベル3』だった」

「何だとぉ!?」


 二人が戯れている所に、左京は吹き出しながら割り込んだ。


「プッ、すいませんお二人共、実はこの世界では『レベル2』以上は『怪物クン』扱いになってしまうんで、有事の時以外はレベル、上げないで下さいね? クク」

「左京さん、それは『体力』だけではなく、『魔力』も、ですの?」

「そうなんです。よくお気付きになられました」

「って事は、魔法もレベル1かよ」

「ま、そう言う事になりますね」


 左京が言うには、この世界の魔法は、あくまでも生活の補助であり、強大な魔力は必要ないという思想の上で成り立っているらしい。


「もし、レベル2以上あるってバレたら、どうなるんスか?」

「即、逮捕でしょうね?」

「えぇ? 思いっきりやり合えないって、かなり無理ゲーじゃないスか?」

「そこは、何とか工夫して頂かないと」


 薫たちは、『レベル縛り』という意外な障害に、意気消沈していた。

 



              ◆ ◆ ◆ ◆




「はい、気を取り直して、今回の守護対象者のご説明を致します」

  

 左京は数枚の写真をちゃぶ台に並べた。


「今回守護して頂く方は、この 五十嵐 穂香 様です!」


 写真の女生徒は、五十嵐の家系である事の証拠である桃色の長い髪を、編み込んで後ろにまとめている。


「家族構成は、御父上の静様、お母上のミミ様、兄上様の茂様、そして穂香様でございます」

「可愛い。アネキとどっこいかも」

「何となく、薫子に似てる、かしら」

「ココにいない奴はイイんだ。似ててもおかしくは無いだろ? 近親者なんだから」


 薫子とは薫の妹で、事情により一緒に住んではいない。


「で? この子は何で命を狙われてるんだ?」

「穂香様は、近いうちに『黄昏の巫女』になられるお方なのです」


「『黄昏の君』と関係あるのかしら?」

「大有りです! 五十嵐家は代々伝わる『英雄』の血筋。穂香様がお生まれになられた際、お母上に『黄昏の巫女』として育てる旨の女神様からの『啓示』が降りました。

 そして穂香様は15歳になられた際、女神様の『天啓』を授かり、晴れて18歳になられた時、『戦乙女神 シズルカ』様の寵愛を受け、真の『黄昏の巫女』となる事を約束されました」


「つまり、そうなって欲しくない奴らがいる、って事か?」

「そう言う事です。晴れて真の『黄昏の巫女』になられたあかつきには、国家レベルの権力を握る事となりますので、それを良しとしない連中がいるという事です」


「でもよぉ、敵というか相手も『レベル1』なんだろ? だったら楽勝じゃねえかよ!」

「相手は法を護るような輩ばかりではありません。そこでアナタ方を召喚したのでしょう」


 左京により、ミッションの概要が説明され、事の重要さがひしひしと伝わって来る。

 薫は、素朴な疑問を左京にぶつけた。


「そう言えば、俺の立ち位置って、どうなってんの? 俺も五十嵐だし?」

「いとこという設定になっていますね。モモさんが穂香様のお母上の姉上様という具合に」


「そのまんまか。やりやすいちゃあ、やりやすいが」

「いやぁ、世間って狭いですよねぇ?」

「それだけ世界線が近いって事だろ? って事は……」


 薫は恐る恐る忍を見た。 


「静流! 静流は!?」


 忍が血相を変えて左京に食って掛かった。


「静流様、ですか? ああ、『薄い本』の」

「違う! 本物!」

「すいません。私が知る世界線では、静流様はまだ架空の人物ですねぇ」

「そ、そんな」ガク


 忍は手をだらりと降ろし、うなだれた。


「実は、穂香様には弟君がおられました。名を弓弦ゆずる様、と言います」


「弓弦?」


「ええ。ですが弓弦様は、8歳の時にご病気でお亡くなりになりました」


「!!!」


「それから穂香様は、感情をあまり外にお出しにならなくなってしまいました」


 左京から聞いた穂香の悲しい過去を、薫たちは静かに受け止めた。


「ところでさぁ、部屋割、ってどうすんのさ?」

「お好きなように。部屋は全て空いていますので」


「アネキ、アタイと一緒に住もうぜ!」

「何をおっしゃっているの? 薫は私と住むんです!」


 二人が言い争っているのを横目に、薫が忍に言った。


「うーん、忍、一緒に住むか?」

「イイけど、何で?」

「あいつらとじゃ寝らんねえだろ?」

「確かに。でもイイの?」

「何がだよ?」

「男女だよ? 同棲、みたいじゃない」

「ぐぅ、そうか、しまったぁ」


「フフフ。では、日替わりでいかがでしょう? リナ様、雪乃様?」

「それも勘弁してくれねぇかなぁ?」


 結局、全員一人一部屋にして、食事は雪乃の部屋で摂る事となった。


「それでは明日から、よろしくお願いしますね。プフフ」


 それぞれが左京の部屋を出て、自分の部屋に行く。

 二階の四部屋を使い、一番左の201が忍、202が雪乃、203が薫、204がリナとなった。

 中に入ると、バス・トイレ付で一応最低限の生活が送れる備品は整っていた。

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