第11話 11日目
その一。歩く二宮金次郎像。
その二。廊下に潜む下半身のない妖怪、てけてけ。
その三。女子トイレの住人、花子さん。
その四。ひとりでに動く人体模型。
その五。絵画から這い出るモナリザ。
その六。一度入ると二度と出られない教室。
そしてその七。全てを知った人間は……。
**
「か……はぁ……はぁ……」
「大丈夫か?」
岩崎くんが慌てて駆け寄ってくる。ぼくは息を整えながら汗を拭って、「大丈夫だよ」と強がった。
本当はこのまま座り込みたいし、全て投げ出して帰りたい。
しかし状況がそれを許さなかった。ぼくは地面に倒れ伏している男の頭から立ち上っている煙を手で掴み、自分の体に『
「しかし恐ろしい相手だったな」
岩崎くんが先ほどの戦いを思い出して震え上がる。男の使役していた二宮金次郎の固有能力『
でも勝てたからよしだよね。
ぼくは自分にそう言い聞かせて、校舎の廊下を歩きはじめる。
「まさかこんなことに巻き込まれるなんてな」
階段を登っている最中、岩崎くんがしみじみと呟いた。
ぼくも激しく同意しながら首をぶんぶん縦に振る。
ことの発端は岩崎くんの妹の友達からの相談事だった。
「おにい、こういう怪しげな話好きでしょ? ちょっと相談に乗ってあげて」
そう言って岩崎くんの妹は一人の女子高生を紹介してきた。
男子大学生と女子高生、と言うと犯罪臭がしなくもないけれど、たとえ何かそういうことがあったとしてもお互い未成年だし年齢は二つしか変わらないからセーフ。
いや、アウトだよ?
ぼくは岩崎くんが妹の友達に手を出さないかどうかを心配しながら、相談の場に同席した。そこで語られたのは、彼女の高校に伝わる七不思議についての話だった。
二宮金次郎が歩いたりモナリザが這い出たり、花子さんやてけてけなどの魑魅魍魎が跋扈したりと、バラエティーに富んだ七不思議だ。
そして七つ目はお決まりの“七つ全部知ったらどうにかなってしまう”系だった。具体的にどうなるか言わないあたりが嫌らしい。まあどうせ不幸になるか死ぬかだろうけど。
七つすべてを知ってはいけない話そのものが七不思議に含まれている入れ子構造はあまり納得いっていないけれど、まあ高校に伝わる話なんてそんなものだろう。
というか、あまりにコテコテの七不思議すぎてびっくりだよ。
そういえばぼくの高校は「学食のコロッケは千個に一個の割合でクリームコロッケが含まれる」だとか「卒業式の日に大きな桜の木の下で告白をした野球部は死ぬ」だとかのしょうもない怪談が伝わっていた気がする。野球部が何したって言うんだよ!
でも、高校生にもなると怪談や都市伝説は面白可笑しくリマスターされていくものだと思っていたので、こんなにありきたりな七不思議が伝わっていること自体に衝撃を受けた。
しかし、その程度の衝撃はこの直後すぐに更新される。
「そして実際に七不思議に挑んだ生徒たちが、いろんな不幸な目にあいました」
「というと?」
「大怪我した状態で発見されたり、精神に異常をきたしたりです」
「……いや、不幸の内容について聞きたかったわけじゃない。七不思議に挑むっていうことが呑み込めないんだ」
岩崎くんは疑問点を明確にした。
確かに、七不思議に挑むという意味はよくわからない。
それは七不思議をすべて知るという意味ではないだろう。
不幸な目にあった生徒たちは、七不思議になんらかのアクションを起こし、その結果不幸になったということに違いない。
そしてそのアクションの内容は、全く予想もしていなかったことだった。
「毎月末の深夜、学校で『七不思議バトルロイヤル』が開催されているようなんです」
「……は?」
ぼくと岩崎くんはお互いに顔を見合わせて、少女を二度見する。
からかわれているのだろうか? いや、いたって真面目な表情だ。
岩崎くんは嫌な汗を拭いながら気を取り直して質問をする。
「なに、『七不思議バトルロイヤル』って」
「先々月、早朝に五人の生徒が学校で倒れているのが発見されました。それぞれ打撲や出血で気絶していたり、錯乱状態にあったりしていたそうです。そして全く関係のない六人目がすごく不幸な目にあいました。この事件は学校側でもみ消されましたが、生徒の不安を煽るには十分でした」
そりゃあそうだ。話だけ聞くと深夜の学校でカルト的な実験でもしているようにしか見えないけれど。
「その五人は記憶が欠落していたので何もわからず、六人目は精神状態が不安定になり不登校になりました」
「それは何とも痛ましい話だね」
心の底から相槌を打つ。女子高生は一つ頷いて、話をつづけた。
「それと全く同じ事件が先月末にも起きました。五人が学校で発見され、全く別の人が不登校になったんです」
その事件をきっかけに、五人と一人に関連性が見出され始めたようだ。二度同じことが起こると、関連付けたくなるのも当たり前だろう。
「……」
「そしてその五人のうちの一人が、わたしの親友でした」
「なるほどな。それで君は、その子の身に何があったのかを知りたいわけだな」
彼女は首を縦に振って肯定した。心なしか岩崎くんの口調も柔らかい。
「それでわたし、不登校の子に聞きに行ったんです。なにが起きたのかを知りたくて。でも、不登校の彼はただ震えながら、『俺はもう七不思議には関わらない』を繰り返すばかりでした」
「七不思議か、それがバトルロイヤルに繋がるんだな」
「はい。これは本当にわたしの馬鹿げた妄想かもしれないですし、そうであってほしいんですけど、倒れている五人の生徒の症状が七不思議と関係しているようにしか思えないんです」
切り傷を負った人はハサミを持って校舎を徘徊する妖怪、てけてけに。
打撲は銅像か人体模型に。
精神状態がおかしくなった人は、恐怖故か、出られない教室に閉じ込められたためか。
全くの馬鹿げた仮説だったけれど、そう思いたくなる気持ちも十分理解できた。
彼女が涙ぐんだ目で、岩崎くんの服を掴む。
「だからお願いです、今月末に高校に侵入して、何が起きているかを暴いてほしいんです!」
ひとまず回想終了。
「岩崎くんも女の子の涙には弱いんだね~」
えへへとぼくが揶揄うように言うと、馬鹿言えと一喝された。
「俺は男女平等主義だぞ。泣きつかれたら誰であろうと助けるさ」
ふうん、いいこと言うね。
そんなわけで深夜の高校に侵入したぼくたちだったけれど、そこにはより驚くべき事実があった。
てっきりぼくは、七不思議自体と対決するのかなあとか思っていたけれど、どうやら“参加者全員にひとりひとつの七不思議が与えられ、それを奪い合う”らしかった。
意味が分からないよね?
大丈夫、ぼくもあんまりわかっていない。
とりあえず事実として、ぼくにはその四の“ひとりでに動く人体模型”の能力が付与された。岩崎くんとぼくはツーマンセルとして扱われたらしく、彼には何の能力も与えられていない。
戸惑いながらも歩を進めていると、二宮金次郎像を使役する男子生徒に戦いを挑まれ、辛勝を収めたというわけだ。この戦いで、七不思議は七不思議によってしかダメージを与えられないということがわかった。ちなみに七不思議から人間への攻撃は通る。そして七不思議が一定以上のダメージを受けると消滅し、使役者は意識を失う。
つまり二宮金次郎の彼は明日の朝ここで目覚め、また謎の打撲を受け気絶した生徒として心配されるのだろう。
罪のない男子生徒を傷つけるのは心が痛んだけれど、このバトルロイヤルの謎を解き明かすには、最後の一人にならなければならない。
「てけてけが一番の難所かな」
「そうだと思うな、一つだけ異質すぎるだろう」
てけてけ。
事故で上半身と下半身が切断されてしまった女性の亡霊だとされることが多い。上半身のみで這いずり回り、失われた下半身を探し求めている。
そして邪魔するものは、等身大の大きなハサミで上半身と下半身を真っ二つに切断するのだという。
動く銅像とか模型、這い出る絵画に比べて火力が違いすぎる。
その時、ガン、と一つの教室で物音が立った。
ぼくは岩崎くんと顔を見合わせて頷く。そのまま物音のした教室へ向かい、勢いよく扉を開けた。
「『
教室に転がり込むと同時に、自身の七不思議を発現させる。ぼくの背後で人体模型がファイティングポーズをとる。
しかし、教室には誰もいなかった。
「……誰もいないね」
「ロッカーや掃除用具入れも用心しろよ」
ぼくたちは慎重に教室を探っていく。しかし、何も見つけることができなかった。
風かな、と思ったけれど、窓はすべて内側から鍵がかかっていて、風が吹く余地はなかった。
まあいいや、何もないなら出よう、と思って教室の扉に手をかけた瞬間、ひやり、と背中を冷たい汗が流れた。
その違和感を無視して扉を開ける。
果たしてその先に廊下はなく、月明かりに照らされた教室が広がっていた。
ドッドッドッドと、ぼくの心臓が鼓動を早める。
これは、ヤバイ。なにかわからないけど、ヤバイ。
「岩崎くん! すでにぼくたちは攻撃を受けている!」
「なにィイ?」
ぼくは前転をする勢いで扉の外の教室へと転がり込んだ。
しかしその教室には、岩崎くんがいた。
「は?」
もう一度その扉から元の教室へ戻る。そこにも岩崎くんがいた。
そしてぼくは気付いてしまった。
教室前の扉から出て隣の教室へ入ると、そこは教室後方の扉なのだ。
この教室には扉が前後の二つしかない。
つまりぼくはさっきから、同じ教室を行き来している?
教室前方の扉から出ると、教室後方へたどり着き、後方から出ると前方へたどり着く。
ぼくたちは教室から出ることができなくなっていた。
冷や汗を拭って岩崎くんと状況の整理をしようとすると、突然ピンポンパンポーンとけたたましい音で校内放送が流れ始めた。
「その六。一度入ると二度と出られない教室。これが私に与えられた七不思議、『
そういうだけ言って、ブツリと放送が切れた。
二度と出られない教室に入ってしまったぼくたちは、とりあえず床に座り込んだ。
『
つまりなんとしてでも自力で部屋から脱出しなければならない。
ぼくたちは放送を無視して様々な方法を試し始めた。
例えば窓を割った。しかし窓も扉と同様の仕組みで同じ教室を行き来してしまう。
他には、壁や天井の破壊を試みた。ぼくの七不思議を使ったり、さすまたを使ったりしたけれど、教室の壁がそう簡単に壊れるはずもなく、あえなく失敗に終わった。
スマホの電波は当然入らなかった。
ぼくたちの知り合いに妖怪の専門家がいるので、電波さえ入ればその人に頼るという手もあったけれど、それは無理そうだった。
「電波が入れば玲さんを呼べたのにね」
ぼくはふとそう漏らした。綿式玲というのがその専門家の名前だ。
すると岩崎くんは少し顔をしかめて、「頼りたくはないけどな」と言った。
「どうして? そういえば岩崎くん、よっぽどのことがない限りあんまり玲さんに頼ろうとしないよね」
「まあな、あんまり信用できないからな」
「……」
確かに妖怪の専門家なんて言うと信用できないけれど、ぼくたちは彼女が実際に妖怪を切り祓っている光景を何度か目撃している。
それが信用できないというのもなあ、と思っていると岩崎くんは笑いながら言った。
「信用できないって言うのは、能力に対してじゃなく個人に対してだよ」
「個人? でも玲さんはいい人だよ」
「いい人が偽名なんて使わないだろ」
「……偽名?」
「綿式玲。私、綺麗。『怪異切り』の異名を持つ都市伝説の女らしい偽名だよ」
ぼくは今までそんなこと微塵も考えたことがなかったので少し驚いた。
確かに私、綺麗なんて都市伝説でもっとも有名なフレーズだ。
仲良しだと思っていたのに、偽名を教えられている可能性に思い至ってしまって、ぼくも少しだけ玲さんを信用できなくなっていた。
「……ん?」
ふと、何かが引っかかった。
なんでぼくは急に玲さんを信用できなくなったんだ?
それは、彼女に対する認識が変わったからだ。
岩崎くんの言葉で、彼女に対する認識が変わったからだ。
言葉によって認識は変わる。認識が変われば……?
ぼくは大きな声で「ねえ、『
そしたらブツリ、と放送のスピーカーが入って、「ええ。渡す気になったのかしら?」という声が聞こえてきた。
こちらの声は聞こえているというわけか。
言葉が届くのなら、状況が覆る可能性はある。
「君の“教室”から出られなくする能力、恐れ入ったよ。これってどの教室にも有効なの?」
「……フン。そうよ。たまたまその教室を対象にしただけで、どこでもいいわ」
「じゃあ理科室とか音楽室とかの“移動教室”も対象なんだなあ。すごいや。でも教室っていったいどこからどこまでが“教室”なんだろうね」
「は?」
「“移動教室”は教室だ。じゃあ授業の途中で自分のクラスから理科室に移動した場合ってどこまでが教室なのかな」
「そんなの、自分の教室から廊下を渡って移動教室先に向かったってことよ」
「熱心な生徒が廊下で先生に質問しながら歩いていたら? 教室って言うのは教える部屋のことだよ。だったら授業中に教えてもらえる場所はすべて教室って言えるよね。ぼくは大学受験の時廊下で勉強をしていたことがあるんだ。なんでかっていうと教室が騒がしいから。廊下は寒かったけど、通りかかった先生や友達に勉強を教えてもらいやすかったから重宝していたね。だからぼくにとって廊下は教室なんだ」
「……?」
「青空教室っていう単語もあるよね。誰がやりだしたのかは知らないけど、建屋のない場所で椅子と机だけ運んで授業をする学校。青空教室は紛れもない教室だ。だったら、先生と生徒と学ぶ意志さえあれば、そこは教室と言えるんじゃないかな?」
「……あれ? ……??????」
瞬間、世界がグワンと脈打つのを感じた。
「岩崎くん、今だよ!」
ぼくたちは一緒に廊下へ向かってダイブをした。
飛び込んだ先は教室ではなく、廊下だった。作戦が成功したのだ。
「“教室”に閉じ込めるという能力に対して、使用者の“教室”に対する認識を歪めて脱出する。なかなかいい答えじゃないか」
岩崎くんが感心しながら、飛び込んだ時にぶつけたであろう肘を揉んだ。
さて向かう先は、放送室だ。
ぼくたちは全力疾走でそこへ向かい、中で呆然と立ち尽くしている女子生徒を気絶させ、彼女の持っている『
これでぼくたちは三つの『
「次は……どこに行く? トイレか?」
などと言いあいながら廊下を歩いていると、ゾワリ、と全身の毛が逆立った。
ナニカ、クル。
何かはわからないけれど、ぼくは廊下の奥からただならぬ気配を感じた。
耳を澄ますと、物音が聞こえる。
てけ……てけ……。
てけ……てけ……。
その物音は次第にはっきりと耳に届いた。
額の汗が、地面にポタリと零れ落ちた。
「てッ……てけてけだァーーーーーーー!」
ぼくたちは全力で廊下を逆走する。
一番ヤバい相手。一番出会いたくない七不思議だった。
大きなハサミを持った、上半身だけで這いずってくる妖怪。
その姿を頭で思い描きながら、ぼくたちは全力で走る。
ダァン!
その時、何かを叩きつけるような轟音が廊下中に響いた。
その物音の余韻が闇に吸い込まれた後には、あの忌々しい「てけ……」という音は聞こえなくなっていた。
ぼくはゆっくりと振り返る。
その視線の先には、今まさに消えゆかんとする女性の上半身と横たわる男子、そして彼から立ち上る白い煙を掴んだ男子生徒の姿があった。
「そんな……てけてけが、一撃で?」
岩崎くんが驚いたような声をあげる。
一番の脅威だと思っていたてけてけを葬り去ったあの少年は何者だ? と思っていると、彼がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「単刀直入に聞きます。貴方方は今、『
「三つだけど」
ぼくは正直に答えた。すると彼は喜びをむき出しにして両手を叩く。
「素晴らしい。ボクもいま三つ持っているので、これが最終決戦というわけですね」
彼はてけてけとモナリザ、そして花子さんの『
「六つの『
そう言って彼は叫びとともに勢いよく駆け込んできた。
「行くぞ! 『
彼の背後から勢いよくモナリザが飛び出す。ぼくも負けじと自分の能力を発動させた。
「『
夜の校舎でモナリザと人体模型が拳を交わす。
人体模型のパワーある拳を、モナリザはその柔らかな手で受け流していく。全ての攻撃を柔らかく受け流していく、それが彼女の能力か。
だとしたら相当相性が悪い。
人体模型はパワータイプの七不思議だ。攻撃が当たらないなら当てる努力をすればいいが、当てた上で受け流されるのなら対策が難しい。
しかしモナリザ側には有効な攻撃手段がないらしく、防戦一方だった。
くそ……このままだと決着がつかない。
「……本人を叩くしかないのか」
気が進まない選択肢だったが、七不思議同士で決着がつかない以上本人を攻撃するしかない。幸いこっちは二人いるのだ。男子高校生一人組み伏せられないほど弱くはないだろう。
そう思って人体模型を操りつつ彼の方へ駆け出した瞬間だった。
……てけ。
嫌な音が耳に入ってきた。
「は?」
再びてけ、という特徴的な音が聞こえてきて、ぼくはそれが幻聴じゃないことを確信する。
どうして? さっきてけてけは倒されたはず。頭の中を疑問符でいっぱいにしていると、男子生徒が勝ち誇ったように宣言した。
「モナリザ。知っていますか? レオナルドダヴィンチによる絵画で、おそらく世界でもっとも有名な人物像でしょう。それが、本人を描いたのではないかという噂はご存じですか?」
モナリザのモデルは諸説あったが、レオナルドダヴィンチ本人ではないかという説が唱えられていることをぼくは知っていた。有名な都市伝説だし。
「そしてレオナルドダヴィンチは本物の天才でした。絵画だけではなく、物理学、建築、音楽、化学、生物学、航空系の技術など、彼の功績を羅列するとそのとんでもない万能さに驚くことでしょう」
彼は一呼吸おいて高らかに宣言する。
「つまり、レオナルドダヴィンチ本人であるモナリザは、オールマイティに活躍できる本物の天才であり! すなわち、取り込んだ七不思議の全てを使用することができるのです!」
「なっ」
チート。それはチートだよ。もう流行んないよ。と顔を絶望に染めていると、てけてけのハサミが顔の横をかすめた。
あっぶな!
そう思っていると床から白い手がぬっと伸びてきてぼくの体を掴む。
これは……花子さん?
「花子さんがトイレから出てくるんじゃあないよ!」
ぼくはその腕を蹴り飛ばして間一髪てけてけの追撃を躱す。しかしそれにも限界があり、五分が経過するころにはぼくの体は切り傷まみれになっていた。
「大丈夫か!」
「そろそろヤバいかも」
強がる元気もなく弱音を吐く。とりあえず距離を置いてみたものの、打開策は何も思い浮かばなかった。
「……」
「……」
「よし、ここで降参しよう」
岩崎くんがそんなことを言うからぼくは驚いて彼の顔を二度見した。
「お前がそんな傷だらけになる意味はねえよ。元々女子高生の依頼は、何が起きているのか突き止めてほしい、だったんだからもう依頼は果たしたも同然だろ?」
同然ではなかった。敗北してしまうと、記憶が欠落するのだから。
もちろん岩崎くんもそこには気付いているだろう。それでもぼくを守るために、そういう提案をしてくれているんだ。その優しさを全身に受け、ぼくの目に涙が滲んだ。
「だあ、泣くなって。あの女子高生もだけど、泣かれると困るんだよ」
彼は困ったように頭を掻いた。その言葉に違和感を覚える。
「……ねえ岩崎くん。もしかしてなんだけど君、妹の友達の女子高生の名前、覚えてないでしょ?」
そう問いかけると彼はゲッっていって目を伏せた。全く、人の名前くらい……
瞬間、頭に電撃が走った。
「……勝てる、勝てるかも!」
ぼくはそう言って駆け出す。後ろで岩崎くんがおい、と引き留めていたけれど無視。
さてここからは、ぼくのターンだ。
「君のモナリザはとんでもない能力だよ。とてもぼくの力じゃかなわない、そう思った」
「諦めますか?」
「いいや。ところで、モナリザのモデルって普通にどこかの公妃じゃない? っていう噂もあるみたいだけど、知ってる?」
「そうやって認識を歪ませる揺さぶりは通用しませんよ。ボクの中ではモナリザは間違いなくレオナルドダヴィンチ本人なので」
「うん。そうだよね。じゃあもう一つ教えてあげる」
そう言ってぼくは右手を大きく振り上げて、自分の七不思議を顕現させた。
「花子さん、てけてけ、モナリザ、二宮金次郎。これらには当然モデルがいるよね。確定した事実は残っていないかもしれないけれど、確かにモデルが存在する。でもさ」
「何が言いたい?」
「ぼくの人体模型だけは、モデルなんてないんだよ。しいて言えば、全人類がモデルだからね」
「だから、なにが言いたいんですか!」
「つまりぼくの人体模型は、誰でもないし、誰にでもなれる。行くよ! 『
ぼくはそう宣言して、そのまま人体模型の首をスパッと斬り落とした。
「なっ!」
そしてそのダメージは、モデルとなった本人へと返っていく。
つまり、人体模型の首と同時に、モナリザの首が、落ちた。
「あ……ああああああ……!」
首を失った人間はもう生きていられない。
一方で、人体模型の首が落ちたところで何も問題はない。おそらく全人類が共通で認識しているこのルール通り、モナリザは消滅し、男子生徒は気絶をした。
こうしてぼくたちは、六つの七不思議を獲得し、最後に七つ目の不思議と相対することになった。
**
そしてその七。全てを知った人間は……。
「全てを知った人間はどうなるんだと思う?」
「まあそりゃ、不幸になるんじゃないか?」
「普通に考えたらそうだよね。きっと、前回と前々回の勝利者もそう思ったんだと思う」
「そして実際に不幸な目にあった」
「そう。でもそれは、一晩で起きた悲惨な事件に起因する恐怖心と固定観念に縛られた故の結果であって」
「ふうん?」
「さらに言うと、七不思議は扱う本人の認識によって大きくその性質を変えたよね」
「教室、人体模型、モナリザ。全部がそうだったな」
「つまりさ、答えはこうなんだよ」
そしてその七。全てを知った人間は……
……七不思議バトルロイヤルを終了させる権利を入手し、この現象による被害者は全員救われる。
「これがぼくの答えだ」
<『が』っこうのななふしぎ 終了>
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