04:教会

 エルミットにとって、教会での生活は、身構えたほど酷いものではなかった。

 確かに、村の中心から外れた、小高い丘の上にある教会は、古く、寂れていた。

 白っぽい石で作られた建物の壁は、元々その色だったのではなく灰色にくすんでいるのが見ただけでわかったし、青い瓦が乗った屋根は所々色が飛んで、その下の部屋で雨漏りが起きていることも容易に想像ができる。外観が古いなら内装も古く、特に椅子やテーブルは、素人目にも修繕を繰り返して使っているのが伝わってきた。


 しかし、実際に使ってみると、見た目の割に家具は傷んでいるわけではなかった。三人の中で一番体格が良く、体重も重いだろうエルミットではあるが、椅子に座ってもベッドに寝転んでも、ミシミシと嫌な軋みを立てられることもない。客室は雨漏りをしている様子もなく、用意された白いシーツからは、かすかに良い匂いまでした。

 食事の面においても、想像よりもずっと良かった。店で買ってくるのは薄っぺらいパンくらいであったが、庭で栽培されている野菜に、同じく庭で放し飼いにされている鶏の卵、そして近くの森で摘んでくる果実やハーブのお陰で、食卓には彩りがある。強いて不満点をあげるなら、肉類に乏しいことくらいだろうか。せっかく山が近いのだから、具合が良くなったら獣でも狩ってこようと、エルミットは初日から決意を固めたものだ。


 ただ、予想外の快適さを差し引いても、いくつか気になる点はあった。

 まずは、宿から教会に歩いて移動した、その日のことだ。留守にしてあった教会の前には、いかつい風貌の男が立っていた。剥き出しの腕は筋肉で盛り上がり、日に焼けた肌には野生動物と格闘でもしたかのような古傷が刻まれていて、腰には年季の入った山刀が吊るされている。山の中でばったり出くわせば、すわ山賊か、と身構えるような相手であるが、にこやかに挨拶するジュアンとフィンを見れば、あの男も村の住人なのだろう。

 山賊のような村人は、のしのしと大股でジュアンに近付き、一言二言話した後、今度はエルミットをギロリと睨んで「怪我人なら、余計なことはせず大人しくしていろよ」と言うなり、その足で帰って行った。あれはジュアンを待っていたと言うより、エルミットを睨むために待機していたように思えた。


「余計なことってなんだよ……」

「すみません。この村は、山に自生している良質な薬草から治療薬を作って、それを特産品にしているところですから……そんな村で死傷者が出ると、評判が悪くなると思って、必要以上にピリピリしているんですよ」


 思わずぼやいたエルミットに、ジュアンは困ったような笑顔でそう言ったのだが、エルミットはどうにも村人たちが、自分を心配してくれているようには思えなかった。宿屋でもそうだったが、村人たちから感じるのは、心配とは真逆の、敵意に似た感情だ。よっぽど「やましいことでもしてんのか」とでも言ってやりたいところではあるが、何となく、苦労していそうなジュアンや、あどけないフィンの前で口にするのが憚られ、今日までエルミットの胸の内に仕舞い込まれたままである。


 初日がそんな調子なら、その次の日も、さらにその次の日も、山賊のような村人は教会にやって来た。エルミットは覚える気もなかったのに、山賊のような村人の、ブランドンという名前を覚えてしまったくらいだ。

 予備の傷薬がなくなりそうだとか、隣家の娘が熱を出したから熱冷ましを分けて欲しいとか、用事は日によって異なるのだが、同じ男が毎日顔を見せに来るのはどうにも妙だ。今朝一番に教会にやって来た、「うちの息子ったら、ヤンチャな盛りで、毎日怪我ばっかり」とため息をつく母親だって、本当に毎日はやって来ていない。

 もしや自分を監視しに来ているのか、と思えば、エルミットの中でブランドンの、ひいては他の村人たちに対する不信感は高まるばかりであったが、それ以上は何かの確信があるわけでもなく、どうすることもできなかった。

 何より、この貧乏を体現したような教会において、薬を買いに来る村人というのは貴重な資金源である。一度だけ夕食に出たソーセージだって、ブランドンが「日頃世話になっているから」と代金とは別に持ってきたものだ。厄介になっている自覚のあるエルミットが文句を言えるはずもない。


 しかし今日は運悪く、エルミットが廊下を歩いている時に、薬を受け取って帰るブランドンと鉢合わせになった。

 初対面の時と同じく、ブランドンはまるで威嚇するような顔で、エルミットを睨み付けた。意味もわからず邪険にされて、すごすごと背中を見せるのも癪だと思い、エルミットも無言で睨み返す。

 そうして数秒の沈黙の後に、ようやくブランドンが口を開いた。


「余計なことは、してないだろうな」

「あ? 余計ってなんだよ。やましいことでもあんのか」


 思わず、仕舞い込んでいた疑念が口をつく。売り言葉に買い言葉で言い返せば、ブランドンの眼光がぎらりと鋭さを増した。今にも腰の山刀を抜いて斬りかからんばかりの威圧感だが、不思議とエルミットは恐怖を感じなかった。

 動じないエルミットと、さらにしばらく睨み合った後、先に視線を外したのもブランドンだった。


「……ジュアンさんと、フィンに、世話になってんだろ。

 余所者が変な気を起こして、あの人たちを困らせるんじゃないぞ」

「変な気ってなんだよ。俺がこんなボロ教会で、強盗でもすると思ってんのか」


 ブランドンが一体何のつもりでそんなことを言ってくるのか、エルミットには全くわからない。

 聞きようによっては、まるでジュアンとフィンの方が、何か後ろめたいことをしているようではないか。


「忠告はしたからな」


 忠告も何も、全く話が噛み合っていないのに、ブランドンは言うだけ言って外へと出て行ってしまう。

 待てと引き止めることもできず、残されたエルミットは、わけのわからない苛立ちを誤魔化すためにぐしゃぐしゃと頭を掻いて、ため息と共に吐き捨てた。


「……意味わかんねぇ」

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