ふわふわ   作・八朔

 ここ数日不思議な夢を見る。初めに私は決まってどこかの家の門の前に立っている。日によって門や家の形は違うがどれも年季の入った日本家屋であることは共通している。そして家の玄関のすぐ前には必ず白くてふわふわした何かがいるのだ。私のいるところから離れているせいなのかそれとも夢であるが故の解像度の悪さなのか、それが何なのかはわからない。私が門をくぐるとそのふわふわしたものはすぐにわずかに開いている玄関の扉をするりと抜けて家の奥へ入っていく。動きの様子からおそらく生き物だろうとは思うのだが、私はいつもその家の玄関にたどり着く手前で目が覚めてしまい、正体がわからないままだ。もしかすると夢の中の自分はわかっているのかもしれないが起きたときには忘れてしまっているため、毎日あのふわふわの正体が頭の隅に引っかかり続けている。




 三、四回目の夢を見た翌日、偶然友達数人と夢の話になった。一人が面白い夢を見た、といってアクションものの世界観の夢の話をし始めたのがきっかけだった。


「なんか危機一髪! ってところで目が覚めちゃったから続きが気になるんだよね。けど夢の続きって見たくても見られないし」


「あー、そりゃもう想像するしかないな。そこまで設定覚えてるなら小説にでもすれば?」


「うーん……。それでもいいけどなんか違う……」


「そんな面白そうな夢見られるのちょっとうらやましいけどね。僕が最近見た夢は普通に昔の友達が出てくる夢だった」


「俺が見たのもそんなん。けど、接点ないはずの友達同士が一緒にいたりとかわけわかんなかったな」


「あるあるだよね、冷静に考えるとおかしいことでも夢の中だと何とも思ってないの」


「誰かなんかもっと面白い夢覚えてる人いない? それこそ物語にでもできそうなのとか」


「物語にはならなそうだけど……」


 私が口を開くと目線が一気にこちらに集まった。そんなに期待されても困ると思いながら私は数日間同じような夢を見続けているという話をした。もちろん、覚えている限りの内容も。


 一通り私の話を聞き終えた友達は皆不思議そうな顔をしていた。少し困っているようにも見える。


「……お祓いに行くとかどうだろう」


「えー……。そういう方向?」


 どう返せばいいのか困るだろうとは思ったが、思わぬ方向に話が飛んだ。


「でも確かに、短期間で似た夢見るって普通ないよ? 見えない何かの力はたらいてそう」


「見えない何か……。面白そうだな、その路線で考えてみるか」


 当事者がノリに乗れない中、友人たちは私の夢の話で異様に盛り上がっている。一体この話のどこにそれほどの興味を惹くものがあるのだろうか。


「私はその白いふわふわしたのがカギだと思うんだけど、もっと具体的に何かわかる?」


「え? そう言われても……さっき言ったように、表面が白くて長い毛に覆われてて……」


 私が質問に答えるとその友達は手に持ったスマートフォンに目線を落とし何かを調べ始めた。そして、あまり時間がたたないうちにバッと顔を上げ、スマートフォンの画面を私たちの方にかざした。


「これ! どう?」


 彼女の表情はなぜか自信に満ち溢れている。確かに画面には白い毛の塊が映っている。


「……ケサランパサラン?」


「うん。なんかこういうのがいるって言われてるらしいよ」


「なんか違う気がする……。名前聞いたこともなかったし」


 そう言うと彼女は随分がっかりしているようだった。また別の友達が質問を投げかけてくる。


「その家に見覚えは?」


「見覚えもなにも毎回違うし。一応よく知った場所だと夢の中では思ってる」


「手掛かりにならないな。じゃあ周りの様子は?」


「さあ……。そこまで見てない」


「……情報少ないし真面目な考察は無理か」


 その後もみんな好き勝手に様々な説を出していった。情報が少ないうえに現実に害はないからかほとんどがトンデモなもので、それを指摘しようにも追いつかない。よくそんなに突飛な案が次々出るな、と私は途中から完全に聞き手に回っていた。それでも数人で出せる予想には限りがある。徐々に全員の口数が減ってきたところで一人がため息交じりに呟いた。


「結論出なさそう……」


「そもそも結論とかないと思うけど……」


 そこで会話が途切れた後、何か思い出したのか、誰かが別の話をし始めた。話題が完全に移り、私も含め夢の話はいつの間にか忘れていた。




 友達と夢の話をしてから数日間は例の夢を見なかった。というよりも起きた時点で夢を覚えてすらいなかった。


 話をしてから数日後のある時、私は気が付くとどこかの家の門の前に立っていた。そして門の奥には日本家屋があり、玄関前に白いふわふわしたものが見える。私はこれが夢の中だとすぐに気付いた。その時、先日この夢について話したことを思い出し、ぼんやりとその時の会話を思い返していた。ほとんどが非現実的な話だったがまともなことも少しは聞かれた気がする。あのふわふわについてや家の周囲について――。


 その質問を思い出してハッとした私は勢いよく後ろを向いた。すると今まで気にしていなかった家の周辺の様子が一気に目に飛び込んできた。木々に覆われた山が連なり、家が点々と見える。そしてすぐ近くには高くそびえる高速道路の脚が並んでいた。もう一度家の方を見ようと再び視線を動かしたとき、私の意識は下宿先のベッドの上に戻された。




 夢で見たものの記憶はその瞬間には強い印象を持っているような気がしても、起きたときにはもうぼんやりしていたりすでに忘れていたりする。いつも夢に出てくる白いふわふわしたものの正体がいつまでも分からないのは多分そんな理由だろう。しかし今朝見た夢の橋脚が並ぶ光景ははっきりと覚えていた。そして、私は少し違うがその光景に見覚えがあった。その景色がどこから見えるのかも覚えている。


 あの景色は、曾祖母の家から見たものだ。


 曾祖母の家には幼い頃はよく行っていた。しかし十年以上前に曾祖母が亡くなると行く機会が減り、そしてこちらの学年が上がって忙しくなると行事に参加することすらほとんどなくなった。最後に行ったのが何年前だったかも思い出せない。それでも昔からよく見ていたあの高速道路が見える景色は今でもすんなり思い出せる。


 そうだとすれば例のふわふわしたものの正体にも思い当たるものがある。かつてあの家にいたという猫だ。そう考えればあの動きは何となくしなやかだったように思える。私も会ったことはあるらしいが物心つく前だったため全く覚えていない。話もそれほど聞いたことがなく、どんな猫だったのか詳しくは知らない。


 ただ、夢に出てくるふわふわの正体が猫だとしても疑問が残る。姿すら知らない猫がなぜこんなにしょっちゅう夢に出てくるのだろうか。そもそも動きが猫っぽかった気がするというだけであり、本当に曾祖母の家で飼われていた猫なのかは確実ではない。結局謎が残ってなんだかもやもやした気分のままだ。


 昼頃、前に例の夢の話をした友達のうちの一人と偶然会った。そこで今朝の夢の話と白いふわふわの正体について話したところ、


「じゃあ、その猫の魂が何か伝えたくて夢に出てるとか?」


 と、またもやなんだかオカルトっぽい方向に話を進められてしまった。眉間に若干しわが入っている時点でその友達も本気で言っているのではなく、他に思いつかず苦し紛れにひねり出したのだろうが。「それはない」と返すと「やっぱり?」という相手の顔が笑っているのが確認できた。


「でも見たことないものが夢に出てくることってある?」


「うーん。どうもそれが引っかかって……」


「じゃあやっぱ何かのメッセージが……」


 今度はやけに神妙な顔を作っている。前もそうだった気がするが完全に人の話で面白がっているようだ。何か困っているというわけでもなく、実害は一切ない夢の話だからそれでもいいのだが。


「これは冗談として、他に何か思い当たることないの? 飼ってたんじゃなくてもその家の辺りで見た、とか。あとは……猫型の置物とか?」


「ちょっと見かけただけだったらますます夢に出る理由が分からないんだけど……。置物もこれといったもの思い出せない――」


 言い終わる直前にふと思い出したものがあった。思わずはっとした表情のまま固まってしまった。


「あれ? どうした?」


 怪訝な表情で私の顔を覗き込む友人と目が合う。


「あの家の猫のぬいぐるみだ。確か飼ってた猫と同じ名前がついてたはず。ちょうど白くて、しかも毛が長かったから夢で見たふわふわした感じに合う気がする!」


 しゃべっているうちにいつの間にか勢いがついていたようで、友人は少し気圧されたように見えた。しかしすぐに今度はいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。


「じゃあ、付喪神とか?」


「そういうの、もういいから」


 あきれつつも返事をしたところで時計を見ると、もうじき授業が始まる時間になっていた。私たちは話を切り上げ、教室に向かうことにした。




 数か月ほどたって長期休暇に入り、私は地元に帰省した。そして、偶然用事でもう何年ぶりになるかわからない曾祖母の家に行くことになった。


 門をくぐる手前まで来たときに振り返って風景を見てみた。夢で見たのとは少し違っているが高速道路を支える橋脚が並んでいるのが見える。夢に何度も出てきた家はここで間違いなさそうだ。しかし夢とは違って玄関前に待つふわふわしたものはいない。予想通りなら本来は玄関にあるはずがないから当然ではある。


 親戚が色々と準備している間、私は時間を持て余していた。いつものことだが何の役割も与えられていないからだ。そこで私はある一室に向かった。


 その小さな和室はずいぶん前に来た時と全く様子が変わっていなかった。部屋の入り口には遠い昔に吸収合併で無くなった自治体の名前が書かれた古い暖簾が変わらずかかっている。部屋の片隅には背の低い棚と、その近くに私も昔遊んだおもちゃが置かれている。そして窓の近くには畳には合わなそうな椅子が置いてある。その椅子の上に、猫はいた。まだ曾祖母が存命だった頃に誰かが買ったぬいぐるみだ。かつて飼っていた猫の代わりだったのかもしれない。私はその猫に近寄った。


「久しぶり」


 そう呟きながら本物の猫と同じように頭を撫でてみた。光の加減が変わったわけでもないのに、目が光って見えたのは気のせいだろうか。

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