戸惑い side Ichiru

 教室へ戻ったのは、午前中に行われているオリエンテーションの途中。10分間の休憩が終わる寸前だった。


 あれから絡む役として集められた登哉さん家の空手道場に通う5人を加え、打ち合わせが行われた。あたしも時々通ってる道場で、皆それなりの強さを誇る名門。


 あたしの姿を見つけるなりカナちゃんが微笑む。

「聿流サボり過ぎだろ〜。あ、違った。Knightsの聿流様か」

 その言葉とチャイムが重なり、担任が謎のハイテンションでドアを開ける。号令を雑に済ませ一応小声で話し始める。

「止めろよ! 様付けなんて。それはあたし達に媚びる生徒がする事なんだから、カナちゃんはしなくてイーの! ……てか、聞いたんだ。その事」


 変に気を遣われたりしたらヤだな……。


 そんな心配は無用だったようで、カナちゃんは気にする様子もなく、分かったよと頷いた。

「梶谷がスゲー力説してくれた。面白かったよな? 雪」

 問い掛けるカナちゃんに笑顔で応える雪。あたしが居ない間、更に仲を深めたみたいで学校では絶対見せない表情をする彼は、学校では初めてと言って良いくらい楽しそう。数少ない人しかしない呼び捨てまで許していて、カナちゃんにだけ特別な顔をしているのは明白だった。

「まーたバカな事言ってたんだろ? あ。そいえばさぁ、カナちゃんって……会長と知り合いなの?」

 生徒会やKnights以外の生徒達の前では蘇芳恋の名前を出してはいけない。

 いつからなのか忘れたけど、何故かそんな掟が出来上がっている。だから、普段は使わないのに敢えて〝会長〟と言った。


 そう言えば恋さんも、カナちゃんに対し特別な顔をしていた気がする。


「あ〜。えっと……ちょっと昔、ね」

「昔?」

 深く考えずに聞き返すと、観念したカナちゃんが溜め息を1つ吐いて話し始める。

「隠した所でその内バレるもんな……。幼馴染なんだ、恋とは。僕が中1までは家も隣同士でさ。だから、産まれてすぐからずっと一緒だった」

「へぇ。んじゃほとんど兄弟みたいなもんじゃん」

「そう……だね。昔はね。あっちがウチの隣から引越してからは、連絡すら取ってない」

 そう語るカナちゃんは何処か悲しげに見える。

「ふぅ〜ん。いや、何かね、昨日から2人の態度が気になっててさ」

 聞かれてもいないのに説明したのは、雪が向ける訝しげな視線が痛いからだ。


 気付かないフリ〜。


 諦めたようでいつものように首を振って視線を外す。


 残りの時間も私語をして何となくやり過ごした。

 俺と雪が話しかけるのにちゃんと相づちを打ちながらも、カナちゃんはしっかりと必要な話のメモを取っていた。



 そして昼休み。雪がトイレに立ったのを見計らって聞いてみる。

「今日も放課後、ヒマ?」

 少し考えて応える。

「うん、まぁ暇かな。別にコレと言った用事はないよ。どうして?」

「またちょっと一緒に来てほしい所があるんだ。良い?」

「構わないよ」

 カナちゃんが言い終わるのとほぼ同時に雪が戻って来た。

「あ、セッちゃんおかえり〜。てか昨日のアレ見た?」

「毎回言ってるよね。アレじゃ分かんない」

「ごめんごめん。雪になら何か通じる気がして。だってあたしと雪の仲じゃん?」

 それ以上追及されない内に話題を変えつつ、心の底で安堵の声を上げる。


 あぶねぇ〜。



 午後からは課題考査だった。

 カナちゃんはと言うと、クラスの誰よりも早くに問題を解き終わったようで、終了時間よりだいぶ前に答案用紙を返却していた。


 さすが特待生。コレが本当に強いのかなぁ?


 考えれば考えるほど心配になってくる。



 ◆❖◇◇❖◆


 終礼が済むと、幸運にも雪は用事があるとかでさっさと帰って行った。それでも憂鬱。


 どうするんだよ。もしカナちゃんが怪我でもしたら。てか、幼馴染なら、尚更心配になるもんじゃないのか……?


 色んな事を考えていると横からつつかれる。

「何かあった? 聿流。朝戻って来てから、様子変わったよね」

 顔を覗き込まれる。

「か、変わってないよ! 全っ然!」

 そう、と寂しそうな表情を浮かべる。そんな顔をされるとコッチまで悲しくなる。

「行こっ! つかさぁ───」

 今よりももっと気が進まなくなる前に、いろいろ聞かれる前に、明るい話へと切り替えて裏庭へ向かう。


「痛っ」

 校舎から庭に出た途端、小さな叫び声を上げカナちゃんが頭を押さえる。

「カナちゃん!? どうした? 頭が痛いのか?」

 静かに首を縦に振る。


 何たってこんな時に……!


「大丈夫。いつもの事だからすぐ良くなるよ。でも、何だろう……凄く、嫌な予感がする」

 最後の台詞を疑問に思いつつ少し前進すると、予定ではないタイミングで背後から声を掛けられる。

「お前ら1年? しかも特進じゃん。勝手にこの辺り彷徨いてんじゃねぇよ」

 学年とコースの見分け方は簡単。襟元に着けた学年章の色で特進が桜色、アスリートが橙色、文芸が藍色と分けられているからだ。

 ちなみにKnightsのメンバーはつるぎを模したバッジを、生徒会役員は八芒星はちぼうせい、委員会は七芒星しちぼうせいに役職名が入ったバッジをそれぞれ身に付けている。

「僕達もこの学園の生徒ですから、どこを歩こうと自由だと思いますけど」

 何の疑いもなく彼等に言い返すカナちゃんだが、Knightsであるあたしが居るにも関わらず喧嘩を売ってくる生徒はそうそういない。だけど、カナちゃんはその辺の事情には疎いだろうからと、恋さんが焚き付けるよう指示していた。

「はぁ? 生意気言ってんじゃねぇ!」

 打ち合わせではこの時点で5人全員出てきているはずなのに、まだ2人しか姿を現していない。

「喧嘩を売られるような事をした覚えはありませんが?」

「るせぇ! 兎に角目障りなんだよッ!」

 そんな陳腐な発言と共に2人同時に殴りかかってくる。


 話が違う事への苛立ちから歯を食いしばり、カナちゃんを庇おうとしたその時。

「っ! カナちゃ⋯⋯」


 ───ガッ、ドスッ。


 一瞬の出来事だった。

 隣を伺うと何事も無かったような涼しい顔をしている少年。でもあたしの足元には、見覚えのある人間が確かに転がっている。短時間だが朝顔を合わせた榊家の道場の門下生2人。1人は鳩尾を殴られ、もう1人は顎を蹴り上げられたらしい。

 まじまじとカナちゃんの顔を見つめたけど、神経を研ぎ澄ませ集中している彼が気付く様子は無さそうだ。そんな状況の中で発された言葉に、いっそう驚愕してしまう。


「あと3人……か。前に1人と後ろに2人」


 一般人なら絶対に分からないはずだ。あたしが感じ取れる気配だってごくわずかなのに、配置まで的確に言い当てた。その事を知ってか知らずか3人は一斉に襲ってくる。

 でも、どんなに人数が多くても無駄。本能でそう感じる。

 全てが片付けられたのは1分もしない内だった。しかもカナちゃんだけの力で。あたしは驚きでその場を動けずにいた。

「平気? 怪我とかしなかった?」

 そんなに身長は変わらないが僅かに高い位置からカナちゃんに聞かれる。

「うん……それより、カナちゃんの方が」

「あぁ。平気平気〜。まだ少し頭痛はするけどねぇ。つか怪我なんてする訳ないか、Knightsなんだし」

 さっきまでの殺気立った雰囲気が嘘みたいに微笑む彼の後ろから、登哉さんが現れる。


「どんなゴリィ奴かと思ったら、超美人じゃねぇか」

 期待を裏切らずにヘラヘラと笑いながらカナちゃんに近付いて来る。

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