再会① side Kanata
「女みてぇな顔してんのに強ぇのな。そこで寝っ転がってる奴ら世界でも通用する空手選手だぞ」
地面に倒れている5人を指差して背の高い男が、何が面白いのか可笑しそうに言う。その台詞の中に含まれた禁句を、僕は聞き逃さなかった。〝女みたい〟だなんて言われたからには黙っていれない。
「僕みたいな素人に負けるくらいなら、随分と低いんじゃないんですか? 世界レベルは」
皮肉たっぷりに言ってやったが、男は全く動じない。というより、嫌味に気が付いていないらしい。
「かもな〜。……もう少し稽古厳しくするように助言でもするか」
ニヤついた表情から一転、今度は精悍な顔付きになり少し眉を寄せて考え込むように遠くを見つめている。
「やはり私が思った通り」
男の背後から嬉しそうな夕凪さんの声。その途端、今まで動かなかった聿流が彼に駆け寄った。
「打ち合わせと全然違うじゃん! タイミングも違うし、背後からなんてっ……。カナちゃんが怪我でもしたらどうするつもりだったんだよ!?」
聿流が一息に捲し立てる。けれど。
今、何て言った⋯?
「打ち合わせってどういう事?」
僕の問い掛けに青ざめる聿流。
「いや、それはッあの……」
そんな彼女の隣から夕凪さんはあの目が笑っていない笑顔を向けてきた。相変わらず読めない人。
「まぁその話は場所を変えてにしましょう。登哉、後片付けはお願いしますね」
◆❖◇◇❖◆
生徒会室に着くと、室内には既に数人の生徒達がいた。
「あれ? 薫風さん。恋さんは、何処に行かれたんですか?」
彼等の中にお目当ての人物が見当たらず、夕凪さんが眉間にシワを寄せる。そして僕は、彼から発せられた名前に息がつまりそうになった。
「ちょっと担任に用事があるのを思い出したとかで、今さっき出て行ったよ」
「……そうですか」
一瞬いかにも不愉快そうな顔をした夕凪さんだが、すぐに元に戻る。
「まぁ取りあえず座って下さい」
ソファーへと促されたが、アイツの名前に反応して足が動いてくれない。オマケに驚きと苛立ちで影を潜めていた頭痛が振り返して、どんどん具合は悪くなる。その異変に気付いた聿流が肩を貸してくれた。
「ごめん、聿流」
「気にすんなって。……あたしの方こそ騙すような事してごめんな」
シュンとした聿流から謝罪され、中庭での自分の態度を思い出す。
「さっきは瞬間、頭に血が上って問い詰めるような言い方したけど、夕凪さんが出て来た事だし何か訳があるんだろ?」
「うん、それは今からちゃんと説明する。ありがと。そう言って貰えて助かるよ」
ゆっくり僕を座らせると、彼女も隣に腰を下ろした。様子を伺っていた薫風さんと呼ばれた生徒が、僕達の前に座りながら口を開いた。
「君が噂の宮津愛大くんだね? 初めまして、3年の本條薫風です」
紳士的。この単語が似合う人物は他にいなんじゃないかと思う雰囲気をした美青年。その上、品の良さも漂っている。
「薫風さんは何かと頼りになりますから、困った時は相談すると良いですよ」
夕凪さんの言葉に続いて、薫風さんの隣に座りパソコンをいじる顔も体型もそっくりな2人組が口を開く。
「そうそう。この中じゃ誰よりも常識人だしね」
「見た目通りのジェントルマンだし。あ、でも時々鬼畜が出てくるよな」
それだけ言うとまたパソコンに集中する。見兼ねた夕凪さんが口を挟む。
「ちょっとお2人、ちゃんと自分達で自己紹介して下さいよ、全く……。彼等は3年の小鳥遊那里さんと埜里さん。見ての通り双子ですが、〝役割〟は正反対です。役割と言うのは、おいおい説明しますね」
夕凪さんからの紹介が終わると、小鳥遊さん達の横に座っていたミステリアス感が印象的なポニーテールの女子生徒と聿流の向こう側にいるあどけなさの残る素朴そうな短髪の男子生徒が続け様に自己紹介をしてくれた。
「私は2年の桐生朱夏よ。よろしく」
「1年の椎名陣です。俺も中等部の途中からの外部生だから、そういった面で何か分からない事があったら聞いて下さい」
陣が言い終わると同時にドアが開き、先程の背の高い失礼な男が入ってきた。
「お♪丁度陣まで自己紹介終わった感じ? なら大トリは俺だよな。2年の榊鏡也。よろしく、カナちゃん」
僕の隣にドカッと座りながら肩に手を回してくる。
「気安く触るなッ!」
聿流が手の甲をツネるが、それくらいの攻撃では登哉さんはビクともしない。
「登哉ってストレートじゃなかったっけ?」
「可愛いからカナちゃんは別っスよ。つかさ、何か武術習ってたのか?」
薫風さんからの質問に受け応えた後、登哉さんが僕へ疑問を投げ掛ける。
「いえ、全く。ただ昔、よくいじめられてて、ずっと泣きながら……幼なじみが助けてくれるのを待っていたんです」
当時のことを思い出したせいか、頭痛のせいか、途中少し言葉に詰まってしまうも、平静を装って話を続ける。
「けど、いつからだったか、何だかいじめてくる奴等の思うツボなのが段々と癪に障るようになってきて。ある時、反抗してみたらコレが思いの外上手くいったんです。後は見様見真似の独学で」
「独学!? で、あんな強いんだ……。スゴいな、ウチの道場入らね?」
登哉さんの誘いに埜里さんが横やりを入れる。
「しれっと勧誘すんなよ」
それに便乗して毒舌を放つ陣に登哉さんが嘆いた。
「そうですよ。ハッキリ言って下心しか見えません」
「最近生意気なんだよなぁ、陣は」
そんな穏やかな会話を遮ったのは、やっぱりタ凪さんだ。
「登哉、後片付けは終わったんですか?」
「ん? あぁ。マぁジで人使い荒れぇのな、お前。少しは手伝えっつーの」
文句には耳を傾けず夕凪さんは僕の方を向き直った。
「もう一人の問題児は早く君に会えなくてさぞかし残念がっているだろうね」
時間を追うごとに強くなる頭痛と吐き気せいで、ついには声を発する気になれないでいると、また生徒会室のドアが開く。
「誰が問題児だって?」
入室してきたのは、僕がこの世の中で唯一再会したくなったアイツ。
「これはまた1番嫌なタイミングで戻られましたね、恋さん」
言葉とは裏腹、夕凪さんは焦る素振りを見せない。そんな態度には慣れている様子でスルーする恋が、次に目を向けたのは登哉さんだった。
「それと登哉。その手をへし折られたくなければさっさと退かせよ?」
ドスの効いた声で言われた登哉さんは、僕の肩に回していた手をヒラヒラと振って自分の頭の後へと持って行った。
「何? 2人知り合いなの?」
聞かれたくない事を、悪気のない那里さんが聞く。
「知り合い? そんなもんじゃないよな? 俺達の関係は。なぁ? 愛」
「……」
制服のスラックスを強く握り締め押し黙る僕の右腕を掴み、立ち上がらせたかと思うとそのまま恋の方へ振り向かされる。
「ちょっ、何───ッ、!?」
そして、ソファ越しに口付けをされた。
「やめろっ」
恋を突き離し、手の甲で唇を抑えて睨みつけた。でも、どんなに凄んでみせても彼には全く通じていない。
「こういう関係だから、手ぇ出したら承知しねぇからな、登哉」
僕達以外の間に緊張感と動揺が広まる中、生徒会長の席へと歩きながら、恋が窘める。
「何で俺名指しなんスか」
「アンタが誰よりも早く手を出しかねないからに決まってるじゃない」
朱夏さんがさもありなんと言った感じで更に追い打ちをかけた。
◆❖◇◇❖◆
「それでは全員揃った所で、本題に移ります」
席に着いた恋を確認して夕凪さんが仕切り直す。
「近い内、が昨日の今日になってしまいましたね。まさか恋さんがあっさり承諾するとは思ってもみませんでしたから。もっと説得に時間がかかるつもりでいたんですけどね」
僕に向かって夕凪さんが語り掛ける。
「ここにいる恋さんと私を除いたメンバーがKnightsと呼ばれているのだけれど、知っていますか?」
「聿流の事は聞いてますけど、他の方の事までは知りませんでした」
話に集中する事で、さっきの出来事と頭痛を紛らわせる。
「そう。じゃあKnightsについても聞いてるんですね? では話が早い。本来Knightsは8人体制で、毎年入学式前にメンバーが決まっているのですが、今年はまだ7人しか決まっていないんです。そこで宮津くんの強さと正義感を見込み彼等の一員に加えようと考えていて、先程勝手ながら君の力を試させて頂きました」
何を言い出すかと思えば、僕が今まで極力避けて来たような道へ引きずり込もうとしている。
「そうしたら私の思った通り。自分の目に狂いが無かった事を確信しましたよ。宮津くんの強さを買って、君を正式加入致します。構いませんよね、恋さん」
「あぁ」
勝手に進められていく話に苛立ちを覚えながら、冷静さだけは見失わないように努める。
「すみませんが、僕……辞退します」
しかしそれも無力で、恋に即答されて終わった。
「駄目だ」
「どうして恋……あなたに指図されなきゃならないんですか!? 何をどう言われようと、僕は降ります」
反論してみるも、今度は夕凪さんから却下される。
「残念ですが、それは無理です。恋さんが決めた事ですから、従う以外は認められせん」
絶句だった。
きっぱりとした夕凪さんの口調もそうだけど、それより何より、平凡な日常から遠ざかって行くのがヒシヒシと感じられたから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます