思惑 side Yuna

 生徒会室の奥にある部屋。そこは皆を休ませる為に造られたわけではない。今目の前で寝そべっている彼が、暇を持て余した時に誰かれ構わず連れ込むために造られた。

 いや、造らせた。


 この男、蘇芳恋が。


「新学期早々こんな事では会長のメンツ丸潰れですよ。昨日の入学式の挨拶だってすっぽかしておいて。貴方は一体何しに学校へ来てるんですか?」

 見慣れた光景ではあるが、登校して早々コレだ。約束通り生徒会室に来たかと思えば、そのままプライベートルームへ直行しべッドに横たわっている。

「俺はお前が面白い事思い付いたっつうからわざわざ来てやったんだ。つまらなかったらブっ殺すぞ」

 目のみで此方を見やりドスの効いた声を出す。

「つまらない? 私が今までつまらない用事で貴方を呼び出した事があります? ……まぁそんなことはどうでも良いです。本條さん達が来る前に起き上がって下さい」

 チッと鋭く舌打ちして身を起こした。ベッドの縁に腰掛け直し長い脚が床に着くと同時にブレザーの上着を正す。そんな様子を見ていると、ついあの名前を出したくなった。

「早速ですが本題を話しておきます。宮津くんを、Knightsに加入させたら面白いと思いませんか?」

 顔色一つ変えない彼から即座に返答が来る。

「つまらねぇ」

「はい?」

 ハッキリと聞き取れていたが、敢えて聞き返した。

「つまらねぇっつったんだよ。言われなくてもそうするつもりだったからな。見込み違いも甚だしいとは、お前にしちゃ珍しいんじゃねぇか?」

 嫌味を言われるが受け流す。

「そうですね。まさか、とは思っていましたが全く同じ事を考えているとは。けれど逆に話が早くて助かります」

「で、どうして愛大が良いと思った?」

 彼の地を這うような低い声は聞き慣れたつもりでも一瞬動きが止まる程、どんな人間をも凍り付かせる。

「昨日この部屋で話していて思ったんです」

 だがそれに一々反応していては彼の下で副会長なんて務めていられないので、至って冷静に振舞う。

「それだけでか? 違うだろ。お前、あいつの事を何処まで調べた?」

 どれだけ慎重を期していても彼には何れ勘づかれてしまう。

「お見通しのようですね。そうですねぇ、まぁ産まれてから貴方がご存知ないこの2年半の間の事まで、ですかね」

 ワンテンポ置いてから、今度は別の質問をされる。

「じゃあ俺の事は?」

 誤魔化すか一瞬迷ったが、ありのままを話す事にした。

「貴方についても大体全てと言って良いでしょうね。編入して来てすぐ、気になった事柄は勝手に調べさせて頂きましたから」

「気に入らねぇな……」

 眉間に皺を寄せた彼から睨まれる。

「貴方のような方と渡り合うには先に弱味を握っておかないと」

 フンと鼻であしらった後、釘を刺された。

「昔の事で腹を立てても仕方ねぇから今更咎めたりはしないでおいてやる。けどな、今度勝手に動いたら本気で死ねよ」

 従うのは不本意ではある。けれど、彼には従わざるを得ない。

「承知しました」

 返事を聞くやいなや、彼にとって最も重要であろう事を問われた。

「それと、愛大に妙なこと吹き込んでないだろうな?」

「妙な事。例えば、男女問わず不特定多数の方々と身体の関係をもっている、とかですか?」

「ブチ殺されたいらしいな」

「冗談ですよ。安心なさって下さい、世間話しかしていませんから」

 ちょっとしたジョークが原因で殺られかける寸前で、隣の部屋から物音が聞こえてくる。先程呼び出しをかけていた7人が到着したようだ。




 ◆❖◇◇❖◆


 恋さんと共に扉ひとつ隔てた生徒会室の方へ行くと、丁度全員がソファーに腰かける所だった。

「皆さんおはようございます」

 彼等からはいつもの如くバラバラな挨拶が返ってくる。その後すぐ様口を開いたのは、この中で一際大柄な男2-Aの榊登哉サカキ トウヤだ。

「俺等を呼び出すって事は候補が上がったか?」

 見事に彼は予想を的中させる。

「まぁそんな所です。1人試してみたい生徒がいまして」

「誰ですか?」

 聿流が登哉の隣で楽しそうに尋ねた。


 今から出す名前を聞いて、どんな顔をするか見物だな……。


 なんて腹の底で笑う。

「宮津愛大、ですよ」


 満面の笑みで答えてやると案の定、目を見開いて驚く聿流。

「え、カナちゃんを?」

 いつものおチャラけた様子が消え失せたので、登哉がすかさず揶揄う。

「ハハッ。何だ? 聿流の好きな奴か?」

「違っ! 友達だ!」

 自分の頭をガシガシとかき回す登哉の手をはたいて聿流が慌てて言い返す。その目の前に座る2-D桐生朱夏キリュウ アヤカが長いポニーテールを揺らして指摘する。

「て言うか登哉さ、名前聞いて気付かない? その子、新入生代表挨拶した外部生じゃない」

 数秒考えた登哉だったが、思い当たる節が無かったようで額を搔いた。

「あ〜俺入学式完全に寝てたから分かんないわ」

「ホントあんたには呆れる」

 そう溜め息を吐く朱夏。その彼女の隣でノートパソコンを開いてゲームをしながら会話に参加するのは3-A小鳥遊那里タカナシ ナリ埜里ノリだ。

「そもそも登哉にそんなのを期待する時点で間違ってるよ、シュカ」

「そうだぞ。起きてたとしてもどうせ覚えてないだろうし」

 一卵性双生児の彼等はかわるがわるテンポ良くツッコミを入れる。

「確かにそうですね。私が間違ってた」

 朱夏が強気に潔く過ちを認めると、彼等に向かって登哉が物申す。

「何か君達ヒドくね?」

 だが、こんな生易しい抗議では直ぐに打ち砕かれる。

「ご最もだと思いますよ、先輩方が言ってることは。だから登哉さんは貶される事にいい加減慣れるべきです」

 最後にトドメを刺したのは1-D椎名陣だ。Knights内の弟的存在だが、時々放つ辛烈な言葉の斬れ味は半端ではない。

「陣……そこまで言われちゃお兄さんはツライよ」

 叩きのめされ打ちひしがれている登哉を放置して聿流が尋ねてくる。通常なら今までのふざけたやり取りに真っ先に参戦する彼女なのだが、今日はそれ所ではないようだ。

「ねぇ夕凪さん。何でカナちゃんなんですか? 見るからに運動とか武術とは掛け離れてそうなのに」

 聿流の発言に賛同した陣が付け加える。

「ホント、如何にも文化部って感じだったけど大丈夫なんですか?」

「それは、私より恋さんの方がよくご存知でしょう。彼、相当強いですよね?」

 会長の席に座り皆の会話を黙って傍聴していた彼に話を振ると、何か思い付いたようでニッと片方の唇の端を上げて笑う。

「あぁ、そうだな」

 こんな表情は今まで目にした事がない。その場に居合わせたメンバーも戸惑いを隠せない様子だ。

 ただ1人3-F本條薫風ホンジョウ カオルを覗いて。

「で、何を確かめるんだい? 夕凪」

 淡々と質問をする彼は、登哉と同じく長身だがこちらは無駄な筋肉や脂肪がついていない細身といった印象が強い。

「2、3人絡ませて力量を計りたいんです」

 なるほど、と薫風が頷くのと同時に恋が口を開く。

「5人でいけ」

 感情の読めない声音だった。

「5人、ですか。分かりました。では念の為聿流をつけましょう。何かあった時大変ですし呼び出し役も必要ですから。良いですね? 聿流」

 ノリ気ではない聿流だが、この学園では今や蘇芳恋がルールであり全てのため、その本人が言った以上訂正は出来ない。

「聿流、あまり愛大を見くびらない方が良いぞ。下手すりゃお前も怪我するかもな」

 ハハッと高笑いと共に脅しに似た台詞を残して、彼はまた奥の部屋へ消えた。


「そんなに強いんだ? その子」

「えぇ、まぁ。この学園内で恋さんと張り合える唯一の人物と言っても過言ではないでしょう」

 朱夏の疑問に答えると登哉が笑う。

「一度手合わせ願いてぇな」

 首を回しながら指の関節をポキポキ鳴らした。

「ホントに、カナちゃんを……襲わせるんですか?」

 今にも泣き出しそうな声を出す聿流はまだ信じられないという顔だった。どんなに足掻いてもこの決定事項を覆すことは出来ないというのに。

「恋さんが承諾してるんだ、仕方ない」

「誰もこの決定を取り消す事は出来ないよ」

 今度は先程と逆の埜里から那里の順番で聿流を諭す。2人が代弁してくれたので私は話を進める。

「呼び出す場所はどうしましょうか。なるべく人気のない場所が良いですが、どこか知りませんか?」

 誰かが良い場所を知っているだろうと尋ねると、すぐに答えが返ってきた。

「第1校舎の中庭とか」

 薫風の提案を採用して指示を出す。

「じゃあ聿流、今日の放課後に宮津くんと中庭にね。雪は連れて来ない方が良いけど、無理だったら構わない」

 それを聞いて聿流がぎこちなく頷いた。彼女の隣では何が可笑しいのか、登哉がニヤニヤしている。

「あんな生き生きした恋さん見るの初めてだ。つか興奮って感じか?」


 一同共感だった。

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